GW後に見事に5月病を発症した。
しかし一年の頃のようにごろ寝してダビスタばっかやっていたら内定も卒業も消し飛んでしまうので渋々外に出る。気持ちは完全にローなのに身体のみ動いているのだ。もぬけの殻状態である。
先日遂に俺は公務員試験デビューを飾った。本格的な試験はTOEICとかを除くとセンター以来となる。センターにおいて俺は試験問題以前に胃腸のコンディションと戦っていたわけだが幸いなことに今回は下痢に悩まされることなく試験日程を消化することができた。
出来のほうだがまず教養試験に関しては非常に悔いの残るかたちとなった。決して問題が難しかったわけではない。たしかに図形問題に関しては半分スルーする気持ちだったが数式や図式は解けないレベルではなかった。だがより確実な点を狙おうと資料解釈に時間をかけた結果最後の方は考える暇もなくマークを塗りつぶすということになってしまった。解ける問題が解けなかったという事実がより悔しさを倍増させる。
専門試験の択一に関してはかなり簡単であった。事前にあんなに神経をとがらしていたというのに肩透かしとはこのことである。といっても経済試験のみに言えばやはり難しかった。この一年経済に重点を置いていたはずだというのに。
そして専門の記述論文試験である。自分は専門記述を普通の小論文と直前まで勘違いしていたため試験三日前より文字通り付け焼刃な対策と知識をインプットし臨んだのである。半分まではそれなりに書けたがそれ以降でエンジンが切れてしまった。学者の名前を忘れる、理論をあべこべに説明するといったぐだぐだな内容が出来上がってしまった。とにかく調整不足であった。せめて一週間前からならもう少しきっちりした記述が書けたのに非常にもったいないことをしてしまった。
このように最初の試験は滑り止めどころか一次さえ通ったかどうかわからない代物となってしまった。

このようにして厳しい現実をつきつけられてしまったので俺は現実逃避を始めた。といっても結局は現実に引き戻されてしまうのだ。工学部にいっておけばよかったと考えても高校時代拒否どころか存在自体否定していた理系科目を一生懸命やる自分の姿が想像できない。高卒就職にしてもリーマン・ショック直後で雇用が期待できなかった。浪人してもどうせ遊ぶだろうし大学一年から頑張って編入試験を受けようにもなぜか語学科目がギリギリ可しかつけられてないので厳しいだろう。このように妄想を否定しまくって現実に舞い戻るのである。かつて自分の自尊心は自身に戦後ハンガリーのようなインフレ期待をもっていた。今やデフレもデフレである。卑屈になったのではなく今までの期待が大きすぎたのである。果たして残り一ヶ月でどうやって立ち直ればいいのだろうか。というかこのブログ始めて一年になるんだな。
前回から二ヶ月近く更新が滞ってしまった。
アメピグをやる予定もないしこのまま更新せず少数のモノ好きな人々の記憶からも消え去った時にひっそりとアカウントを削除しようという企みもあったのだがそれはまだ先のことになりそうである。
春休みの間中俺の頭にべったりとこびりついていた留年問題は終わってみればとても小さいものであった。なにをあそこまでビビっていたのか、と今の時点では思うが開示されない情報ほど怖いものはない。経済でいうところの情報の非対称性問題なのだがおかげで学務課の職員とすれ違う度に「俺のことを哀れそうな目で見ていないか」とビクビクしていたのである。

今年の新入生の特徴に関して特筆すべきことはない。サークルを仕切っているわけでもないし若いエキスを頂こうと奔走する気もおきていない。毎年のごとく繰り返される新しい環境と未来にエネルギーを発散される一年生の図だ。そして大半の学生は酒乱になり、部活狂になり、オタクのドツボにはまり、資格試験勉強という一歩間違えたら泥沼の行為に勤しむ。俺のような興奮しすぎて針が振り切れすぎた者はGW後にガス欠を起こしサポタージュの鬼となる。最初から夢など抱かず目先の享楽に勤しむSくんのような学生は八年計画で人生設計をする。GW後にサポタージュマスターが何人現れるか楽しみである。

そしてなんともなことに今年の国家公務員は採用が09年度比で56%削減である。まあこういう逼迫した財政状況なのだから「俺の享楽と安定のために公務員を増やせ」と声を大にしていうとなると公への奉仕精神が著しく欠如していると小石を投げつけられるので甘んじて受け入れるしかあるまい。しかし報道で56%削減としきりに騒がれると前年比56%かと思われるがあくまで09年度比である。一般職と総合職の割合がどの程度になるか現状ではわからないので(といっても総合職の受付登録は結局しなかったのだが)この削減がどちらの分野により重くのしかかってくるのか。
で、こういう状況で考えられるのは地方公務員枠への大量逃走、「今は時期が悪い」という免罪符を使った留年や院進学、一か八かの公安系志願者の増加などである。件の56%はもともと六割削減を公安系の反対により56%で譲歩した背景がある。しかしいくら枠が空いてようが公安には公安の基準というものがある。いくら最前線の兵士が足りないといえどもガリガリで栄養失調寸前のような奴を配置することはできないようにである。要するに人数というより基準をクリアできるか否かの話である。院進学に関しては俺が今年度の戦いで敗北を喫した時の緊急手段として考えているものだが旧友K山から「もし二年後にもっとやばい状況になったらどうすんだ」といわれちょっと考えている。地方公務員への逃走は目に見えているのであんまり乗り気ではないし若い内に全国津々浦々の転勤を経験したい俺にとってはあまりニーズというのに適していないとおもわれる。

