「小料理屋 桜」を最初から読まれる方はこちらから
桜子の妊娠は4ヶ月を過ぎると他の客にも知る事となった。
ふっくらとお腹がふくれていて着物姿でもわかるからだった。
カウンター越しに料理を下げようとしたら、
「お腹に当たっちゃうじゃないか。いいよ、自分で下げるから。」
と言い出す客まで出てきた。
煙草を吸っていった客も店の外で吸う様になり桜子は店の外に喫煙所を作った。
大森が、
「いつまで働くの?赤ちゃんに悪いんじゃないの?」
その問いに、桜子は膨らんできたお腹をさすりながら、
「出来るまでやります。いつまでもお店を休んでられないから。」
と微笑んだ。
出産予定日を過ぎても桜子は働き続けた。
雄二は、
「身体に悪いだろ。店は臨時休業にしろよ。」
と台所の換気扇の下で煙草を吸いながら桜子に助言した。
「大丈夫。まだ陣痛は来てないから。」
そう言って洗濯物を畳んでいた。
その時、下腹部に鈍い痛みを感じた。
桜子がかがんでいると雄二は煙草を消して駆け寄った。
「雄二さん、陣痛来たみたい。」
「ほら見ろ、無理はするなって。今タクシー呼ぶから。」
急いで通っていた産婦人科に行くと、担当の女医は、
「産まれそうですよ。お父さんは立ち合いますか?」
雄二自身、自分が「お父さん」と呼ばれる事に戸惑っていたが立ち会う事にした。
看護師は何度も、
「堺さ~ん、まだ力んじゃダメよ。」
「頑張って。」
声をかけるなか雄二はどうすればいいのかわからなかった。
女医が、
「手を握って力みやすくしてあげて下さい。」
慌てて桜子の手を握り、
「頑張れ、桜子。」
その言葉に額に汗を浮かべながら桜子はうなずいた。
分娩室に入って5時間、ようやく小さな男の子が産まれた。
「ありがとう、桜子。頑張ってくれて。」
桜子の汗でしっとりと濡れた髪を撫でながら出産という偉業をたたえた。
その日から堺家は大忙しだった。
3時間ごとに授乳しなくてはならなかったし、訳の分からない状態で泣くのをなだめるので
桜子も店を休まざるえをなかった。
だが最後に店を閉める時に子供が産まれたことは常連の客には報告した。
「おかみもお母さんかぁ。何だか実感がないな。」
「私もです。でも授乳をしてる時は「あぁ、私ってお母さんなんだな」って思います。」
「名前は?何てつけたの?」
「優成です。優しい子に育って欲しくって。明日から店をお休みしますけど
優成の事が落ち着いたらまた店を開きますからよろしくお願いします。」
半年後、桜子は店を開店した。
今日も桜子は店で働いている。優成と雄二と言う大事な家族に囲まれて幸せに…。