今日はいよいよ自分の本命省庁の一次試験日である。諸先輩方はぜひベストを尽くされると共に私たちのためにも一問でも多い新鮮な試験情報を提供してもらいたいところである。
試験勉強を始めてからこの6月12日という日を意識しつつ生活していた。一年後には俺は広島の地でこのふるいにかけられるわけだ。
明日からはもう本番まで一年ないという日々が始まる。こう考えると圧迫感と焦燥感を感じる。
一年は長いようで短い。一ヶ月基準で考えると長くて長くてうんざりするがいざ振り返るとあっという間だったという感覚をみなさんも感じたことがあるだろう。
思えば公立高校受験の時も大学センター受験の時もその一年前の日記に「今日から一年がんばります」と書き教師に対して一応の熱意をみせたがまったくといっていいほど勉強をしなかった。
ただ今回は別で俺の生命と首がかかっている。実家からは就職浪人や留年はご法度でニートなんてもってのほかと前々から宣告されているため非常にまずい。
本当に体育会系のサークルに無理矢理にでも入っておけばよかったと思うがもはや過去を悔やんでいる暇がない。地銀もどうせプラスチック製の変なカバンもってサンダル履いてるスポーツメンに枠を独占されるだろう。まあ入ったところで俺に土下座取引や飛び込みというのは遺伝子レベルで無理な作業だと思われるのであまり期待はしていない。
ただ最近ここの官庁の一次試験はザルいという話をよく聞く。そのためか最近はテキストを読んでいても二次試験のことが頭にグワングワン浮かんでどうしても集中できない。
礼儀作法や積極性を養うためにバイトをし始めたはいいがそれでも礼儀がなってないとよく怒られるしゼミにおいてはとうとう「辻本くんってもしかしてコミュ障?」といわれ顔を真赤にして否定するその様子がますますコミュ障っぷりを強調する形となっている。毎度毎度泣きそうで仕方がない。
腹筋ローラーとプロテインを買いマッチョ計画を実行しようとしたが激しい筋肉痛のせいで免疫が低下し、更にパンツ一枚で毎日寝ているからここ三日風邪をひいているような気だるさを感じている。というかこれは完全に風邪だ。
一応ここまでの勉強の進行度具合を記しておこうか。

社会学→スー過去二週目(9/18)

政治学→スー過去二週目(10/30)

行政学→スー過去二週目(8/20)

行政法→スートレ二週目(5・5/10)

憲法→スートレ二週目(181P/385P)

国際関係→「20日間~」二週目(10/20)

財政学→スー過去にちょっとだけ手をつけるもめんどくさくなり放置

民法→「まるごと」を完全放置、きっとしばらくはしないと思う

経済学→ミクロ経済のスー過去(2/24)、マクロはスー過去開始まで「らくらく」でざっくりおさらいするつもり

数的・判断→畑中のワニ本三週目開始、終わったらスー過去に移行する予定だが時間なさそう

文章理解→スー過去を一日一問、英文についてはcore1900を放置気味

資料解釈及び一般知識→まったく手をつけていない


前にもこういう進行表を書いたが比べてみるとそんなに進んでいないことがわかる。まあ毎日変な時間に起床するせいで時間が足りず申し訳程度の復習ぐらいしかできないのが原因なのだが本当にここ一ヶ月のgdgdっぷりは目に余る。やはり季節の変わり目は心身ともにマイナスの影響を与える。
ただ光明といえば数的や判断や経済の勉強が楽しくなってきたことだ。手を動かすというのはやはりいい。なにせ法律や行政科目を毎日歩きながらブツブツつぶやいて覚えるという作業ばかりをしていたため目と耳と口が限界にきていたしそろそろこのやり方に飽きていたのでいい気分転換になる。
これから夏になると夏バテが問題視されるがなぜかここ三ヶ月自分の部屋のエアコンのリモコンの姿が見えない。だから一応冷房病については大丈夫であろう。たださっさと大学はクーラーをかけろといいたい。せめて図書館はクーラーをつけろ。

今日で東北大震災から三ヶ月目だ。
二ヶ月目にも日記を書いたが思い返せばあっという間の一ヶ月であった。だんだん記憶の中で震災が風化しつつあるが東北が未だに苦しんでいることも事実だ。しかも俺の地域も巨大地震対策でてんやわんやしているため決して気を抜くことはできないだろう。
関西電力が節電に入るらしいが肝心の四国電力についてはなにも言ってこない。どうすればいいんだ。