このところ気温が一気に上昇し夏嫌いな俺には憂鬱になってきた。そもそも今年の冬も3分の1は靴下をせずズボンも履かないで寝ていたような男である。というかこれでよく風邪をひかなかったものだ。ちょうど試験日前後は梅雨のジメジメした季節である。土砂降りの中試験会場に行くのを想像するだけでこりゃ負けそうだなあと弱気になってしまう。東大の秋入学に対応してこういう官公庁の試験も秋のあの涼しい頃にやっていただけないものだろうか。
2月22日は2ちゃんねるの日である。候補は他に5月30日の開設日もあるが一応2が三つ並んでいるからこの日を俺は2ちゃんねるの日だと考えている。忘れもしない2004年の2月22日に俺は初めて2ちゃんねるに書きこみをしたのだがよく考えたらあれは超えてはいけない一線だったのかもしれない。

・職場体験
バイト中にいつものように起こられない程度の放心状態になっていたらふと中学校の職場体験を思い出した。あの時俺はとあるヤンキーと抗争中であり職場体験云々を考えられるほど暇ではなかったが一応市役所にいった。他の奴らが音響やガソリンスタンドでチンタラしている一方で俺は役所内で公用車の洗車の機会を逸し職場の方々と特に打ち解けもせずお昼休みには外に適当に散歩にでかけてお茶を濁していた。今とまったくかわっていないのである。大学入ってから一気に塞ぎこむようになったと思っていたらこの頃からすでに社会性に欠陥があったのである。

・田舎の隅の懲りない面々
中学校時代俺の周りには俺より更に逸脱した男達が集まっていた。今のところ消息がつかめているのはひとにぎりだが卒業式で別れてから六年以上経過し俺も彼らも激動の人生を送っていたらしい。盟友T田Kは女装趣味に目覚めてしまったし、かれこれ15年も腐れ縁なキョーはバイクと派遣業務に勤しんでいる。そして明るくサブカル趣味に精通し俺とはあまりソリが合わなかったはずのK吾という男は高校時代にリストカットを発症しこの世に対し垂直レベルで構える男になってしまっていた。当時俺はK吾が一番一般人(変態キモオタの対義語)に更生できる可能性が高い男だとおもっていた。どうしてこうなったんだK吾。お前はヤンキーにいじめられていたといっていたが俺よりよっぽど打ち解けていたじゃないか。なにがあったんだ、俺は悲しいぞ。

・夢のチャック
幼稚園年長組の担任教師は変な教育方針を持っていた。今思えばしょぼい距離の職務室に日直の児童をいかせて「失礼しまーす!」と叫ばせるのである。聞こえなかった場合はやり直しでそれを何回も繰り返させる。そして式や鼓笛隊の練習でちょっとでもやる気のない奴がいたらビンタである。俺は鼓笛隊は真剣に頑張っていたが今もそうだが式の整列訓練でどうしてもフニャッとしてしまうのでビシバシ殴られた。鼻血が出やすい体質なので殴られて痛いという感情より鼻血が吹き出さないかどうかが心配だった。そんな先生が帰りの会でよく昨晩見た夢の話をしてくれた。今思えばシモネタまみれで俺は怪人にいつもパンツを奪われる損すぎる役割だったのだが面白かったので一時期それを目当てに幼稚園にいっていたこともある。ただこの話の前に帰りの会というものの悪口暴露大会があるのでこれを早めに切り上げる必要があった。自意識過剰な女「〇〇くんが私のことブスっていいました~」リーダー格の男子「そんなこといってませーん!デロちゃうんか(方言)」というループ芸を毎日毎日繰り返していたのである。

・結局のところ
公務員試験改革で官庁訪問リストが今年から変わるはずなのだがどういうふうになるのかわからない。とりあえず財務局が独立して抜けるのは確かだが防衛関連がどうなっているのかわからない。四国の場合あってもあそこの基地ぐらいしか採用募集してくれなさそうだし枠は多くて3つか。

・一年
公務員勉強はじめてからついに一年が経ってしまった。なんか空気のような一年だった。充実感というものが感じられない。