「小料理屋 桜」を最初から読まれる方はこちらから
実家から店に帰るとすでに雄二は店の前で待っていた。
「ごめん、遅くなって。」
「いや、いいんだ。俺もさっき来たところだから。」
その言葉には少し緊張した響きがあった。
「とにかく店に入って。」
桜子は店の鍵を開けると中に入って行った。
だが雄二は雄二の方から要件があると言うのに入ってこなかった。
店の中から、
「雄二さん、店に入って。じゃないと今日営業してるって思われちゃう。」
のれんのかかってない店に入ると取りあえず雄二の為に昨日仕込んでおいた
大根の煮つけと日本酒を出した。
だが雄二はその料理などには手を付けず少し考えている様だった。
「話って何?」
雄二は両手をグッと握りしめると桜子の顔を見て、
「結婚してくれないか。」
と言った。その言葉に桜子はとっさに答える事が出来なかった。
もし、雄二と結婚したら康弘とは違う結婚生活が出来るかもしれない。
雄二は結婚しても浮気など出来る男ではなくきっと桜子の事を大事にしてくれるだろう。
だが桜子は即答は出来なかった。
「考えさせて。」
その言葉に、
「考えるって事は結婚してくれるかもしれないって事も桜子の中にはあるのか?」
「…。そうかもしれない。でも今すぐ返事をする事はできないわ。
康之さんとの事もあったし、私って結婚に向いてない気がするの。」
ジッと桜子を見ていた雄二だったが、苦笑いをして、
「俺もすぐに返事がもらえるとは思っていなかったんだ。康之との事もあったしな。
返事はいつでもいいよ。ただ俺は待ってるから。」
雄二の言葉を聞きながら、今日美由紀の所へ行った事を思い出していた。
確か『堺君とお付き合いをしてみたら』という様な事を言われた気がする。
付き合うのはまだいい。だが結婚となると躊躇してしまう桜子だった。
しばらく黙っていた雄二だったが意を決した様に桜子の顔を見ると、
「今日、泊まっていってもいいか?今日は桜子と一緒にいたいんだ。」
それは昔の恋人だった雄二と一線を越える事になる。
「…。」
黙っている桜子を見て雄二は苦笑した。
「やっぱりだめだよな。俺も先走り過ぎた。今の事は忘れてくれ。」
立ち上がり帰ろうとした雄二の背中に桜子はポツリと呟いた。
「いいわよ。」
雄二は振り返り、
「え?」
「泊まっていくの。」
カウンターの中にいる桜子にゆっくりと近づいて雄二は桜子を抱きしめた。
抱きしめられながら、桜子はもしかしたら雄二と人生を共にするのかもしれないと思った。
そしてもし雄二と結婚したら常連客はどんな反応を示すだろうか。