長らくブログを休んでいたのはパソコンからはなれて勉強したり自己鍛錬をしたりしていたからである。
ただしこれを更新しているようにその我慢も長くは持たなかったのが辛いところである。
さて、2013年卒予定の大学生はついにこの日より就職活動に入る。例年は10月スタートらしいが震災の影響で12月になったらしい。もし一浪していたら、もし震災がなければこのような短期決戦に駆り出されることもなかったわけだが何事にもifは禁物である。
震災で破壊された設備等の回復、工場の運行再開でV字回復する魂胆だったのだが海外の相当な不況で勢いが死んでいるらしく採用増も見込まれそうにない。いくらかの企業は震災にビビってか12卒を結構補充したらしいので皺寄せも覚悟しなければならない。
首都圏から遠く離れたこの小島も不況なのは相変わらずで俺自身民間回りにまったくの意欲がない。
そもそも大学卒業さえ今の単位では不確かなのである。社会進出を恐れてか最近昔の夢ばかりみている。もう一回学生を続ける気はないがやはりどこかでニート願望があるのだろうか。
俺の身近の労働者といえば親父である。地方なので国家志望の俺とはまた違うがあまりストレスがなさそうである。ただ部署によっては結構きついらしくその上飲み会にも頻繁にでかけては青白い顔で帰宅していたのでそういうインフォーマルな関係(というかアルコールが絡んでいる)には弱そうであった。

俺は公務員に重点を絞っているがどっちにしろこちらにも面接というものがある。面接の二本柱が志望動機と自己PRである。志望動機はガツガツとつっかかっていく自信があるが(しかしまだ具体化はできていない)自己PRが問題である。
大学時代のエピソードはサークルに入っていないことを考慮してもあまり頼りにならない量なので高校、中学時のエピソードを拾ってきて拡充する必要がある。
中学時代の俺最大の功績といえば同志T田Kと校長に直訴し囲碁将棋同好会を立ち上げたことであろう。回りは囲碁将棋素人ばかりだったのでT田が教え、俺はバックで出来事なり予算なりの記録をつけていた。おおすごいこれはいけるじゃないか、と思ったが残念なことに一年で同好会は解散してしまった。どうやら責任者のT田が将棋大会でボコボコに負けて不出場に等しい成績しか残せなかったのがマイナスだったようだ。
高校時代は勉強漬けでロクに部活をしていなかった。しかしここで重要だったのが人間関係であった。俺のところが中高一貫私立だったのでメインは中学からのエスカレーター組だった。我ら編入組は完全に異邦人であり時々ギクシャクでトラブルが起こることがあった。編入組自体数があまり多くなかったのでその中での人間関係維持も大切だった。なにせ中学と違って休み時間にホイホイ他の教室(つまりエスカレーター組)に逃げ込めないのである。その中で毎年のように学級委員を押し付けられていた俺はそのような調整役に苦心した。まあ苦心したといっても男に関しては「のうのう昨日野球みたか?」とか「昨日のユーロまじやべえぜ」といった話題でナアナアの馴れ合いにもつれこませられたのでエスカレーター組にも何人か友達ができたりいいことが多かった。相方Oさんのほうが女子のジメジメしたトラブルや微妙な行き違いに悩んでいたようでもしあそこで助けていれば俺の今後の人生が変わっていたかもしれないがもう後悔しても遅い。

さてこのように曲りなりにもまともな人生を送っていた俺だが惜しむべくはこれらの経験が大学生活で反映されなかったことである。ゼミ、バイト、サークルの三本柱の内サークル以外は満たしているがなにせこのサークルが重要なファクターである。就活云々でなくともサークルに入っていないので俺の生活は半分骨粗鬆症レベルのスカスカであった。友人関係も湘南乃風のHAN-KUNの量産型みたいなのを引き連れていたMくんと友達になったはいいが半年足らずで退学し俺は路頭に迷うことになった。公務員志望仲間だったS氏とは何回かイージス艦トークとエロゲトークと近況報告を交わしたあとここ半年会ってすらいない。ゼミにしても一年から「ウェ~イ」→「俺もそう思います」→「そんじゃお疲れぃ~」の繰り返しでありまったくなにも得るものがない。バイトで対人恐怖、視線恐怖、声帯強化、腕力強化、時間厳守(ただしバイトのみ)が克服、会得できたのはよかったが不安で不安でたまらない。こういう不安は未だに就活を経験してないことに起因しているところもある。ただそんなんで浪人しても「今回落ちたら次は二郎目だ・・・・」といったプレッシャーが湧いてくる可能性も否定できない。

