Uncut (Apr. 2008) 

UNCUT'S PIONEERS OF COUNTRY ROCK

 
ネスミスは1970年初めに違約金を払いモンキーズの契約を解除した。
 
「出られたのは嬉しかったが、何か悪いものから解放されたという感じではなかった」と、彼は強調する。「それよりも、『よし、これは終わった。次は何か別の事をしよう』という感じだった」。
 
しかし、それが何なのかは依然として不明のままだった。「僕は宙ぶらりんの状態で、どちらに進むべきか分からなかった。だが、ジョン(・ウェア)が僕たち、彼とジョンと僕でこのバンドを組むべきだと強く主張していた。でも、僕は単にパワー・トリオ的なものをやりたかった訳じゃない。ライブでは、モンキーズはパワー・トリオだったが僕には聞こえてこなかった。だけど、レッドの話になったら、そのバンドのサウンドが聞こえてきたんだ」。
 
「レッド」とはオーヴィル・J・「レッド」・ローズの事で、ペダル・スティール・ギター奏者であり、サンフェルナンド・バレーの伝説的なカントリーの聖地、パロミノ・クラブでバンド・リーダーとしてロサンゼルスの音楽シーンで伝説となったセッション・ミュージシャンである。
 
 
「レッドはパロミノの専属バンドだった」とウェアが語る。「レッドの演奏を聞くためだけに人は会場に足を運んだ。何かすごいモノを見た気分になれたんだ」。