小料理屋 桜 63話 | Vicissitudes de richesse ~七転八起~

Vicissitudes de richesse ~七転八起~

人生、転んでも立ち上あがれば勝つんですよねぇ
だから、転んでも立ち上がるんです
立ち上がって、立ち上がり続けるんです

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父が亡くなって2時間後に母親は来た。

すでに涙は枯れ果てて、呆然としている時だった。

胸元が大きく開いた真っ赤なシャツを着て高いハイヒールを履いていた。

その服装は桜子から、

『最後かもしれないから』

と、言われたのも関わらず、病院には相応しくない服装だった。

「忠さん、どうなった?」

疲れ切った様に座っていた桜子に対して冷たい口調聞いて来た。

「…亡くなったわ。」

そして母親が香水をつけている事に気付いた桜子は、

「こんな時にまで香水なんてつけてこないで、急いで来てくれたらよかったのに。」

「私が香水をつけずに来てたらあの人は助かっていたの?

結果は同じじゃない。いいじゃない、そんな事。」

母親の言葉を聞くと桜子は勢いよく立ち上がり、

「『そんな事』?!父さんは死んでしまったのよ。なんでそんな風に言えるの?」

母親は首をすくめると、

「だってもう私達は他人同士だもの。来ただけでもいいんじゃない?」

母親が来るまでは、最後の顔だけでも見ていって欲しいと思っていたが、

この態度でそんな思いはどこかに吹き飛んでしまった。

今はもう顔も見たくなかった。

だが来た手前、顔を見ていくか位は聞かないといけない。

「今、霊安室にいるけど会っていく?」

答えは桜子が想像していた通りだった。

「死んだ人間に用はないわ。じゃ、帰るから。」

ここまで来ると引きとめる気にもなれず黙って母親を見送った。

あとはやる事が山の様にあった。

通夜と葬儀の準備。

町内会長を通して父の死を知らせる事。

昔の父の会社の同僚や部下に父が亡くなった事を連絡する事。

こんなに忙しいのならしばらくは店を休まなくてはならなかった。

店の前に『喪中』と貼るか『臨時休業』と貼るか迷ったが

他の客に心配をかける様で『臨時休業』とする事にした。

常連にだけ落ち付いたら知らせればいいだろう。

葬儀も終わり、あとは父の実家に納骨に行くだけになった前日、

寄り添う様に準備などを手伝ってくれていた雄二が、

「俺も行くよ。確か、実家は青森だっただろ?」

そう提案してくれた。

「でも…。仕事は?」

「しばらく個展の予定はないんだ。」

本当だったら、佐々木に勧められていたパリ行は先週からだった。

だが時々、疲れた様な表情をする桜子を置いてパリに行く事は出来なかった。