「つぼみの咲く頃」1話から読む方はこちらから
「岡川か?」
「うん、そうみたい。すごいタイミングだね。」
矢島君と話しながら携帯を開くと、そこには絵文字を使うのが苦手な歩美の気持ちが込められた無機質な文章が並んでいた。
『秋穂、昨日はお疲れさま。久しぶりに会えて嬉しかったよ。
矢島君とは色々、話出来てるかな? また、話聞かせてよ。
さっき、秋穂が言ってたことを考えていたんだけど、私はやっぱり池田先生に似た人を好きになるのかもしれない。
昨日、先生に会った時に、私は先生のことが好きだったんだな、って強く思った。
今も好きってことは無いんだけども、やっぱり憧れでもあるし、初恋だったなって改めて実感した。
はっきり言ってみれば、タイプなのかも。……うん、好きだった。
この先、私はまた人を好きになることが出来るのかな?』
いつもならば、「歩美、絵文字使ってよ~」と思いながら読めるメールなのかもしれないが、最後の一行に、歩美の本心が詰まっているような気がした。何年も一途に思い続けた歩美の心は今、不安で埋め尽くされているのだろうか。
「柴田、あと1分で電車が来るぞ。」
矢島君の声に反応して顔を向けると、久留里方面から来る電車の先頭車両が微かに見えてきた。この電車に乗って終点の木更津駅へ行き、更にそこから東京方面へ向かう電車に乗り換える。そうすれば、約2時間半で東京に到着するだろう。
東京の駅は、平日ならばサラリーマンや学生で溢れ返っていることが多い。その人波を潜り抜けて、学校へ向かう――これが、今の私の日常だ。
歩美への返信を打とうとするが指が動かず、電車が近付いてくるのをただ眺めた。この電車に乗ってしまえば、しばらく君津に来ることも無い。次、歩美に会う時は、どんな話が出来るのだろうか。その時は二人で笑いながら、恋の話が出来るだろうか。
「……あっ。」
その瞬間、私の指先が自然に動いた。
『間に合うでしょ』
それは、ほんの数分前に私が矢島君から言われたものだ。受け売りではあるのだが、今の歩美に伝えられる言葉はこれしかないと思ったのだ。そして、たった7
文字の無機質な言葉に込めた思いを送るのと同時に、目の前に電車が到着した。昨日、木更津からこの電車に乗った時は、こんなにも寂しい思いが溢れるなんて
想像もしていなかった。
「帰ろっか。」
「うん……あ! ちょっと待って。」
矢島君に声をかけると同時に、踵にグッ
と力を込めて振り返り、18年間過ごした故郷・君津の風景をしっかりと目に焼き付ける。小学生の頃に通った和菓子屋、クリームソーダが美味しかった駅前の
喫茶店、毎日のように通い続けた本屋、昨日行った商店街、幼い頃から何度も鐘を聴き続けた教会、最後に歩いた駅前――
ここが、私の故郷だ。
「……行こう。」
矢島君と肩を並べて電車に乗り込むと、扉がゆっくりと閉まった。車内には他に乗客はおらず、貸し切り状態だ。
「東京では考えられないな。この光景は。」
電車が動き出すと同時に、矢島君が苦笑いを浮かべる。その言葉に頷きながら、私は窓から流れる景色を眺めた。太陽が照らす小高い山や、学校のそばを流れる小川、少しだけ残っていた段々畑、そして、遠くに響いている鐘の音。
この景色が昨日より輝いて見えたのは、きっと気のせいではない。そう、強く思った。