AXS.com (Sep. 14, 2016)

Interview with Adam Schlesinger, producer of The Monkees’ ‘Good Times!’

By Allen Foster

 

今週はモンキーズのTVショー放送開始から50周年を迎える。ピーター・トークとミッキー・ドレンツにとって驚くべき年になっただろう。ツアーは5月18日に始まり、精力的なオリジナル・メンバーはこのマラソン・ツアーもまだ何日か日程を残している。今週金曜日、9月16日にロサンゼルスのパンテージ・シアターでは歴史的出来事が起きる、マイケル・ネズ・ネスミスがたった一度だけバンド・メンバーと再結成する予定なのだ。更に付け加えるのなら、サーシ・リンクはフェイスブックでこうコメントしている。「モンキーズのリハーサル。嘘いつわりなく。すごく楽しい」ご存知ない方のために、サーシとクリスチャン・ネスミスはとても親しい間柄である、テイラーと誰かさんよりも。

 

「モンキーズ50周年ツアー」はあっさりと2016年の興行収入上位にランクインした。コンサートではお馴染みの旧作やビデオ、気の利いた冗談、ココ・ドレンツ、そしてデイビー・ジョーンズと一緒に歌うコーナーもある。とはいえ、おそらく最大の驚くべきポイントのひとつは、モンキーズの新曲があることだ。"Good Times" はびっくりするような曲の宝庫である。実際、まずはこのカリスマ的な4人組に恋する魔法を全て取り込むことになんとか成功している。今年の最も完璧なアルバム(グラミー賞級)になるかもしれない理由は、ひとりの素晴らしい男、アダム・シュレシンジャー(アイヴィ、ファウンテンズ・オブ・ウェイン、ティンテッド・ウィンドウズ、映画「すべてをあなたに」、映画「ラブソングができるまで」、TV「ビッグ・タイム・ラッシュ」、TV「クレイジー・エックス・ガールフレンド」)がいるからだ。

 

AXSでは、アダムに50年の歴史を持つバンドの新しい曲をプロデュースするという途方もないプレッシャーについて聞いた。

 

アダムは「プレッシャーなんてないよ。良くできれば、表に出るし、そうでなければ出ないし誰にも分からない。」と笑った。

 

「誰も期待していない時、誰も待ち望んでいない時に、最高のものができる。」と詳細な説明をするアダム。「それに、音楽だけではなく、創造的な努力も必要だ。やりたいと思った事をやっている時、あれこれ悩む委員会はない。そう、僕たちは委員会を構成していた。小さな委員会で、全員が共通の認識を持ち合わせていた。モンキーズのメンバーと、僕、ライノのジョン・ヒューズ、アンドリュー・サンドーヴァル(数多くの功績を残しているが、「モンキーズ・ファンの必読書」を執筆したことで賞賛を受けた)、僕の友人たち、ファウンテンズ・オブ・ウェインの連中、マイク・ヴァイオラ(キャンディ・ブッチャーズ、ライアン・アダムス、フォール・アウト・ボーイ、ブレット・デネン、マット・ネイサンソン)、クリスチャン・ネスミスとココ・ドレンツ。これが僕らの委員会。どこかの企業で法人取締役番号を待ってる委員会じゃないからね。

 

アダムはプロデューサーに抜擢される前から、グループのファンだったそうだ。ただし、シングル曲やTVショーは知っていても、マイナーな曲は馴染みがなかったという。「ジョンとアンドリューは世界を代表するモンキーズの専門家で、僕はうちに帰って宿題をこなさなくちゃならなかった。だって、僕もヲタク並みに詳しくなってないとまずいって分かったからさ。それで、うちに帰ってモンキーズのものを全部見たり聞いたりしたんだ。」

 

アダム、ブライアン・ヤング(ファウンテンズ・オブ・ウェインのドラマ―)とマイク・ヴァイオラは、アルバムの真髄に入り込むため、初日に1967年のボイス&ハートのアップビートのデモ曲を聞いた。そして「大音量で演奏した。60年代当時のレコーディングは恐らくそうしていたはずだから。」その後、スタジオでボーカルをオーバー・ダビングして、"Whatever's Right" が誕生した。この簡潔な、2分ほどの曲はモンキーズの初期の未発表曲のようだった。あの類まれな時代の空気を完璧につかんでいた。

 

「僕たちは、パレットを1960年代のレコードで使っていた楽器で保っておこうとした。そこに大きな違いが出ると思う。」と、アダムは同意した。「僕たちが使ったスタジオは友達のピート・ミンが持っているルーシーズ・ミート・マーケットというスタジオで、ピートはニューヨークから移住してLAに住んでるんだけど、そのスタジオを使った理由のひとつにピートがたくさんヴィンテージの楽器を持ってるからなんだ。」

