こんにちはmimicoです。
今日もわざわざ来てくれてありがとう!
あの時、私が違う決断をしていたら
死んでいたかもしれない、
あの決断のおかげで生きるチャンスを
再び与えてもらった、そんな体験のお話です。
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[ 概要 ]
先週末、私が前から行ってみたいと思っていた群馬にある妙義山に、夫と2人で縦走しに行きました。妙義は長い鎖場がいくつも続くのが特徴で、日本の登山道の中でも上級コース。毎年滑落&死亡事故が多発している山というのは知っていたし、その多くの場合は腕力の限界で、鎖を手離しちゃうのが原因だというのも知っていた。
そこそこの登山経験とクライミング経験のある私達はそんな妙義山縦走(妙義神社〜中ノ岳)をロープ装備なしで試みたのだけど、途中で私の腕力不足で立ち往生。結果、後続のパーティにヘルプを要請して無事下山することが出来たという話です。専門用語があってわかりにくい箇所があるかもしれませんが、興味がある方は是非読んでいただけると嬉しいです。
※文末に崖っぷちの現場写真あり(汗)
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朝5時に妙義神社からスタートして、堀切という地点まではなんとか行けたのだけど、繰り返す長い鎖場の登り降りで腕力を消耗したし、かなり緊張を強いられる登山道だった。この堀切で下山するチャンスはあったけど、ご飯休憩をして身体を休ませてから、縦走を続けることを決めた。
今思えばそこで下山しておけば良かったと思うけど、その時は堀切までと同じようなレベルの鎖場だったら最後まで行けるはずだと勘違いしてた。でも実際はそこから先のレベルが全く違った…。
堀切から先にあるのが、この縦走路の核心部「鷹戻し」。名前の通り鷹さえ戻ってしまうような50mの岩の稜線の鎖場。上を見上げてもどこで鎖場が終わりなのかが見えない。足で体重を支えられるしっかりしたステップがあれば、鎖や腕力に頼らずに登れそうな傾斜に見えたけど、最初の鎖場で何度も足が滑っては落ちそうになり、恐怖で顔面蒼白。
何度試しても滑る!登れない!怖い!今までは私が先行だったけど、ここは夫が先行。私は夫がどこに足を置いて登るのかを見て確認し、腕力マックス使って、なんとか夫に引き上げてもらって最初の鎖場をクリアした。そこからいくつもの鎖場が連続しているのに私大丈夫か??急激に上昇する心拍数と緊張感で震える自分をなんとか抑えながら、冷静になろうと必死になっていた。
鎖と鎖のつなぎ目にある、人が1人ようやく立てるくらいの狭いスペースまで登っては、深呼吸し恐怖心を抑えて、腕力の回復を少しの間待つ。「大丈夫だよ」と何度も私を励ましてくれる夫の声が、近くのはずなのに何故か遠くに聞こえる。登って来た岩を見下ろす度に、どんどん高さを増して行く。ここで落ちたら死ぬ。いや、死にたくない。腕力の自信を取り戻してからまた登るというのを繰り返し、なんとか鷹戻しを登りきった。安堵して細くて狭い登山道でしゃがみこむ私。強烈な恐怖感の中でなんとか冷静でいようとした。脚は平気だけど、腕と手がやばい。腕をマッサージしたり、グーパーして握力をなんとか回復させようとした。
そして鷹戻しを登ったはいいけど、その先に待ち受けていたのが25m切り立った崖の下り。見た途端、鷹戻し以上の圧倒的な恐怖感。これ軍手だけで降りるの?マジか…。最初は怖くて下を覗く事さえ出来なかった。
もちろん山は全て自己責任だと分かっていたから、自分で降りる選択肢しかなかった。でも行けるのか私?まずは深呼吸してなんとかリラックスしようと試みた。私も夫も感情的にはなっていなかったし、冷静でいようとはしていたけど、今思えばあれは一種のパニック状態に近かったと思う。
崖の上にいる私達2人は完全に追い詰められた状態で、進退の決断を迫られていた。 普段高所を怖がらない私しか知らない夫は「行けるかな?」という顔面蒼白の私に「大丈夫行けるよ!」と励ましてくれたのだけど、私にいつものような自信はなく「いや、まだ腕力が回復してない、もうちょっと休ませて」と、何度も同じような会話を繰り返し、時間だけがどんどん過ぎて行く。
そしてようやく心が少し落ち着いてポジティブになる瞬間がやって来て、「そうだ、逆に恐怖心や緊張感があれば、慎重に行けるはず。」と思えるようになった時に、崖の上からルンゼをいざ覗いて見ると15m(マンションの5階)くらいの下にテラス(少し広い地面)が見える。まずはそこまで降りる必要がある。この高さからだと、そのテラスの下がどうなっているのか見えない…。
