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雄二は11時半頃まで飲んでいた。
桜子はつまみもなしに飲んでいる雄二を心配したが本人が酒だけを望んでいるので
何も言えなかった。
そして一人で考え込んでる様だったので桜子も黙って明日の仕込みをしたり
補充する為の酒のチェックなどをしていた。
12時を過ぎようとした時、雄二は腰を上げた。
「待って、今鍵開けるから。」
出入り口の鍵を開けようと鍵を持って引き戸に行った桜子を
雄二は後ろから抱きしめた。
「ごめん、今はこのままでいてくれないか。
北村さんの命が助かったのは良かったけど
どうしてもニコラスの事を思い出してしまうんだ。」
桜子はその言葉を聞いて大人しく抱きしめらるままになっていた。
2~3分抱きしめられたままだったが
雄二も落ち着いたのかゆっくりと桜子から離れた。
「情けないな、大の男がこんなに弱くなって。」
「ううん。誰だって救急車で運ばれてる時に同乗したら動揺するのはしょうがないもの。」
いきなり後ろから抱きしめたから桜子から拒否されると思っていた
雄二だったが、こうして雄二の事を想ってくれてる桜子には感謝という言葉しか出てこなかった。
桜子は店の鍵で少しだけ引き戸を開けると
「正直言うとね、北村さんが倒れた時本当に私一人じゃどうしようもなかったと思う。
だから雄二さんには感謝してる。ありがとう。」
そして外に出ると雪は降っていなかった。
「雄二さん雪、止んだみたい。今だったらタクシーをひろえると思うから。」
その言葉に雄二も外に出て空を見上げた。
「そうだな。それと…。このマフラー借りていてもいいかな。雪が止んだとはいえ
まだ寒いから。」
「いいの。本当はそのマフラー、大学時代に雄二さんにプレゼントする為に買ったものだから。」
マフラーを見ると雄二は、
「本当に悪かった。黙ってパリに行って。」
そして再び桜子を抱きしめた。
桜子は抱きしめられながら、これで今まで雄二を待ち続けていた時間が取り戻せた気がした。
タクシーはすぐにつかまり、扉が閉まる前に
「また明日来る。」
それだけを言って雄二の家に帰っていった。