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行き交う人達の視線を受けながら私と矢島君は救急車に乗り込んだ。救急車の行き先は東京警察病院だった。救急車なんて乗った事がなかったけど、意外と狭い事に驚いた。
レントゲンとか診てもらったけど骨折はしてなくて、ただの捻挫ってわかって安心した。
車椅子に乗って、私の検査の間待っててくれてた矢島君の姿を見たらなんだか少し恥ずかしかった。矢島君は私の姿を確認すると駆け寄ってきてくれて、
「どうだった?骨折とかしてなかったか?」
「骨折はしてなかったけど、松葉杖は必要だって。うちまではタクシーで帰る。ありがとうね、ここまで来てくれて。」
次の矢島君の質問に私は首をかしげた。
「柴田の住んでるとこって何階なんだ?」
「え?8階建ての3階だけど…。」
「その足じゃ、荷物を持って3階まで上がるのはしんどいだろ?うちまで送るよ。」
私は上目遣いで矢島君を見て、
「ありがとう。」
としか言えなかった。
矢島君がタクシーの手配を済ませている間、私は母に連絡を入れた。怪我をして救急で運ばれたことと大学を休むということを伝えると、電話越しの母の声からは少し焦りの色を感じられる。
『足は大丈夫なの? 歩けるの?』
「うん、矢島君が家まで送ってくれるみたい……覚えてるかな? 同じ小学校だった矢島透君。今、東京に住んでるんだって。」
『覚えてるわよ。私立の中学校に行った子でしょ。気をつけて帰ってきてよ。』
「はい。」
電話を切ると、矢島君が駆け足で戻って来た。矢島君の顔を見るとホッとするのは、何故だろうか――
「もう、タクシー来たよ。帰ろうか。」
そして、矢島君とタクシーの運転手さんに介助してもらいながら後部座席に乗り込むと、タクシーは自宅がある吉祥寺に向かった。昨日と今日の2日間だけで、こんなにも矢島くんとの距離が近付くだなんて、何だか不思議でもどかしさを感じてしまう。
「家には誰かいる?」
「うん、お母さんがいる。矢島君のこと、覚えているみたいだよ。」
「えっ、本当に? 恥ずかしいなあ……柴田のお母さん、若くて綺麗な人だったよね。」
「そうかなぁ。普通のおばさんだよ。」
矢島君はたまにうちに遊びに来ていた。子供の頃は綺麗だったかもしれないけど、今となっては完全におばさん化している。うちまで送ってくれるならお母さんと何年ぶりかの再会になるけどあまりの変わり様にびっくりするかもしれないな。
30分程タクシーを走らせて私と矢島君はお母さんが待つ自宅に戻ってきた。
「このマンションってエレベーターあるの?」
「うん、小さいけど。」
「荷物持つよ。松葉杖じゃ持ちずらいだろ。」
チャイムを鳴らすと顔色の悪いお母さんがいた。
「捻挫ですって?大丈夫?あっ、矢島君。ここまでありがとうね。」
「いえ。偶然、中野で人身事故があったから砂利の上を歩く事になっちゃって。」
お母さんは矢島君から私の荷物を受け取ると、
「せっかくだから上がっていきなさいよ。ちょうどケーキを買ってきたのよ。」
そのケーキは偶然買ってきたのではなく、きっと矢島君も一緒に帰るって言ったからあわてて買ってきたんだろうな。
「いいんですか?」
「秋穂と2人じゃ食べきれないから。遠慮しないで。」
「ありがとうございます。」
リビングに向かうと、ダイニングテーブルの上にケーキと紅茶が二人分用意されていた。三人分ではなく、二人分ということは――
「お母さん、ちょっと買い物に行ってくるから。夕飯の材料を買い忘れちゃって。矢島君、ゆっくりしていってね。」
そう言うと、母は鞄を持ち、買い物に出かけた。おそらく、母なりに気を使ってくれたのかもしれない。シーンとする空間に、私と矢島君の二人きり。その事実が、余計に心をドキドキさせる。