小料理屋 桜 46話 | Vicissitudes de richesse ~七転八起~

Vicissitudes de richesse ~七転八起~

人生、転んでも立ち上あがれば勝つんですよねぇ
だから、転んでも立ち上がるんです
立ち上がって、立ち上がり続けるんです

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「ありがとうございます。今度こそ幸せになりたいと思います。

堺さんを信じて。」

結婚も決まったと言うのに雄二の事を苗字で呼んだ桜子に大森は笑った。

「堺君も、もう旦那さんになるって決まったんだから苗字で呼ばなくてもいいんじゃない?

いいじゃない、「雄二」で。特に僕は君達の大学時代の事も知ってるんだし。

それに二人っきりの時は名前で呼び合ってるんだろ?」

「…。そうですね。」

その時、桜子の携帯が鳴った。相手は叔母の美由紀だった。

「はい、桜子です。」

「営業時間に悪いわね。これだけは先に言っとこうと思って。」

「どうしたんですか?」

「堺君と結婚する事、兄さんと義姉さんには早めに報告しなさいよ。

離婚したとはいえ、あの二人はあなたの両親なんだから。」

その事はすっかり桜子の頭の中になかった。もしかしたら美由紀に言われるまで

思いつかなかったかもしれない。

「はい。」

「私の話はこれだけ。じゃぁね。」

美由紀は要件を手短に話して携帯を切った。

大森は手酌で酒を飲みながら、

「誰?」

「叔母様です。結婚の事、両親に話しておく様にって。言われてみたら

両親に話さないで結婚を決めちゃったから大丈夫でしょうか。」

筍を口に運びながら、

「大丈夫だよ。娘の幸せを望まない親はいないって。」

大森は豪快に笑った。

1時間程、大森と二人っきりで話していると店の呼び鈴が鳴った。

店に入ってきたのは雄二だった。

桜子は一間置いてから、

「いらっしゃい。」

と、雄二に微笑みかけた。それに対して雄二は少し照れている様だった。

そんな二人を興味深げに見ていた大森はいつまでたってもいつもの雄二の席に座らない

雄二に向かい、

「突っ立ってないで座りなよ。そうだ、今日はいつもの席じゃなくて僕の隣りはどうだい?」

自分と飲む事を提案してきた。

定位置に座らない事に少し躊躇した様だったが、雄二は黙って大森の隣に座った。

「桜ちゃんも一緒に飲もうよ。今日はお客さんまだ来てないんだしさ。」

「はい。雄二さん、今日は何飲む?」

「桜子に任せるよ。」

後ろに並んでいる日本酒の中から桜子は、奈良の八重桜がモチーフになっているラベルの

春らしい「春鹿」を選んで3人分用意した。

「じゃ、桜ちゃん達の結婚に乾杯!」

大森からの乾杯の合図で3人は飲み始めた。

「ありがとうございます。でも大森さん、まだ私達の結婚の事、他のお客様には内緒にしててくださいね。」

一口だけ飲んでから桜子はそう大森に頼んだ。

その桜子からの願いに疑問を持ったのは当然、大森だった。

「なんで?お祝いごとだからいいじゃない。」

「そうですけど。まだ両親にさえ話してないですから。」

そう言われれしまうと大森としては納得するしかなかった。