このようにウジウジと考えていたら俺の前に一つの大問題が横たわってきた。俺はスーツを買っていないのである。昔は肩幅のガッチリした(というかデブ)爪入りでもブレザーでもどっちでもカモンベイベな男だったのだがダイエットにより微妙に体が縮んでしまい今スーツがピッチリ似合うかどうかわからない。リストとしては「はるやま」「青山」「スーツカンパニー」になんでも実況J板の固定にして私的就活アドバイザーまりーな儲さんご推薦の「ブルックスブラザーズ」をチョイス。あとはサイズを測るのだが愛用のメジャーがどこにいったのかわからなくなっている。靴とかシャツやコートは別店舗でも買えるのでとりあえず上着だけは買いたい次第である。ただ買ったはいいが今の俺の服装管理環境では来年夏に予定されている官庁訪問や人事院面接あたりまでに虫に食われる可能性があるのでタイミングや気配りも重要となる。
まあなにはともあれまずは筆記試験と四年進級である。13卒の皆さん共に頑張りましょう。
春、秋という季節の序盤に避けて通れない問題がある。いわゆる日中と夜の寒暖差である。季節の変わり目に風邪をひきやすいのもこういったことが要因ではないかと勝手に思っている。
ここ最近の我が地方の気温数値はMAX26~28、MIN17といった具合だ。夏場に俺は日中35度前後の中ヒーヒーいいながらバイト先まで猛スピードで自転車をこいでいた。帰るころにはすっかり日が沈みひんやりとした風が心地よかったがこの時の気温が27度であった。つまり日中はひんやりとしてむしろ過ごしやすいのである。問題は夜であり特に未だにパンツシャツ一枚で寝ている俺にこの冷気は非常に悪影響である。ただこうやって冷たいほうが睡眠に入りやすいのでやっているのである。
衣替えで風邪を防止する手立てもあるが俺は基本的に大病をしたら衣替えの時期だと決めている。大学後期日程開始初日にはほぼすべての人が長袖であった。俺だけ半袖を着てガイダンスを受けていた。今のところ変な匂いのするパーカーと長ジャージにサンダルという寒いのか寒くないのかよくわからない服装で登校している。
今年はなぜか例年以上に冬服に無関心である。昨年Pコートもモッズコートもまったく似合わないという衝撃の事実をつきつけられたのがトラウマになっているのだろうか。いやそれよりも大学にも意欲を抱いていない。自暴自棄なのかどうか自分でもわからないがこれは風邪の前兆か。きっと違うと思う。


気温が下がれば温い食べ物が流行るのは自明である。夏に熱いものをあえて食べる奴は実際みたことあるが冬にガンガン冷たいものを食う奴はあまり見たことがない。たしかに昔はは冷たいものは食べていた。あえて冬場にアイスを食べるというスリルを犯すのはもちろん給食においても寒さ真っ盛りのクリスマスの日にクリスマスゼリーとかいう冷凍食品を提供してきた。ただそれは純粋無垢な児童の頃の話である。
昼食でそのような縛りから解き放たれたのは高校であった。俺の弁当は相変わらずカチカチに冷えきった米とおかずで構成され水筒に氷を入れられていたのでそれらは華麗にスルーし一目散に学食でうどんを食ったのである。
やはりうどんというものはバカにはできない。夏はぶっかけ、冬はかけ、めんどくさかったら醤油だけかけて食えばいい(めんを茹でるか冷やすかで温度調節可)。風邪をひいたらうどんを食べて寝るのが一番である。もっとも自分は常日頃うどんだったので風邪をひいても食生活を変える手間はなかった。値段も良心的である。高校時代うどん屋に通いつめ参考書代をパーにした話もあるが基本財布にやさしい。兄弟二人が塾や英会話教室に通えたのも親父がうどんで食費を切り詰めてくれたおかげである(それにしては学習効果はさほどなかった)。中学の時友達とよく遊ぶと必ず小さな製麺所を訪れ100円出して醤油うどんにがっついていたものである。うどん屋デートというのもマジである。実際俺もデートプランを妄想した時「とりあえずうどん屋に行く」という選択肢を外して考えることが不可能だった。M治大学に進学したHという高校の同級生はクリスマスの日にはなまるうどんに立てこもりデートしているカップルにちゃちゃを入れるという計画をたてていた。なぜか実行委員筆頭に俺の名前が挙がっていたのが非常に不愉快だった。

