My Dear 1話から読む方はこちらから
その日、私は会議で挙げられた問題について考えてから対策案をパソコンに入力していった。
夕方近くになってから、井上君の異動願いを課長に持っていく。
課長は怪訝そうな顔をして書類を受け取ったけど、聞かれるだろうなって思う事を私に言った。
「井上君はなんで今頃、異動願いを出してきたんだろう。橋本君、知ってるかい?」
まさか私に振られたからって言ってたのは言えない。
「さぁ。もしかしたら違う部署で力を発揮してみたかったのかもしれません。」
直属の上司である私が異動の理由を知らないのはおかしいと思ったらしく、ため息をしてから、
「『さぁ』じゃないよ。部下のことはしっかり君が見てないと。とにかく、これは受理するけど。」
「すみません。」
私は課長に一礼してから席にもどったけど、やっぱりあんな風に思われてもしょうがないよね。
だからって本当の事は言えないし。でも井上君の異動願いを受理されたって事は
井上君の希望は叶うかもしれない。仕事が出来る人だったからもったいない気もするけど、
私としては井上君の気持ちに応えられなかっただけにちょっとだけ安心した。
しばらく自分の仕事をしていたけど、どうも集中力に欠けてる様な気がした。頭の中は
賢治のことだった。私が結婚の話をしたらどう思うだろう。賢治は結婚をしたがってるみたいだけど、
私はまだまだ仕事を続けたかった。結婚しても仕事は出来ると思うけど、それは私の考えが
甘い事をあとで知らされる事になる。
仕事を終えて、いつもの甘いコーヒーを飲んでから会社を後にすると賢治のうちの
冷蔵庫にはビールしか入ってないって言ってたから、私はスーパーに寄った。
そしてタクシーをひろってマンションに着くともうそこには芸能記者はいなかった。
あれだけ賢治が交際宣言をしたからもう追っかけないのかもしれない。
付き合い始めてから持っている合鍵で賢治の部屋へ行くけどその前に一応、
礼儀としてインターフォンは鳴らした。
「合鍵持ってるんだからそのまま入ればいいのに。」
「留守だったら困るでしょ。」
「もし、留守だったとしても勝手に入っていいよ。とにかく入れよ。」
「お邪魔します。」
賢治のうちのキッチンは綺麗すぎる程綺麗だった。賢治がまめに掃除をしてるとは思えず
全然使ってないんだろうな。
「なぁ、メシ作ってくれるんだろ?メニューは何?」
「春巻きと春雨のサラダ。いいでしょ?」
「うん、こうやって奈々子に料理を作ってもらうとなんだか結婚したみたいだな。」
嬉しそうに言った賢治の顔を見たけど、結婚の話は食事が終わってからにしよう。
テーブルに食事を並べると賢治は早速、口に運んだ。
「旨い!いつもテレビ局の弁当だから、こんなあったかい食事ってなかなか味わえないんだよ。」
「そう?ありがと。」
口数が少ない私の顔を賢治は除き込むと、
「今日の奈々子、元気ないみたいだけど何かあったのか?」
「ご飯を食べ終わってから話す。」
「気になるじゃんか。いいじゃないか、今でも。」
「ううん、大事な話だから食事が終わってから話す」
強硬に話そうとしない私に対して、おかしいと思ったみたいだったけど、食事をしながら出来る
話じゃないからどうしても食後に話をしたかった。