コロナ禍の為不要不急の行動が制限され、電車にもバスにも極力乗らない日々が続く。

予期せぬ地元密着生活だ。

 

2年前は

「この日に台湾に来なさい」

と病院から言われれば、フットワーク軽く飛行機に乗り台北に飛んだ。

日本でもあちらの病院で検査、こちらの病院で経過観察、電車を乗り継ぎサクサク動いた。

我ながら、よく一人で国内・国外ぐるぐる動いていたと思う。

 

何か大きな決断をするとき(例えば転職など)、夢とか希望というポジティブな動機よりも、焦燥だったり恐怖というネガティブな動機の方が、より実行力を伴うように思う。

 

この環境は嫌だ、あの上司は耐えられない、一刻も早く違うところに移りたい、もうここには留まりたくない

などの負の理由は、一刻の猶予もない危機を感じるのであっという間に行動へ移す。

 

将来の夢だったら、チャンスも来ていないのにあわてて会社を辞める必要もない。

 

私の不妊治療の場合は、胚移植にすらたどり着けない自己卵子の老いに直面したことが動機となった。

これを今後繰り返し、何十万という高い費用を毎回払っても成功率は数パーセント、勝ち目ほぼ無しゲームオーバーという現実をパーンと見せつけられたことだ。

この焦燥と絶望により、次の方法に移るしかないと背中を押された。

そして、残された時間が無い無い!と絶望しながら、国内国外と動き回り出産に至った。

 

これは射幸心を煽られた結果なのだろうか。

あと少しでリーチがかかる、と思ってやめられないパチンコやギャンブルと同様の心理なのだろうか。

自己卵での治療は散々な結果で、リーチからは程遠い結果だった。

一方、ここまで頑張ったのに治療を止めたくない、という思いもあったのは確かだ。

 

焦燥から解放された今、まさかこんなに地元にじっとしているとは想像外だった。