冬の食事といえば温かいうどんなり鍋なりであるがここに割って入ってくるのがラーメンである。当たり前だがラーメンを食う回数はうどんほどは多くなかった。うどんの代替みたいな存在である。俺の家だけかと思うが「そば=ラーメン≠信州そば(黒そば?)」である。
中学の時俺がベタベタに惚れていたバレー部の女がいてその子は珍しくうどんが苦手であった。だからなのか部活の打ち上げでも一人黙々とラーメンを食べていたらしい。
香川を出てもう二年半経ってしまったが今ラーメンとうどんの食う回数は半々になっている。ラーメンの権威復活かうどんの権威凋落か難しいところだ。
で、ラーメン屋というと「ハチマキ、ポエム、頑固親父」とかいうイメージが世間一般におかしく伝わっており、そういう趣旨のネタも2ちゃんとかで見受けられる。
とりあえずでかでかとしたポエムがあるラーメン屋を一件は知っている。「らぁめん」と書いてあったり方言で砕けた文体だったりこだわりが云々だったりそういうのが店の側面やメニューの裏側にびっしりと書かれている。高ポイントである。じゃあそこがひとりよがりの勘違いラーメン屋かというと全然違う。県下に名の知れたつけ麺の名店でありその名前にたがわぬ美味さである。もう一つつけ麺の美味い店を知っているがこっちのほうがクセになる。やはり先入観で店を選ぶべきではないと思う。
ラーメンというともう一つ思い出があって高校時代に決起集会やテストの復習によく利用していた小さな小さな料理屋の話である。そこはラーメンは微妙というかそんなに他と変わりなかったのだがべらぼうに餃子が美味かったのである。なぜラーメン屋の焼き飯や餃子はあそこまで美味いのだろうか。一度へにゃへにゃな餃子を出された時があってその時餃子のクオリティに必ずしも安定性はないのだなと愕然としたが、まだ焼き飯の外れには出会ったことはない。不思議なものである。
昨日やさしいカルピスチューハイを飲みながらポケーっとニュースを聞いていたら大震災から七ヶ月経ったと報道されていて驚いた。
このブログをあれよあれよと一ヶ月放置していたのだ。
放置していたのには訳があってこのブログを書こうとパソコンをつけるとついつい三時間四時間してしまうのである。だから俺は手元のノートに日々の反省や行動を記すことにしたのだがこれがまた三日で断念した。中学生の時の通知ノート(俺のところではせいかつのリズムとかいう名前だったと思う)の観察日記の欄を埋めようと苦心していた時を思い出す。

勉強については非常にノロノロとやっている。俺は公務員になりたくないのかもしれないとさえ思えてきた。しかし仮に超絶な好景気が来たとしても結局俺はなんだかんだで公務員志望になっていたと思う。高校の時はこのまま日大辺りにでもいって派遣社員になればいいやと思っていたのでえらい意識の変化である。
さて心持ちを云々いっても仕方がないがそろそろ教養・一般知識分野に手を加える頃合いである。特に自然科学は高校時代に学ぼうとする姿勢さえ見せていなかったのでチンプンカンプンである。文系の命綱でもある生物分野でさえ半分以上は忘却の彼方だ。得点分布は一番低いがこのまま本番で0点をとってしまうのも考えものなのでまずここから手をつけたい。
ミクロマクロ経済は回転率向上のために基本問題だけをやる方針になっているがそれでも進まない。というかやる気より時間がない。これもすべて不規則な生活に起因するものである。体力の減退が激しいのか最近10時間寝ても体が動かない時がある。まさか糖尿病か。それだけは勘弁したい。

勉強のこともそうだがいよいよ大学の後期日程が始まった。すでに二回欠席している講義がいくつもある上最後の最後までなにを履修するか粘った背景がある。一年前期日程並にやる気が湧いてこない。しかしやらなければならない理由があって四年に進級できるかどうかの瀬戸際だからである。二講義四単位を落とせば俺は春休みに訳のわからない集中補修講義に大量に出なければならず(落とさなくても少しは出るつもりでいる)時間がなおさらなくなっていく。民間も回れない。公務員試験落ちたら俺はどうなるのか。大学院にとんずらをかこうにも明確な研究テーマがない。俺より単位のとれていない奴はきっと学科の中では一人しかいない。そいつは常日頃からヒモになることを語っているので参考にならない。おかしい・・・なぜこんなことになった・・・・。