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桜子は美穂の印象をどう伝えようかと少し考えた。
大人しい事には変わりはない。
だが、以前ポツリと
「今はお金が必要だから。」
という言葉が引っかかっていた。
「梓さんに紹介された子なんですけど、クラブに勤めているにしては
大人しい子ですね。ただ…。好き好んであの仕事をしている様には思えませんでした。
一言だけ『お金が必要だから』って言ってたから。」
美由紀はいちご大福を楊枝で小さく切り食べながら桜子の話を聞いていた。
半分程食べると、
「そういう子なら梓の店では無理があるかもしれないわね。
気になるのはそのお金が必要って事。
梓の店だったらお給料もいいかもしれないけど、無理をしてその職業につかなくてもいいんじゃない?
若いんでしょ?その子。今だったら資格とか取って
他の仕事をする事も選択肢としてあるんじゃないかしら。」
桜子はお茶を一口だけ飲んで、
「そうですね。今度、梓さんと相談してみます。」
美由紀は煙草のケースから煙草を出して火をつけた。
「桜の店だって梓の店とは違うけど水商売には変わりないんだから。
桜の店でもやっていけるかは疑問ね。
それは梓がその子の分を出すと言っても仕事には向き不向きがあるんだし。」
しばらく桜子は庭に咲いているゆきやなぎを見ていたが、
美由紀の一声で振り向いた。
「そういえば、桜があの店を引き継いでどの位経ったかしら。」
「5年目になります。」
「そう。村木さん達はお元気?」
その時北村が店で倒れた事を思い出した。
「みなさん、お元気ですよ。ただ、こないだ北村さんがお店で倒れたんです。
お医者様のお話だと過労だそうです。
気づかなかった私にも責任があるんでしょうけど。
その時、ゆう…。堺さんが一緒で助かりました。
私一人だったらどうすればいいのか分からなかったかもしれませんから。」
その言葉に意外な顔をしたのはやっぱり美由紀だった。
「堺君、パリから帰ってきてたの。」
「えぇ。先月位から2日に一回は来てくれてますよ。」
「そうなの。何か言ってなかった?」
雄二は店ではほとんど喋らない。それに美由紀と連絡を取っているとも思えなかった。
「特に何も。ただ表参道で画廊をしてるみたいです。私もこないだ行ってきました。」
しばらく美由紀は庭に咲いているネモフィラを見ていると、
「堺君がパリに行ったのは何年前だったかしら。」
「確か…。5~6年前だと思います。」
「今まで桜には言ってなかったけど、堺君ねパリに行くのを桜に告げてから
行った方がいいのかって私に相談していたのよ。」
誰にも何も言わずに一人パリに行ったと思っていたので桜子にとっては意外だった。
「そうだったんですか?」
「私は桜にだけでもパリ行の事を伝えてから行った方がいいって言ったんだけどね。
結局黙って行ってしまったわ。パリに行ったあと桜の落ち込み様を見て
相談されていた事を言った方がいいかって思った事もあったけど
恋人だった桜に言わないで私には言っていたんですもの。
そっちの方が桜にとって酷だと思って今まで黙っていたの。
そういえば藤堂君とは連絡は取ってないの?」
康之の事を思い出すと大森に康之がきつい言葉を吐き出した事の日を思い出してしまった。
「2~3回、お店に来ました。」
その後の言葉を言うべきか迷った末に、小さな声で、
「やり直さないかとも言われましたけどお断りしてます。」
美由紀は半分呆れた顔をして、
「そんな事言ってるの?わがままね。」
桜子と康之の間で、短いながらも結婚生活を送っていた事は美由紀も知っている。
そして浮気の数々をしていた事も。