書きたいことがたくさんあるといっていたがその大部分は思い出のアニメや子供の頃の記憶である。そんな中昨日声優の川上とも子が亡くなったとのニュースがとびこんできた。
名前は聞いたことも見たこともあるがこの人のでてるアニメ見てたっけと考え込んだがウテナしかりヒカルの碁しかり学校の怪談しかりおもいっきり当てはまっていた。
俺がアニメを見始めたのははりもぐハーリー辺りだから96年頃。するとウテナはその黎明期の作品である。思えばボクっ娘の初体験がウテナ(セイバーマリオネットとどっちが先だったっけ)でメガネキャラに嫌悪感をいだいたのもそのころが初めてだった。子供の頃はウテナとレイアースがごちゃごちゃになっていたがなんでごちゃごちゃになっていたのかわからない。
ヒカルの碁はいわずもがな囲碁ブームの火付け役である。個人的に梅沢由香里が川崎Fのザルノッポ相澤と結婚したのが納得いかないのだがこれでまともに囲碁に興味をもったガキが大量発生して(俺もそうだが)いたるところの教室が大盛況だった。元々囲碁に興味があった旧友のT田Kはうっとおしく思っていたのか「マジあいつら消えてくれ」としきりに口にしていたことを思い出す。なんせ俺の世代のガキはというと今までハイパーヨーヨーなりミニ四駆なり頭をまったく使わない遊具に夢中になっていたのだから囲碁ははじめての知的遊戯だったのだろう。
ジャンプは終わったとしきりにいわれているがあの頃はワンピース、ブリーチ、ナルトはもちろん遊戯王にジャガーにプリティフェイスにいち100にヒカルの碁と後は個人的にもっと続いて欲しかったウルトラレッドがあって辛うじていい時代だったなあ。
学校の怪談は俺が幼稚園のころから続いていた怪談ブームのひとつの終着点だと思う。パンチラ云々については当時まったく意識をしていなかったが俺の心に十分なトラウマを残すアニメであった。特にエリーゼのためにを七回聞くと死ぬという話はあまりの生々しさの上音楽室の音楽家たちの肖像画が怖くてまともに眼を合わせられなかった俺にはもうたまったものではなかった。
こう考えるとこういうような俺の思い出に断片的にでも関わっている人が亡くなるというのは本当に辛いところである。90年代アニメを彩った声優がこれから先どんどん亡くなっていく時俺は果たして耐えられるだろうか。正直耐えられそうにない。どんどん俺の子供時代が離れていく感覚を覚える。



別にネタが切れたわけでもなければむしろネタが多すぎてどれから書いていいかわからない状態である。

そんな感じで悩んでいたら以前にそれなりの反響があった春の京阪神旅行のことについて書こうかと考えるようになった。そういえば旅行について感想もメモのようなものも今まで書き残したことはなかった。このままだと記憶の彼方に色々と消えてしまいそうなのでメモ兼用として書いておくことにしよう。



大学でのマイノリティ生活に一年は耐えた俺だがさすがにこのままだと頭がおかしくなりそうだということで二年になるとわけあって袂を分かっていた高校時代のクラスメイトに再度コンタクトをとることにした。

それで去年の夏に帰省していた輩と飲んだはいいがトーク内容が怪談話と島根のバラバラ事件に集中してまったくテンションが上がらなかった。

被害者は香川出身だとはきいていたがまさか同じ中学の輩がクラスにいたとは思わなかった。ただこれがまた四国の狭さなのか後で聞いた話で自分の大学の二つ上の先輩の友達の妹がその人だったらしい。そういえば捜査について音沙汰がないがちゃんとやっているのだろうか。

話を戻すとその中に京都の大学に進学した比較的仲の良い金山という男がいて冬に暇だったら俺の家にきてもいいぞと針葉樹林でグロッキー寸前まで追い込まれた俺にそう告げたのが始まりだった。



俺が京都に特別な感情を抱いたのは中学校時代。オカルト趣味に走り神社仏閣に興味を持ち出したことから様々な怪異や神秘性に包まれた京の都にいってみたいと思っていたのだった。

その後その感情を更に補強させたのが森見登美彦の「太陽の塔」で京都で大学生活を送るとこんなに楽しい経験ができるのかと欲望を掻き立てられた。

大学はどこにでもいってもいいといいつつ京阪神より東の大学には俺を行かさない親の心境は薄々感づいていたので、じゃあ京都だなといよいよ志望を固めた。

ただ俺の高校は国公立進学至上をかかげ私立はチンカス程度にしかみていなかった。ご存知京都の国公立といえば京都大学でセンターはともかく二次なんて100回生まれ変わっても解けないような問題を出すもんだから俺の京都志望は萎えかけた。

じゃあ京都府立大学だと路線を変えたがここで俺の学力が圧倒的に不足していることが判明してしまった。

「理科と数学が入ってる限り上に行くのは無理や・・・・」そう思った俺は三教科重点爆撃に変更し担任の圧力を喰らいながら私立志望に変えたのである。目指すは関関同立、特に同志社と立命館だ。滑り止めに京都産業も受けるぞ。

そして俺は全てに滑ったのであった。





旅行の計画は二月ごろからたてていたが最終的に決着がついたのは3月に入ってからであった。俺の希望としては①神社仏閣巡り②京都アニメーションショップ③居酒屋の三つが含まれていればいいと告げた。それに金山オススメの京都花回廊というイベントを組み込ませての二泊三日プランだ。

