昨日の学び直し講座で、
受講生さんがこんなことを
話してくれました。
「私は午未天中殺だから、
毎年6月と7月は調子が出ないんですよね。」
その一言を聞いた瞬間、
私は少し考えてしまいました。
本当に天中殺だから調子が悪いのでしょうか。
それとも、私たちは
「そう思い込まされている」
だけなのでしょうか。
その受講生さんは、以前
四柱推命の鑑定を受けた際、
「午未天中殺」の人は、
午月・未月にあたる6月〜7月は
運気が下がると言われたそうです。
「言われてみれば確かに
毎年その時期は調子が悪い気がする。
やっぱり天中殺のせいなんだ」
と納得したそうです。
もちろん、
本当に調子がでなかった年も
あったのでしょうし、
本当に毎年調子が悪いのかもしれません。
でも、
6月から7月は梅雨の時期で、
気圧や湿度、暑さによって
体調を崩す人が多い季節でもあります。
それでも一度、
「天中殺だからですよ」
と言われると、
その言葉はまるで
魔法や呪文のように心に残ります。
翌年も少し疲れを感じれば、
「やっぱり今年も天中殺だからだ。」
そんなふうに出来事を結び付けてしまうのです。
心理学には
「自己成就予言」
という考え方があります。
「失敗する」と思いこむと、
その不安から本当に失敗しやすく
なってしまう現象です。
占いも同じです。
「今年は悪い年だ」と思い込むほど、
悪い出来事ばかりが目に入り、
「やっぱり当たっていた」
と感じやすくなります。
私たちは、自分が思っている以上に
「思い込み」の影響を受けながら
生きているのです。
「天中殺」は本当に昔から恐れられていたのでしょうか?
「天中殺」という言葉には、
どこか不穏な響きがあります。
そのため、多くの人が、
「昔から日本人は天中殺を恐れてきた。」
と思っているのではないでしょうか。
ところが、
歴史をたどってみると、
それは大きな誤解です。
日本人が恐れるようになったのは昭和だった
「天中殺」という言葉が
日本中に広まり
社会現象にまでなったのは、
それほど古い話ではありません。
昭和50年代に起きた、
ある一大メディアブームが
きっかけでした。
当時、この言葉を全国区にしたのは、
細木数子氏ではなく、
占術家の和泉宗章氏です。
それまで一部の専門家しか知らなかった
「算命学」の理論を、
和泉氏がテレビや書籍で
分かりやすく紹介したことで、
「天中殺」という言葉は
一気に日本中へ広まりました。
1978年から1979年にかけて出版された
『天中殺入門』『算命占星学入門』は、
合わせて350万部を超える
大ベストセラーとなります。
当時の熱狂は想像以上だった
さらにテレビや女性週刊誌でも
連日のように特集が組まれ、
本屋さんには、
・天中殺カレンダー
・天中殺早見表
・天中殺解説本
がずらりと並びました。
当時のメディアは、
有名人の病気や離婚、
政界の出来事までもが、
「これは天中殺だから」
と結びつけて
センセーショナルに報道しました。
和泉氏の著書の表現も、
非常に強いものでした。
- 天中殺は注意しなければいけない
- 天中殺は動いてはいけない
- 天中殺中の引越し・結婚・家の購入は禁止。
- 天中殺中に結婚した場合、5年以内に破局が訪れるか、破局の原因となる問題が起きてきます。5年以内に破局を迎えなくても12年後の次の天中殺には、決定的な終末を迎えることは間違いありません。
こうした刺激的なメッセージが、
テレビの深夜番組
(当時の人気番組『11P.M.』など)や
女性週刊誌で繰り返し発信されたことで、
「天中殺=人生最悪の時期」
というイメージが、
多くの人の心に刻み込まれていったのです。
「今年は天中殺だから何もできない。」
そう考える人が続出し、
まさに社会現象となりました。
ブームの終焉
和泉氏はメディアの寵児となりましたが、
ブームの絶頂期に
「1980年2月までに長嶋監督は辞任する。
なぜなら天中殺の時期に監督になったから日本一にはなれない」
と予言を発表します。
しかし、その予言は外れ、
ブームは急速に終息していきました。
その後、和泉氏は、
占いの世界から距離を置き、
その後は一転して
