こんにちは。

このブログでは、

僕の受験の経験が

受験生の皆さんはもとより、

受験をしようかと考え、迷っている方

現在、不登校の方や高校中退の方

僕と同じような過去を持ちながらも

一念発起して、受験をしようとしている方などの

お役に立てればと考え、

書かせてもらっています。


更新がなかなかできないこともあるとは思いますが、

是非よろしくお願いします!

お久しぶりです。

こんにちは。

ブログの更新が滞ってしまい、申し訳ありません。

学業や、大学のクラブ等で忙しい毎日を送っています。

少しでも時間を作って、今日からまた更新していきます!



では、これまでのブログの続きを書いていきます。

この記事では、僕の中学3年生の頃のことを書きます。


中学3年生の頃も、僕の生活態度はひどいものでした。

試験観察という、いつ少年院へ送られるか

という状態にもかかわらず、

毎晩友達と集まっては非行を繰り返していました。

学校には昼に起きて行く感じです。

定期的に家庭裁判所に呼ばれ、

母親とともに面談を受けていましたが、

試験観察官の方も僕の生活態度には

心配されていました。

この頃は、外泊禁止・学校には必ず登校すること

と決められていたため、

登校はするものの、授業にはほとんど出ずに

不良生徒が連れて行かれるプレハブ小屋と

タバコを隠れて吸える建物の裏を

行き来していたり、教室にあがっては

他の生徒に怖がられ、

だれも僕に寄り付こうとはしませんでした。

中学3年生の頃の通知表があるので、貼っておきます。

$中卒から明治へ 大学を目指すあなたに



学校や家の外では、

喫煙、飲酒、深夜徘徊を当たり前のように繰り返し、

万引き、窃盗、バイク、家の車を持ち出して

運転することもありました。

ケンカ、暴力、恐喝、

当時は、金ずるにしている少女もいて、

僕や友人は、それぞれ何百万という大金を

持っており、そのお金を使って豪遊していました。



家では、家庭内暴力がひどく、

遊び回り、非行を繰り返す僕を

注意してくれる母に対して、

何度も殴る蹴るの暴力を繰り返していました。

母は、顔に大きなアザを作り、

病院に行くこともありました。

母は僕のことをひどく恐れていて、

僕がにらんだり、たてつくと

おびえた顔つきで謝っていました。


当時の僕は、自分の中にある、

なんとも言えない苛立ちやストレスを

どうしたらいいのか分からず、

非行やケンカ、家庭内での暴力

としてぶつけていました。


10月に、3度目の逮捕・鑑別所

3月、卒業式の前日に4度目の逮捕・鑑別所

という結果になり、僕は少年院送致となりました。

少年院送致が決まったとき、

僕は安心しました。

母や友人はがっかりしていたのに

僕は嬉しかったのです。


僕はこれで変われるかもしれない。

もう、非行をやめられるかもしれない。


そう思いました。

そして、

少年院での生活を頑張ろうと強く決意しました。

☆FORPASS.JPもよろしくお願いします☆

こんにちは。

2年生になったころ、僕の生活の乱れはピークに達していました。

学校にはほとんど行かず、不良仲間と遊ぶことに夢中でした。

万引きは当たり前、窃盗、ケンカ、バイク、

学校に行っては先生や生徒に暴言や暴力、


大人がきらい、真面目くさいのがきらい、


自分が嫌だと思うことから逃げて、

楽を求める。



多くの人を傷つけ、たくさんの迷惑をかけました。


そして社会は、僕を放っておきませんでした。


14歳になるのを待っていたかのように、

僕は中2の夏、1回目の逮捕に至ります。

留置場で、2週間の取り調べを受け、鑑別所へ移されました。


鑑別所では、今までの自分を振り返る時間を

初めて与えられました。

1か月後、試験観察という、保護観察の次に重く

少年院送致より1つ軽い処分で出所します。


この処分により、学校へ通うことが、必須になりました。

生活態度次第で、いつでも、少年院へ送られる状況でした。


真面目にやろうと思ってはいるものの、

長くは続きませんでした。

徐々に、徐々にと、生活が乱れていき、

また、逮捕前と同じ状況へと舞い戻っていきました。


そして2年の冬、2回目の逮捕をされるに至ります。

少年院送致は、また免れる結果になり、

社会に復帰しました。

そして、3年生に上がることになります。



この頃の通知表があります。
$中卒から明治へ 大学を目指すあなたに

勉強はまったくと言っていいほどしていませんでした。