全国から高齢出産希望者が集う、加藤レディスクリニック。

病院には中国語も飛び交い中国人らしき患者とその通訳や、欧米系の患者も見かける。

排卵は月1つで充分という考え方で、低刺激の薬を使用。

自然に排卵するタイミングを逃さず、採卵。

そのため、日曜もお正月も関係なく文字通り365日営業している。

 

早朝病院に行っても、診察受付を求める患者が長蛇の列をなしている。

朝6時頃には列ができており、7時頃到着しても受付番号は当時で200番くらい。

掲示板には、600番800番の数字が並ぶ。

何百人、何千人患者が押し寄せようが、空港のチェックインカウンターのように整然としている。

コンピューター管理システムが出来上がっており、この大人数を黙々と裁いている。

採卵のダブルブッキングなどあるのか分からないが、混乱している様子は見たことがない。

 

噂通り診察は秒殺で終わり、待ち時間の方が長い。

ひたすら待つ。掲示板を眺めている時間がほとんどだ。

 

これだけ大人数でもカルテは手書き。どれだけのカルテが病院内を飛び交っているのかと思う。

 

採卵1回目2回目は、空胞だった。

長い間誘発していたので、卵巣も疲れ、卵胞が干からびていたのだろう。

 

3回目以降は正常卵が毎回採取できたが、胚盤胞まで成長したのはたった1回だけだった。

指定時間に培養士に電話をし、淡々と受精卵の成長結果を伝えられた。

分割の速度が遅かったです、大きさが十分ではありませんでした、途中で分割が止まりました。

平易な言葉で、感情を交えずに残念な結果を丁寧に教えてくれた。

 

KLCでは6−7回採卵、3回移植し、結局心拍確認できるまでの妊娠には至らなかった。

朝早起きして通院し、麻酔なしで針を突き刺す採卵にも耐えたけれど、結果は出なかった。

針の恐怖に怯え、若い看護師さんに手を握ってもらって採卵に臨んだ。

そのうちその採卵にも慣れてしまった自分がいて、スタスタ診察台に上がり、看護師さんが連呼する私の名前と生年月日を聞きながら、採卵の5ー10分間を我慢した。

そんな痛みに慣れる前に卒業したかった。

 

さて40代の壁は厚かった。

 

待合室には、失礼ながら四捨五入したら50代に近いような方もいた。

見ず知らずの先輩方と、一緒に頑張っているような気持ちにもなった。

採卵回数をこなせばもしかしたら生きのいい若めの卵に巡り会えるかもしれないが、それは本当に低い確率だ。

何よりもお金がバンバン飛んでいる。

合計300−350万円はKLCに払っている計算になる。

体を痛めながら、これ以上確率の低い宝くじを買うことは辛くなってきた。

 

自分の老いを認め、卵子を諦める時期なのではないか。

 

そんな考えが頭をよぎり始めた頃、「海外での卵子提供」を知った。

海外での卵子提供、野田聖子議員しか思い出せない。

50歳で確か出産したけれど、お子さんは重い障害を持って生まれたと聞いた。

情報収集を始め、また知らない専門用語と知識を学ぶことになった。