正直こんなにはやく台風の被害を受けるとは思わなかった。
せめて来るのは梅雨が明けたころだろうという概念が頭のなかにあったが不意をつかれてしまったようだ。
まあ梅雨いりが20日もはやいらしいから台風もそれだけ前倒しでくるということであろうか。

俺の地元である香川県は周知の通り水不足とは縁が切れない。なぜかといえば雨が降らない。降らないといっても対岸にある晴れの国岡山は渇水にならないのだから不思議だ。
どれほど雨が降らないか。気象庁のHPを見ればわかると思うが警報がでているところは赤、注意報は黄色で色塗りされている。
大抵香川県は黄色止まりである。たとえ台風で南は高知から北は広島まで真っ赤であろうとも香川は黄色である。しかも四国は土地柄なのか夜中にきて朝方は晴れているといったことも多く学校が休みだと意気込んで宿題をやっていないからよく顔面蒼白になっていたものだ。
2004年、台風が異常に日本に上陸した年はさすがに香川県でも雨がザバザバ風がビュービュー吹いて何日も学校を休めることができた。といってもその時も2ちゃんしかしていないのだけども。あの時サンポート高松はおもいっきり脆弱性を発揮して高松は水浸し状態になってしまった。
その翌年は逆に大渇水で学校でも節水のためか水の出が悪くなった。うんこキングである俺は自分のブツが流れるかどうかでいつもひやひやしていた。

ところで中学高校の時は台風だと休みか途中下校の措置をとる。大学はちょっと厳しくて台風の時は休講措置をとるがそれ以外はとらない。
前に台風でもないのに大雨強風警報が出てそれでも休みにならないから頑張って大学にいったときがあるが外出10秒で長袖がビチョビチョになってズボンのすそも大変なことになった。住んでいるところがバレそうだが徒歩10分圏内の俺でもこれなのだからもっと遠いやつはどうしていたのだろうか。自転車で無理矢理きていた奴はとまっている車に正面から激突してひっくり返っていた。視界も相当悪かった。モンスターハンターにジンオウガというのがでてくるが奴が切れると白い発光をし始めると思う。あの発光のようなものが視界を覆うのである。先の物体がかすんで見えなくなる。行くならもう少し雨の降らないところに行けばよかったとああいう時にはよく思う。
そして台風云々といって甘えてられないのも現状である。なんせ今日はバイトが入っている。「すいません今日台風でこれません」とはいってられない。運転免許をもっているのだからいざとなればレンタカーを借りるとかタクシーを呼ぶとかそういう措置もとれる。そう考えると学校という所はまだ俺を甘えさせてくれるいい施設なんだなと思う。思えばシフトで入っている日は大抵天気が悪い。やはり上層部は俺に恨みでもあるのだろうか。自分で言うのもなんだが送りつけた履歴書の写真が本気で犯罪者にしか見えない。

とまあこんな感じで年をとるごとに台風というのがうっとおしくなってくるのである。そういえば親父が所属課のつごうでよく台風の時に土嚢を積みにいっていたがよくあんなことができると思う。
それにしても雨は憂鬱である。失ってはじめて分かる故郷のよさというものか。帰るつもりはないけどね。
最近自分のコミュ力というのの具体像が見えてきた
・相手が年上である
・初対面orほぼ毎日顔を会わす(自分の素性をまったく知らないか逆によく知っている人)
・人数が四人以下
・それなりにフィードバックしてくる

これらに当てはまっている対象に対しては人並み程度の受け答えや話ができるようだ。ただしそれでも自分にはいろいろと課題が残っている。
なにせ言葉が一々つっかえる(吃りではない)しよく聞き返される(これについては自分でも発音に失敗したと思う時と合致)。
これでも一時期のあうあうあー状態からは立ち直っているほうである。

そんなわけで今日ゼミの親睦会が開催された。相手は同年代だし中途半端に素性を知られているし人数も八人である。そもそも全員参加が原則とかいって当初俺が「予定があわん」というとブーイングの嵐だったというのにおもいっきり休んでいる人がいた。この点完全に俺は舐められている。
最初の20分ほどは頑張って話をしたが結局はいつものサイレントモードに入った。なお各々が断片的に語ってくれた俺という人物は
・いつもは暗い雰囲気でテンションも低い
・敬語がデフォルト
・あいさつをしても返さない
・アル中(単に軽く酒飲んで参加しただけでこの言われようである)
・毛深い
・パーマ

