1年に1回、台湾のコウノトリ病院より

「保管している受精卵どうしますか?」

という確認メールが届く。

 

元気な受精卵なので、移植した場合出産できる可能性が高い。

しかし母体は、元気といえば元気だが日々忙殺され、なんといっても40代だ。

50代で出産した野田聖子氏を思い出すが、パワーに溢れた国会議員と比較するのもおこがましい。

 

「きょうだいがいたら、こどもも嬉しいだろうな」

「受精卵を廃棄したら可哀想だ」

という思いもありながら

「いつまで現役で働けるか分からないのに、2人分大学費用はあるの?」

「こども一人でよろよろ育児しているのに、もう一人抱っこひもできるの?」

という心の声が聞こえる。

 

こどもを生みたい、母親になりたいという確たる強いパワーが無ければ、卵胞チェックのために4-5時間病院で待つことは出来ないし、台湾に渡る事も出来ない。

不妊治療は強い気持ちが原動力になる。

その気持ちがすっかり無くなった今年、夫婦で話し合い受精卵の保管を中止することにした。

 

なんというか現役野球選手が、体力の衰えを理由に現役引退する感じに似ているように思う。

数年前の自分だったら、意欲に満ちていたし、自分から勝負をおりることなど考えていなかった。

それでも、何かが切れ、体内時計が

「あと1年、あのプロセスを繰り返すのは厳しいよ」

と自らに宣告し、ポンポンと自分の肩を叩いたのだと思う。