おはようございます、
どうも、私です(-.-;)

最近早く寝られずに
今日も寝不足な朝

今日は早朝からやることまんさーい!バンザーイ\^o^/


昨日、FBの投稿にコメントくださった方に返信コメントしてたらすごく疲れてしまって
言葉を選んで慎重にお返事を書くって大事だなって思いました。

それだけ真剣に向き合えてる自分にちょっとビックリもしたりしてwww


でも何事も真摯に一生懸命に取り組むということは、自分自身のためになるんだなと痛感してます。

お前たちはっ、私の生徒なんだよっ!byYUMIKO


今日も真剣に真摯に物事に取り組んで
人を大事にしていきます。
肉体は滅んでも魂は続くので
「死んだら楽になる」
と考えるのは正しくありません。

人は突発的な絶望で自らの命を絶つといいます。

実は私も若い頃
友達の言葉にショックを受けて、突発的に手首を切ったことがあり
ます。

幸い使ったカミソリが錆びていてよく切れなかったので
バンドエイドを貼る程度で事なきを得ましたから
今こうして笑い話に出来ます。

でもそのカミソリが普通に切れてたら
今は冗談も言えなかったかも・・・

今でも時々
「生きるって辛いな」
って思うことがあります。

苦難や壁にぶつかった時
「こんなに苦しいんなら死んだほうがマシや!」
と思うこともあります。

でも、死んでも決して楽にはならないんです。

肉体は滅んでも魂は続くわけですから
その苦難を抱えて魂は続き
また同じ苦難を経験し続けるんです。

その苦難をどこかの人生で解決しないと
人生の中からその苦難はなくなりません。

これは倫理では「負の連鎖」といいます。
(話がずれちゃうので「負の連鎖」についてはまた今度説明します
。)

でも、死んじゃったら解決も何もできませんよね?

「死んだ気になって頑張ればいいじゃない!」
って言います。
私もそう思ってました。
でもハッキリ言ってそんなの無理です。

死ぬほどの苦しみに耐えられるのは
なにがなんでも生きてやるっていう強い人だから。

苦しみに立ち向かっていかなくていいから
とにかく生きましょう。

自分の死を考えることができる人は
自分の生だけでなく
たくさんの人の生を思いやることができる人なんだから!
倫理の死生観とは、
死が一切の終わりではなく
肉体は滅びても、その魂はその時々で形を有にし無にしながら連綿
と続いていく
というものです。

だから死を恐れることはないし、死は悲しむことでもないと。

さよならは別~れ~の言葉~じゃなくて♪
再び会うま~での遠い~約束♪

しかし、それを学んでもなお死に対する漠然とした恐怖とか不安が
拭えなくって
義母の死の間際、
付き添っているのが怖くてしかたなかった

そしてそんな気持ちを抱いた自分をずっと許せなかった

数年前、福岡市東倫理法人会のモーニングセミナーで、
明海和尚(
みょうかいとはこの漢字だったと思う)の講話の中で

「人は死んで一人になるんじゃない。
死んだら先に逝った人が迎えに来てくれる」

と言ってあるのを聴いて、
死に対する恐怖がスッと和らいだんです

それで、私の死に対する漠然とした恐怖の正体は
一人ぼっちになり
たくないってことだったんだって気づきました

人が生まれる人生の入口と、死にゆく出口は一人で通るけど
その先は永遠の孤独ではない


選んだものが奥が深すぎて、なかなか語り尽くせず…

しばらくちょいちょい続きますm(__)m