最近ザイム真理教という言葉が出てきた。

財務省官僚が信奉する財政均衡主義をカルト教義として捉え、その教義の悪弊により日本経済は30年間成長できなかったし、まともにインフラ投資もされず、災害にもまともに対応できない国になってしまった、というわけである。

ところで、この財務省のカルト教団的体質は、日本でかつてなかったのか?と思っていた。しかし考えたみたら、この体質は日本をずっと苦しめてきた「日本帝国陸海軍」のエリート参謀がそのまま蘇っているように感じるのは私だけか。そしてこの体質は、実は江戸の武家社会、明治維新から日本帝国時代のすべてに共通し、その時代のエリートたちが、一般国民を教導すべき哀れな人間として見てきた日本社会の体質そのものではないか。

戦後の敗戦国日本も結果としてこの体質を変えることはできなかった、そして、一般国民は民主主義という言葉だけを与えられ、民主的な権利を自ら勝ち取ることなく、経済的な繁栄だけに酔ってしまっていた。

それが、今の日本の姿である。

さてこの体質転換は容易ではない。実は当の一般国民が何が悪いのか、誰も理解も説明もできない。だからやりようが思いつかない。

社会変革を掲げても、一般国民のなかでも本当に困窮しているのは一部だけになっている。若い人たちも本当に明日のご飯に困っている人は多くはないし、貯金さえ考えなければ一攫千金の夢を追ってアルバイトで当面は生活可能だ。そうこうしていると近い将来国民全体の経済はさらに落ち込み、困窮者は増え続けるだろう。

それを止めるには、まだ民主主義の残っているうちに、この日本エリート層の過ちを政治的に変える日本の社会変革を、老いも若きも覚悟して選挙を通じてやるしかないだろう。

いずれにせよ今のままではさらに日本社会は経済的に落ち込み、民主主義すら危うくなると感じられる。