広島に連れて行くというのが去年からの息子との約束でした。
神戸の実家に帰る前に、成田からまず広島へと直行。
息子念願だった 広島の原爆ドーム & 平和記念資料館 を見学して参りました。
まずは、原爆ドーム
私は三度目ですが、何度見ても胸にせまるものがございます。
一瞬にして、強固そうなレンガ造りの建物をこんな廃墟にしてしまった原爆の威力。
(ここはほぼ爆心地)
ドームの前にあるこの説明文を読んでいたら・・・
隣から、英語の説明文を読む息子の声。
日本語説明文は漢字がたくさんあって難しそうなので、英語の説明文を読んだのね・・・と思いつつ、
ふと顔をあげたら
周りの日本人全員が息子をガン見! (笑)
日本人に見える子供が いきなり英語を話しはじめたのでびっくりされた模様。
反対側から見たドーム
あれから66年というのに、よく維持されています。
ドームは 元安川という大きな川のほとりに立っています。
今は、こんなに立派な遊歩道ができて とってものどか。
美しい町、ヒロシマ。
(宮島の厳島神社と並んで 世界遺産だもんね)
「安らかに眠ってください 過ちはくりかえしませんから」の 碑
福島原発の放射能問題を抱える今の日本を思うと、 胸が痛い。
向こう側に見える、長四角の建物が 広島平和記念資料館。
1970年代、1990年代と 今までに2度訪問したので、今回は3回目。
来るたびに 内容が美しく洗練されていく感じがします。
小学生のとき、一番最初に訪れたときの衝撃はほんとすごかった。
昔の展示は 今みたいに洗練されておらず、
その分そのときの壮絶さがもっと伝わってきたというか・・・
同じ建物でも、中身が洗練された分 今は展示が以前に比べてマイルドになってる気がする。
何せ ここをずっと訪れたいと思っていた息子、
展示はかなり真剣に見ていました。
「どうして 原爆の研究がアメリカではじまったのか?」
「どうして 広島が選ばれたのか?」
展示を見ながら、
「連合国軍の捕虜収容所がなかったってことも 広島が選ばれた理由なんやね。」と話してると、
ボランティアのような女性の方が来てくださって
「でも 実際には、アメリカ人でも数名被爆された方がいらっしゃるんですよ。」と
いろいろ詳しい話を教えてくださいました。
修学旅行とかの団体じゃなく、自分達のペースでゆっくりと見られてよかった。
そして、もし私だけなら、こんなにじっくりは見なかったと思います。
息子のおかげで勉強させてもらいました。
ホテルへの帰り道、元安川のほとりを歩きながら 息子に
「なんか 思い出した?」と おそるおそる聞いてみました。
「え?何のこと?」
保育園児のときから 異常に原爆に関心を持っていた息子、
”もしかして この子は 前世で被爆して亡くなった方の生まれ代わりだから、
こんなに気になるのでは?”ってちょっと疑っておりました。
でも、その話しをしたら、友人に
「被爆したほうとは限らへん。もしかしたら、落とした方かもしれん。」と言われ、
母はびびってしまいました。
その息子が保育園のときに、何度も読んでいた本。
- 絵で読む 広島の原爆 (かがくのほん)/那須 正幹
- ¥2,730
- Amazon.co.jp
保育園の膨大な絵本の蔵書の中から、なんでこの本を何度も借りてきたのか?
楽しい本がいっぱいあるのに・・・母には、理解不能でした。
大判の絵本ですが、もちろん凄惨な描写もあり、
母の私が目をそむけたくなるような絵本で、読み聞かせもつらかった。
でも、やっと今回 念願かなって広島に来て 自分の目で見られたこと、
息子は満足な様子でした。
子供を産んで親にしてもらって以来、日々修行だと思っておりますが、
息子のおかげで 親の私も一緒に学ばせてもらったなあと。
親子で日々育ちあいです。






