公演後、楽屋挨拶をしました。 | Toyou☆Fromaju

公演後、楽屋挨拶をしました。



ただいま~!!って、どこに行ってきたって話ですが、今日は、友達でもあり、師匠でもあり、憧れの人でもあるなさっちの公演に参加させて頂きました~。


メアドを変えたお知らせをした時に、知った今日の話。

しかも、場所は地元の中学校だったから絶対行きたかったのでした。

急で申し訳なかったけど、中学校の方に一人観客が増える事を伝えてくれたので嬉しかったです。


なさっち、なあんて、簡単に呼んでるけど、実は単なる知り合いではなく、日本発のプロ車椅子ダンサーなんですよ!!

ダンスを通してバリアフリーを伝えて全国の学校などを廻っていて、世界のダンス大会で世界進出の夢を果たし、優勝も勝ち取っている奈佐誠司さんのHP

車椅子ダンサー 奈佐誠司さん

お暇があったら、ぜひ「なさっち」の世界を見てみて下さい!





なさっちとの衝撃的な出会いは、2002年のこと…。

私は自分の道を探していた時でした。

yuchamaの協力の末、車椅子情報雑誌の編集長さんとの繋がりを得て、雑誌掲載デビューを果たし、同年の夏「24時間TV」で、モーニング娘。さんと、モー娘。さんの「そうだ、We’ re ALIVE」という曲で武道館で躍らせて頂いたのをきっかけに未だに連絡を取り合っています。





その頃、出会ったダンサー仲間(健常者も障害者も)は、殆どの人たちが、今現在かけ離れた夢を歩んでいるそう…。


なのに、なさっちは、こつこつと夢を果たし、何年も会わなくても、変わっていない姿で迎えてくれた…。




そう、この人柄は、私のなりたい姿なんです。

「実るほど頭を垂れる稲穂かな」とはまさに、なさっちの事をいうんでしょう!

…確かに、人生で忘れられない一つでしたが、現在、まったくと言うほどダンスはしてません。

また、なさっちの元で習いたいのは…ずっと思っている。

24時間の練習の時も、そんなすごいなさっちと並んでダンスをした。

今日も、知らなかった過去を知ったり、ダンスの披露の時も、心は、誰よりもステージ(体育館の舞台)に上がっていたと自負している。未だに興奮冷めない。私も中学校や、yuchamaに誘ってもらえて養護学校で公演をさせて頂いたけど、比べ物にならないくらい、人生が濃かった。



けれども、今、私は、原点に咲き返る思いで、今の私のままで上がれる舞台を目指す準備をしている…。


あの時の恩返しをする為にも、一人の舞台に上り、違う作品でなさっちと一緒の舞台に上がりたいな…。


その時は私も、ちょっとだけでいいから「プロ」の顔になっていたい。なあんて。


なさっちも、今新たな夢(USJのパレードに出る事)を何度も挑戦している。


その姿には本当に感銘を受ける。




楽屋挨拶で、「お疲れ様でした」と言った後、夢を沢山掴んだ手で握手をしてくれた。


みんなの前で「今日は、モーニング娘。と踊った時に一緒だった方が見に来てくれています」といわれた時は恥ずかしくて嬉しかったな。


本当に本当に…ありがとう!


実際、こんな車椅子を乗っている先生です(笑)