「占い批判派」の
先鋒へと転向するという、
数奇な人生を歩むことになります。
本来の「空亡」はどういう意味だったのでしょう
では、昭和のブームより前の時代、
本来の「天中殺」は
どう扱われていたのでしょうか。
天中殺は、
中国の四柱推命などで古くから使われている
「空亡(くうぼう)」という概念です。
その歴史は数千年前に遡ります。
十干は10個、十二支は12個。
この二つを組み合わせると、
どうしても二つの十二支が余ります。
その「天の気が及ばない空白の期間」を
空亡と呼びました。
ところが、
中国の古典を読んでみると、
空亡は決して
「恐ろしい時期」
とは書かれていません。
むしろ、
・物事が空回りしやすい
・吉も凶も作用が弱まる
・執着を手放す時期
というように、
膨大な運気を測るための
「数ある判断材料の1つ」
として扱われていました。
日本の伝統的な「暦」での扱い
江戸時代の暦にも
「空亡」の記載はあります。
しかし、
当時の庶民が本当に恐れていたのは、
方位の神様である
「大将軍」や「金神」。
その祟りを恐れ、
旅行や引っ越しを慎む風習はありましたが、
これらに比べると、
空亡の知名度は驚くほど低く、
「空亡だから何もしてはいけない」
という考え方は、
一般には広まっていなかったようです。
つまり、
「天中殺=人生最悪の時期」
というイメージは、
昭和後期のメディア報道によって
急速に広まった
わずか数年間のムーブメントの中だけだった、
というのが歴史的な事実です。
なぜ「恐怖」はこれほどまでに広まるのか
人は、
「今年は最高に良い一年になります」
と言われるよりも、
「今年は危険な一年になります。」
と言われた方が、
強く記憶に残ります。
「不安」や「恐怖」は
人の心を強く動かします。
強いインパクトを持つため、
メディアにとっても
格好のコンテンツになりやすいのです。
天中殺もまた、
その心理とメディアの影響によって、
本来以上に「怖いもの」として
語られてきたのでしょう。
九星気学も同じです
私が専門としている九星気学にも、
五黄殺
暗剣殺
破壊殺
など、
注意すべき方位や時期があります。
こういう影響が出やすいから、
いつもより慎重に行動しましょう。
という意味で用いられます。
天気予報で雨だと分かれば、
私たちは傘を持って出かけますが、
だからといって、
外出をやめる人はほとんどいません。
九星気学も、天中殺も、
本来はそれと同じ。
人生を安全に歩くための知恵なのです。
現代の占いが教える「天中殺」の本当の過ごし方
私は決して
「天中殺なんて気にしなくていい。」
と言いたいわけではありません。
どんな占術にも、
長い歴史の中で積み重ねられてきた
知恵があります。
現在では、多くの占術家が
天中殺や空亡は
ただの不運期としてみるのではなく、
とても前向きで建設的な意味として
捉え直されています。
人生の棚卸と再設計の時期。
思い込みを手放して
本来の自分に戻る時期。
「価値観が変わる時期」
「人生を見直す転換点」
「古い殻を脱ぎ、新しい自分へ生まれ変わるための時間」
として捉えています。
では、
天中殺の時期を
どう過ごせば良いのでしょうか。
私はいつも
日盤吉方
をおすすめしています。
まだやったことがない人も
ぜひやってみていただきたいです。
そして、
「徳を積むこと」
もおすすめです。
「徳」と聞くと、
何かお堅いことや難しいこと
のように感じるかもしれませんが、
決してそんなことはありません。
徳とは、
日々の暮らしの中で生まれる
「優しさのエネルギー」そのものです。
誰かを励ましたり、
誰かに優しくしたり、
誰かの役に立つことをしたり、
人のため、
社会のためを思う
そんな日常の小さな思いやりや
優しさのひとつひとつが、
あなたの中に
「徳」として蓄積されていきます。
天中殺の期間は、
次の運気に向けて
土づくりをするような時間です。
天中殺の期間に積む徳は、
「土壌を豊かにするための極上の肥料」
のようなもの。
その優しさはやがて大きな力となり、
未来のあなたの願いを叶える
追い風になるでしょう🍀