ただ決めたはいいがその後に例の巨大地震が発生し京都花回廊は祈りの光とかいうのに緊急変更されてしまった。金山は怒り狂っていたが変わってしまったことは仕方がない。



3月18日が旅行の初日だった。すでに電車も動いていたがここ数年電車酔いに悩まされている俺は高速バスで四国脱出を図った。

バスの予約も初めてならば乗るのも数年ぶりなので否応なしに胸が踊ったが結局は普通のバスであった。

朝にウイスキーを割ってきたので意識が朦朧としている内に瀬戸大橋にかかった。なにせ巨大地震があった後だから怖い。今地震が起きて橋が倒壊したらどうしようと不安に思ったが特になにも起こらず無事に岡山駅についた。

緑の窓口で新幹線の往復券を買うのだがこれも初体験のため駅員のおっさんとまったく意思疎通がとれず無駄に時間を食ってしまった。

とりあえず車内で腹がすいたら大変と塩おにぎりにストロングゼロを購入し間違えて当初予定していたものより一本早いものに乗車してしまった。

車内につくと猛烈に大便デザイヤーがこみ上げてきたので数年ぶりの和式トイレで格闘することになった。新幹線のゆれと自分の脚力の衰えのためか非常な長期戦となり終わった頃には一年分の汗と体力を消耗していた。誇張でもなんでもなくこの旅行最大のヤマ場がここだった。

汗をかいたあとの酒は流石に美味く極楽気分に浸っていたらなぜか予定より20分も遅く京都駅についていた。新幹線というのは不思議なもので一本早い便がなぜか後発便に多大な遅れをとる。間違えて乗ってしまったのがロートルのひかりだったのが尚更の不幸だった。

呂律がまわらない中なんとか金山に詫びを入れて市バスで移動することにした。市バスというのは狭い上にやけに乗車率が高い。両手に馬鹿でかいリュックを背負った俺は隅のほうでちょこんと座らざるを得なかった。

下車するときに料金箱ではなく換金箱のほうに金をいれたため大量の十円玉を再度入れなおすハメになってしまった。いいわすれたがこういうバスにのるのもはじめてである。



金山のマンションは五階か六階建のものであった。横幅といい縦幅といい圧倒的に俺のアパートの負である。ただ部屋の広さと家賃では勝っていた。

金山の部屋はロフト付のユニットバス付属の六畳だった。俺はこのユニットバスというのが本気で嫌いなのだがそれを差し引いても悪くないものだった。彼はカレーを猛烈な勢いで煮込んでいたがレトルト派の俺にはそのこだわりはわからない。

タンスの上には空き瓶が並べられ壁にはけいおんポスターが貼られていた。申し訳程度にキーボードが置かれパソコンが置かれた立派な机と部屋の端にやけにギトギトした机がおかれていた。俺はそのギトギトした机に陣取っておくようにいわれた。

このような部屋をどこかでみたぞと思ったら中学校の時の森くんの部屋がこんな感じであった。あの時俺は2000円で彼の小学校の卒業アルバムを買ったのであった。そしてそれをT田Kに横流しにして後に親にバレたT田Kが弁明に窮して俺に泣きついてきたのだった。

実は旅行の二週間前に金山とは母校のお礼参りにいったのでそんなに再会の懐かしさは感じなかった。そこで彼がタバコをプカプカ吸っている俺を非常に毛嫌いしていたので今回の旅行ではとりあえずタバコくんはお留守番である。



少し休憩するとさっそく金山が八坂神社にいくと言い出した。早くないかと思ったが昼間の八坂が撮りたいということだった。金山は大学に入ってから写真撮影に目覚めていた。俺のエクシリムとは比べものにならない馬鹿でかいカメラと三脚を手にもって彼は外に出たのだった。

八坂神社は俺のリクエストである。ここだけの話適当にチョイスしただけだったのだが都合がよかったのかあっさりと了承してくれた。行ってみて分かったのだが八坂から花回廊の会場は近かったのである。

阪急電鉄に乗るといったので俺が阪急ブレーブスについて熱く語ったが無視された。

四条河原町に降りると案の定タケノコのように募金集団が沸いている。顔を紅潮させ唾をとばしながらギャーギャー言っていてこれでは募金する気も失せる。それより驚いたのはビルの低さである。高さ条例があるのは知っていたがここまでビルが低いのかと驚いてしまった。

交差点を伝い東へ東へを歩いて行くと鴨川と先斗町が見えた。先斗町といえば森見の「80日間~」で登場人物の一人がバイトをしているところである。金山は帰りはここで飲もうやとかいっていたがこの約束が果たされることはなかった。鴨川を見ると噂に聞いたとおりカップルがボケーっと川を見つめている。まさにシェルダーを釣ろうとするヤドンの様である。

金山がいきなり彼女がほしいとわめきだしたのはこの辺りからである。こいつは女を部屋に入れたり一緒に飲んだりして俺より何倍を彼女という存在を獲得せしむること甚だし男なのだが俺の数倍心が弱い。

そろそろ八坂の赤い印が見えてきた頃今度は金山は腹が空いたといいだした。そういえば俺もすっかり昼飯を食べていない。おにぎりと酒は申し訳程度の朝食代わりという位置づけであった。ただそうはいってもここまできたんだからとりあえず先に神社にいこうぜということで神社にいくことにしたのであった。



続きは次回に。
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