今日は久しぶりにワイドショーを見ました。
なでしこたちが、フジTVにずーっと出演。お疲れさまです。
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お華ちゃんが多いですね~。しかも監督も『華アデ殿』
決勝戦でのPKの前に笑顔で円陣って、皆さん驚かれていましたが、お華ですもの~ 楽しみますわよね~
そこで笑顔で開き直れる芯の強さがあるのです。選手の皆さんだけでなく、とてもクレバーな佐々木監督も素敵ですね。
さてさて、なでしこクイーン澤さんの語録、色々なところで紹介がありますが、私も紹介させて下さい。
澤さんは、08年発行の東アジアサッカー選手権の優勝を機に書き下ろされた自叙伝『ほまれ』(お名前は穂希と書いて、こう読む)の中で、はっきりと「いつか世界の一番になる」と書き記していました。
後述の想いを乗り越えた後のオーダーですから、叶わないはずがないですよね
「世界大会でのメダルを、自身のプレーで獲得したい。私が現役時代にこの夢を達成したい」と。
12歳で女子のトップチームであるベレーザでデビューし、15歳で日本代表として世界のピッチに立った。ワールドカップ : 5回 オリンピックを3度経験し、今回のW杯中に、通算76ゴール目を記録し、釜本邦茂を超え男女を通じての代表最多得点記録保持者となった彼女。
人生の半分以上を夢にかけてきた人の言葉はやはりとてつもなくカッコイイですよ~。
その者、青き衣を纏いて 金色の野に降り立つべし
しかも彼女、2004年に当時活躍していた米国女子プロリーグが突然休止を発表。帰国を余儀なくされてしまいます。澤さんは、このとき、恋人と結婚して米国で暮らそうと考えていたそうです。
25歳 お年ごろの女性なら、皆さんわかると思いますが、やはりこの時の澤さんも、「サッカーやめられるか?」と聞く恋人に ためらうことなく「もちろん」と答えたそうです。
が、彼は
「サッカーやめて、本当に後悔しないの? 専業主婦して家で退屈している姿は似合わない。きみにはサッカーをとことんやってほしい」
素敵な方ですよね~
そして、低迷する日本女子サッカーを救うためには、五輪に出場して注目を集めることが必要だと考え、翌年に控えたアテネ五輪のピッチに立っていない自分は想像できないと、恋人との別れを決意。結婚よりサッカーを選び、日本に帰国しました。
非常に志のあるお方です。
だから彼女の背中には、『ナウシカ』だ、と思わせるオーラがあるのでしょう。
【澤 穂希名言】
・苦しい時は私の背中を見なさい
・代表の10番という背番号は重い。その重さが私を走らせる
・国民の皆が誇りに思えるように勇敢に戦いたい
・サッカーの神様などいない。頼れるのは自分だけ
・このWCが終わったら?勿論現役。代表を目指す選手の壁になるのが全盛期はとっくに過ぎた私の役目
・今日がドイツを倒す時だった
・私だけがアメリカの弱点を知っている
優勝 おめでとうございます。
幸せをつかみたいのなら、
『感動をありがとう』で終わらせないで、
自分には何が出来るかを考えていかないと…ですよん
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