Uncut (Apr. 2008) 

UNCUT'S PIONEERS OF COUNTRY ROCK

 
モンキーズがつむじ風のような存在だったとしたら。ファースト・ナショナル・バンドは稲妻のようなものだったのだろう。目映いものの、一瞬で、見る者はすくない。結局のところ、バンドの活動は1年と少しだったが、その間に3枚のアルバムを録音し、更には過酷で見当違いな海外ツアーをしてしまった為に、バンドの終焉を早める結果となった。
 
彼らは最初から困難に直面していた。ネスミスの予想通り、反発はすでに始まっていた。1970年は元モンキーズが新しいサウンドを模索するには向いていない年だった。
 
「ロサンゼルスでは多くの人がマイクが本当に優れていると知っていた」とウェアは語る。「だけど、一部には彼を冗談みたいな存在だと思っている者もいた。確かにそういう連中はいた。僕がそれに気づいたきっかけはブリトー・ブラザースと共演した時だった。彼らは新人で。僕たちが演奏している間、彼らは僕たちを笑っていたんだ。僕は彼らを知っていた、バーニー・レドンは僕と一緒にリンダのバンドにいたからね。彼らがマイクの事を、モンキーズだった事を面白がっているのは明らかだった。多分、僕たちがドラッグをやっていなかったり、偉そうにしてなかったからじゃないかな。僕たちはただ演奏していただけだった。あいつらの事は好きだったけど、腹が立ったよ」。