つぼみの咲く頃 12話 | Vicissitudes de richesse ~七転八起~

Vicissitudes de richesse ~七転八起~

人生、転んでも立ち上あがれば勝つんですよねぇ
だから、転んでも立ち上がるんです
立ち上がって、立ち上がり続けるんです

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若葉の事を思い出すと今でも涙が出てしまう。矢島君は心配そうに私の顔をのぞき込むと、
「大丈夫か?もうすぐで動くと思うから。」
「ううん、違うの。」
私は若葉の事をぽつりぽつりと話し始めた。その間、矢島君は私の手をギュっと握りしめてくれてた。話終わると矢島君は私の肩を抱き寄せ、
「そっか…。それは辛かったね。」
抱き寄せる力を強くした。
「私、若葉に何もしてあげられなかった…。」
「そんな事ないよ。他の男にも目を向けろって励ましてやってだろ?」
「でも…。」
うつむいてしまった私の頬を両手で包みながら、
「自分を責めるんじゃないよ。若葉ちゃんはありがとうって言ってたんだろ。きっと柴田の励ましは届いていたと思うよ。」
その時、パパパッと音をしながら電車の電気が点いた。
私と矢島君の顔の距離があまりにも近かったからキスをしようとしてたと勘違いしてるらしい他の客が私達の事を見てた。
慌てて矢島君は離れたけど好奇の視線はまだ続いていた。私は照れるのを隠す様に、
「電車、動かないね。」
と、さりげなく離れた。

 それから電車が動くまで、私と矢島君は互いを支えるかのように寄り添っていた。その時、若葉の葬儀直後に泣きながら歩美に電話をかけたのを、ふと思い出した。

『秋穂、自分を責めたらダメだよ』

 電話越しで歩美が泣きながら、何度も言っていたのを今でも覚えている。きっと、矢島君と歩美は優しいところが似ているんだなあ……と、目を閉じながら思っていると、私は泣きつかれた子供のように、再び眠りに落ちた。

どの位眠っていたのだろう。車内アナウンスで私は目を覚ました。その時初めて矢島君が私の手を握ってくれてた事に気がついた。
「お急ぎのところ申し訳ありません。復旧の見通しが分かりませんので緊急出入り口から次の高円寺まで歩いて移動して下さい。」
そのアナウンスが流れた途端に、他のお客さんがざわついた。

矢島君は荷物を持って、
「しょうがない。歩こう。」
率先して緊急出入り口へと向かった。外は寒くマフラーを持ってくれば良かったと後悔した。歩きにくい砂利の道を進んでいると、私は体勢を崩して転んでしまった。
「柴田、大丈夫か?」
「うん。」
立ち上がろうとした時左足に痛みが走った。きっと捻挫をしてしまったのだろう。その捻挫を我慢してもう一度立ち上がろうとした。
「つっ。」
またしても座り込んでしまった私の腕を掴んで立たせようとしている矢島君の腕につかまってなんとか立ち上がろうとした。それでも左足の痛みは消えず、むしろ足首の腫れはどんどん広くなっている様だった。

矢島君は私の左足を見ると、
「これは歩くのは無理だな。ちょっと待ってろ。駅員さんに言って来る。すぐ戻るから。」
私に矢島君のマフラーをかけてくれながら矢島君は駅員さんを探しに電車の前方の方へ走って行ってしまった。

「柴田、大丈夫か?」

 数分後、矢島君は事故処理に当たっていた救急隊員2名と担架を連れて戻ってきた。何処かにある非常階段を降りて、車椅子で移動するのかな? と思っていたのだが、予想以上に大事になってしまった様な気がして、思わず冷や汗が流れる。

「中野駅までお運びしますから、どうぞお乗りください。」
「は、はい……ありがとうございます……。」

 担架に乗るのは、生まれて初めてだ。ぞろぞろと中野駅に向かって歩く乗客の視線を浴びながら、私は担架に寝かせられる。今の私は、きっと顔が真っ赤になっているに違いない。

 その隣には矢島くんが付き添い、私の荷物を持ちながら、見えないように左手を握り締められた。突然の行動に一瞬ドキッとしたが、矢島君のことだ。ただ、人を思う優しさから出た行動なのだろう。

「今日は大学休んだ方が良いな……」
「うん……この足じゃ動けないし……中野駅からどうやって帰ろうかな……」

 担架の寝心地の悪さに窮屈さを感じながら、広い青空を仰いでポツリと呟いた。

中野駅に着いた時には駅で足止めをされてるお客さんで構内はいっぱいだった。
救急隊の人が、
「私達が案内出来るのはここまでなんですが、どうしますか?救急車で病院までお送りする事も出来ますが。」
「タクシーはありますか?」
救急隊員の人は残念そうな顔をしてから、
「電車が止まってますからね。タクシー乗り場も人で一杯です。捻挫なのか骨にひびが入ってないか確認する為にも病院に行く事をお勧めします。」
私はどうしようかと悩んだけど、この足でタクシーの順番が来るのを待つことは無理そうだと思った。それは矢島君も同じ事を思ったらしく、
「救急車で病院に連れてってもらおう。」
私の左手を握る手の力を強くした。