 

「面白いのは、みんなビートルズが使った楽器にこだわるけど、彼らはその頃あったものを使っていただけなんだ。彼らは天才だったから、どんな楽器だったとしても素晴らしいレコードを作ったはずだ。だから僕たちは楽器に関して本当はそこまでこだわってはいなかった。ピートは最高の古い楽器とアンプをたくさん持っていたけど、プロ・ツールスと最新のテクノロジーも持っているんだ。僕たちの録音はテープを使用しなかった。これは純正のプロジェクトではなかったが、良質なミュージシャンたちが現代の技術と一緒に演奏するという観点から見れば、ヴィンテージな楽器とヴィンテージなアプローチの組み合わせだったと言える。

 

このアルバムのもう一つの側面として、雇われた最高の作曲家の大群によってモンキーズのための歌を書くという、60年代に行われた手法とよく似た手法が用いられている。ピーター、ミッキー、マイケルの他に "Good Times!" の作家陣にはトミー・ボイス、ボビー・ハート、ハリー・ニルソン、キャロル・キング、ジェリー・ゴフィン、ニール・ダイアモンド、アンディ・パートリッジ、リヴァース・クオモ、ジェフ・バリー、ジョーイ・レヴァイン、ノエル・ギャラガー、ベン・ギバード、アダム・シュレシンジャーといった音楽界の著名人が集められた。

 

「僕たちは幸運なことにたくさんの曲から選ぶことができた。素晴らしい作家陣が残した貴重な素材が豊富にあったし、素晴らしい作家陣が提供してくれた新しい素材も豊富にあった。贅沢に選ぶことができたので、このアルバムのために最高の選曲をするつもりだった。」

 

アダムは少し間をおいて、モンキーズのキャリアにおける誤解について、「それは、大半のレコードが実際にどうやって作られたかってことなんだ。」と指摘した。「有名な作家を集めて、モンキーズのためだけに曲を作ったことが奇妙なことのように言われるけど、そうじゃない。トップ40の曲の大半はほぼ同じ方法で作られている、というのが真実だ。」

 
「モンキーズはコンセプトとしてそれ自身で存在するものなんだ。誰かひとりの幻想ではなく、誰もが参加できるモチーフだ。メンバーが一緒になった時に生じる集合体であり、他の人々もまとまるのを助けている。それはいつもそうしてきたということだ。」
 

モンキーズがモンキーズらしく聞こえる要素のひとつがミッキー・ドレンツの声である。ミッキーの声質は、ポップ・ヴォーカリストの典型であるという点でポール・マッカートニーと比較される。

 

「ミッキーは信じられないようなシンガーなんだ。歌い方について大量のメモを渡す必要なんてなかったし、ポケット(最適なグルーブの捉え方)を見つけるのがかなり早くて。ミッキーがやって来て歌うと、僕たちは山ほどのテイクを録って、それで作業は終わり。1曲だけ、ミッキーが最初のヴォーカルでしっくりきてないと感じたので2回目の録音をやったけど、その1曲だけだった。」

 

"Birth of an Accidental Hipster" は危うくアルバムができなくなるところだった。ノエル・ギャラガーとポール・ウェラーは、アダムがLAを離れる前に歌詞を完成させていなかったのだ。レコーディングを完了させるために、シュレシンジャーはマイケル・ネスミスに自分でボーカルを録音することができないか打診した。そうすれば、それをニューヨークに送って、完成させることができる。マイケルは息子のクリスチャンに手助けを頼むことにした。

 

アダムによると、「クリスチャンは素晴らしいヴォーカル・アレンジャーになっていたんだ。彼はこの曲の全てのハーモニーをやっている。僕にいくつかトラックを送ってきて、その中から選んでくれってことだったけど、どれもすごく良かった。僕はそれを組み合わせて、ミッキーのヴォーカルを乗せて、全部をまとめた。」

 

「このレコードを作るのは本当に楽しかった。僕にとって、本当に丁度いい時期だった。去年は「クレイジー・エックス・ガールフレンド」という番組にかかりきりで、楽しいギグだったけど、かなり変わったものだったんだ。曲はたくさん書いたけど、その番組の曲はみんな基本的にコメディ・ソングみたいなコミカルなミュージック・ビデオでね。レコード制作じゃない仕事の後だったから、レコードを作れるのが本当に良かった。僕たちはレコーディングを手早くして、後は緩さを保った。僕たちはおかしくなんかなかった。レコードの精神は正しい精神であると思う。みんな、楽しんでね!」

 

 

訳注

○アダム・シュレシンジャーは2020年4月、新型コロナウイルス感染症のため52才で亡くなりました。心よりご冥福をお祈りします。