まずはテラスまで15m。うーん…高いし長い。太い鎖が2本。垂直ではないけど結構立ってる壁だから、かなりの腕力が必要なのは明確だった。しかも最初の箇所は岩がオーバーハングしてて、その下の足場が見えない。地図には「重傷事故多い」と書かれた場所。落ちたらギリギリ命はあるか、あっても五体満足かどうか…。
30分が経過し「行けるのか私?本当に行けるのか?」まだ行く決断ができていない時に、人の声がして振り返って見ると、鷹戻しに後続のパーティが2組いるのが見えた。後続が来るなら先を急がないと。モタモタしたくないと思い、夫に「OK!行こう!」と最終的に行く決意をして、夫が先行で下降しようとした。直後撤回「ごめん!やっぱ無理!後続のパーティにロープ借りたい!」と決断を翻して、私の登山人生で初のヘルプ要請。自分の力不足と失態を晒すのを恥ずかしく思う気持ちもあったけど、恥より命!素直に助けてもらう決心をした。でも今までの私がだったら「助けてもらう」なんてありえない決断。
後続のパーティは東京の山岳会の方達で、幸いロープ類の装備を持っていて、ヘルプをお願いするとすぐに快諾くださった。神よ!(涙)「あ〜〜〜助かった!!!」と思った瞬間、体と歯の震えが止まらなかった。歯をガチガチ言わせながら頭を下げてお礼を言った。
リーダーの男性は手際良く、鎖が掛かっているリングにロープをかけて降りて行って、次に同行の女性2人がそれぞれ懸垂下降して降りて行った。そして私を降ろす為に必要な装備を、ロープを使って崖の上まで引き上げてくれた。私は懸垂下降の経験がなかったので、夫にやり方を教えてもらったけど、幸いにも私が経験したことのあるロウワーダウンで行けると言われて、幸い一番楽な方法で降ろさせていただいた。これぞ神対応!あぁロープ=命綱があるってなんて安心なんだろう!(涙)
恐怖だった崖をロープで降りながら見ていると、どう見ても自力で降りるのは私には無理だったと分かった。着地してからすぐさま助けてくれた3人に、ひたすらお礼とお詫びの言葉。この男性は私の命の恩人。何かお礼がしたい!
私の着地後に、夫は自力で下降。夫はギリギリ落ちずにセーフだったけど、やはり私には絶対無理な壁だったって。もし体力がある状態で、今まで通り私が先行して降りて行ったら、間違いなく途中で腕力が尽きて滑落していたと思う。「もし」という仮定の話だけど、あの時判断を間違っていたら、私危うく死んでたのかもしれない。生きる権利をもう一度与えてもらえたのかと思うと、感謝の気持ちで胸が溢れた。
ルンゼを降りてから、下山できるエスケープルートまで山岳会の方と同伴させていただき、分岐でお礼をしお別れをして、彼らは引き続き縦走、私達は無事下山することができました。 m(_ _)m
今までの経験で、山を甘く見ると危険だというのは十分わかってたつもりだったし、何度かロープを使ったクライミングをしたり、北アルプスの険しい山を登って来た経験があったとはいえ、今回は自分たちの情報収集ミスが大きく、慢心だったと深く反省した。
どんなに山ガールが軽装で、しかもロープなしで妙義を縦走していたとしても、彼らの腕力と私の腕力が同じだと勘違いしてはいけないし、彼らが行けるから私も行けるとは限らない。縦走できる脚力・体力と、クライミングを何時間もする腕力・握力は全く別スキルだと今回は改めて痛感した。次回は完全装備、ロープ類持参してまた挑んでみたい。
下山直後に夫婦で喜びと安堵のハグ。お互い生きてることが嬉しくて胸がいっぱいだった。下界って平らでいい所だね(涙)
そして私達夫婦は帰宅後、美味い焼肉を食べて生きている喜びを何度も何度も噛み締めました。
「生きてるって素晴らしいね〜♪」
「ほんと生きてて下山できて良かったね!」
「生きるチャンスをまたもらえたよ〜!」
と夫と2人で感動する事ができ、夫婦の絆が深まった日でもありました。
生きてるって本当にそれだけで
十分素晴らしい!!!
でも生きているなら、
善き人間でありたい。
そして「まだ死ぬ時ではない、お前の使命を果たせ」
と言われた感じがする、
そんな圧倒的な体験でした。
そう、生きてるってことは、
この世で、この人生でまだ何かやるべきことがあるっていうこと。
みんな理由があって選ばれて
そして生かされている。
この与えられた人生を
最大限活かそう‼︎
今日もありがとう‼︎
みんなにとって良き1日でありますように。