とんでもない糞人間である。実は数ヶ月前からアルバイトをしているのだがよく店長は俺を接客の最前線に配置したものである。まあ暗いのは元々自認しているし友達ができずに幼稚園を二度転校したというエピソードもある。敬語についてはこれは同年代より年上に接する機会の方が多いからついつい出てしまう。あいさつ云々は前の日記のように耳が最近悪くなってきているためか聞き逃すこともあり気分的に返さない時もあるから意識しなければならない。毛深いについても完全に先祖代々からの遺伝である。自慰のしすぎも問題かもしれない。パーマについては気分転換にかけてみたのだが手入れが難しくて嫌になってきた。
あと気づいた点がまだあってよく考えたら俺はあだ名でよばれたことが少ない。中学校の一時期「ビグザム」といわれていたがそれ以外思いつかない。大抵は苗字呼びつけか苗字or名前+君、稀に中学校の時のS木くんみたいにフルネームをいってくるやつ。ここらへんからも俺がとっつきにくい人間であることがわかるだろう。
これは親族代々のものかと思えばババアもおかんも「みっちゃん」で丸亀の叔父さんが「しげ」で親父もなんか呼ばれていたと思うがわすれた。ともかく俺の代からこの家系はおかしい。何十年と続いた線が近い将来切れようとしている。
しかも親睦会の残飯処理までが俺である。ちゃんと断ったのにやはり舐められているのか。まあ上記のような特徴なのだから仕方がない。更にここで判明したのが俺の食欲である。やはり年々食が細くなってきている。最初に飲んだチューハイ三杯が胃にダメージを与えた点は否めないがそれでもずいぶんと小食になった。
このように踏んだり蹴ったりな親睦会であった。小学校の頃のソフトボールの打ち上げのような和気あいあいな感じでもなければ高校の旧友相手のような取り留めのない暇つぶしでもない、なにか形容しづらい雰囲気だった。きっとサークルに入っていればこういう雰囲気はいくらでも体験できたと思うがだんねんながら(リーブ21風)サークル童貞なのでまったくわからない。
個人的な収穫といえば同年代とフランクに話す感覚をちょっと取り戻せてきたことである。ただ俺のフランクの場合は「ボケ、カス、アホ」がつきものでこれで幾多の人間と闘うはめになってきた。しかもフランクのあまり教授にも「なんなんすか」「そうっすね」と「です→す」変換用語を言ってしまう時もありこれで幾多の成績を低下させてきた。敬語と日常語を昔はそれなりに使い分けていたのに今やそれができないとは俺の言語野はどれだけ縮んでいるのか。
悲しいこともあって極限までテンションを上げたつもりでもそれが全盛期の六割程度だったことである。やはり人間日頃から笑ってないと笑えないし話してないと話せないし明るくしてないと明るくないのである。
なにか自虐風自慢的な内容になったが自分がしゃべらないといけないタイミングで喋れずに場が静まる現象や、自分が振った話題を相手グループだけで話しあって勝手にわかりあって全然フィードバックしてこない現象など半泣きになりそうなことが何回もあった。わかってくれ。バイトを休んでまで参加する意義はそれほどなかった。つらい。つらい。自分の情けなさがつらい。自分の人間性がつらい。自分の汚い食べ方がつらい。ひきつった笑顔がつらい。ひっくり返る高音がつらい。試験勉強をしていないことがつらい。一時間で終わるレポートに六時間かけることがつらい。煽りに一々噛み付く短気さがつらい。明日も天気が悪いという事実がつらい。立ち直れない脆弱さがつらい。そして過ぎ去った時間を悔み生み出される一秒一秒を無駄にする浅はかさがつらい。
昨日あたりからホルモンの出方がおかしいからか情緒不安定である。
思えば昨日電車で乗り合わせたヤンキー集団に去り際に膝小僧に一発かかとをかました(というか当たった)ことに対して「やつらが復讐してくるかもしれない」とプルプル震えながら就寝したのが悪かった。
そんな調子で今日大学生活板の公務員試験スレを久々に覗いたら「貧乏独学野郎は可哀想」「スー過去はクソ」「おまえらみたいなブサイクはどうせ二次で落ちる」「イエロー本(笑)」となかなか俺のイデオロギーに反する書き込みに溢れていた。正直怒りと不安で頭がおかしくなりそうだった。見ていたのが図書館でなければ久々に器物破損に走るところであった。しかもこれに対し反論をしていたのが浴槽脱糞野郎のべんじーだったのがまた情けない。本スレに書くと争いが激化しそうなのでここで一応の意見を述べてみることにする。

貧乏独学野郎は可哀想→貧乏についてはぐうの音がでない。ジジババが田舎教師で親父が弱小公共団体の冴えない係長なのだから経済的に苦境に立たされていることは否定出来ない。ただ言い訳をさせてもらえば近くに予備校がないのである。大栄教育システムと大学生協の講座の二択しか存在しない。あと個人的に「皆で励まし合って合格しました」みたいな感想はあまり信じない。能開センターの頃に味わったのは孤独とピエロに徹したための自虐・劣等感だけであった。だから貧乏独学野郎といわずに田舎者といってくれたほうがまだいい。

スー過去はクソ→こんなこというと俺のような精神弱小人間におもいっきり悪影響がでるので(その狙いかもしれないが)やめてもたいたいものである。たしかにスー過去だけで試験を突破できるとは俺もちょっと疑問だがやって損はないはずである。というか今更糞だからやめろといわれても結構な時間をかけているのでそうは問屋がおろさない。一応スー過去以外の教材を起用する余地も作るべく結構前倒しで勉強を開始している(それでも世間一般的には遅いらしいが)。

ブサイクは二次でおちる→「人は見た目が九割」という本を高校二年で読んで衝撃を受けたがそれを思い出した。前にも書いたがたしかに俺が面接官なら今の俺は落とす。パーマが暴発して頭が常時鳥の巣だし鼻毛も気を抜くと飛び出す上に髭も濃いしなによりも挙動不審である。誰似かといわれれば最新の調査によると「井川慶」もとい「遠藤保仁」らしい。オタクかリア充かといわれればオタクである。これでも大学入学当初の肉まんじゅう状態からは改善されてきているのだから多めに見て欲しい。多めにみろといっても判断してくれるのは面接官なのだからうだうだいわれてもしょうがないのだが。あと俺が面接官だったら肉つきのよい女性から優先的に採用していきます。

「受かる・落ちる勉強法(通称イエロー・オレンジ本)の是非」→とっかかりにはいいのではないかと思う。現にこの本に出会わなければ俺は参考書をノートに 書いてまとめるといった非効率の典型のような方法を実践しようとしていたのだから。三浪の三沢氏も「筆記をなんとかしてくぐり抜けたい人にはオススメ」と 評している。このような的確な批評ができる人が受験を断念せざるを得なくなったことは非常に残念だ。後ろのページに行けば行くほど論理矛盾を生じてくる点 は和田秀樹の本などテクニック本のある意味宿命要素なので自分なりに噛み砕けばいいのではないだろうか。俺は一応ボーダー以上の点を狙う予定なのでこの本 のフローチャート表を四ヶ月前倒しにしてこの四ヶ月を+α教材の読み込みに使う魂胆である。実際この本のフローチャートの最後の三ヶ月は総復習その他と なっているので+α期間は半年といったところか。ただ大学の勉強も考慮にいれなければならないのでこれくらい空けておいたほうが都合がいい。数十万賭けた予備校組が2000円足らずの本を信じ勉強している俺に打ち負かされる現実は果たして来るのか。


まあこんなことを気にしていたせいですっかり勉強する気も時間もなくなってしまったのでスレで煽っている奴の術中に見事にはまったようなかっこうである。大学受験の時も受験直前になるほど大学受験サロン板にはいくなといわれていたが今回も試験直前のせいか風説の流布や煽りがとびかっている。なにが正しくて間違っているのかは置いておいて自分の信念をどれだけ信じられるか、貫き通せるかというのがどの場面でも重要であるとひしひしと感じる。ただ2ちゃんにもときどき有益情報があるので全スルーするのも惜しい。銃弾飛び交う戦場で恋人に捧げる花を摘もうとする兵士の気分だ。元ネタにおいてはヘッドショットされて死んでしまったが俺はなんとか生きて帰らなければならない。
あとあいさつしてくれた中国人留学生さん。今日は苛立ってたので無視してしまいました。ごめんなさい。鍋パーティー楽しみにしてます。