小料理屋 桜 6話 | Vicissitudes de richesse ~七転八起~

Vicissitudes de richesse ~七転八起~

人生、転んでも立ち上あがれば勝つんですよねぇ
だから、転んでも立ち上がるんです
立ち上がって、立ち上がり続けるんです

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雄二の方は特別驚きもしないで、黙ってカウンターの一番左の席に座った。

「桜ちゃん、お知り合い?」

「え、えぇ。大学で同じ学部だった人です。

でも3年生の時にパリに留学したので会うのは久しぶり。」

ちょろちょろと店内を見渡していた雄二は、初めて桜子に声をかけた。

「久しぶり。元気だった?」

「ボチボチよ。いつ日本に帰ってきたの?」

「1ヶ月前位だよ。この本で桜子が店、出してるって知って来たんだ。」

雄二の手には1冊のグルメ本があった。

確かに2ヶ月程前に出版社に勤めている常連の誘いで店を掲載してもらった事があった。

手にしてる本のページには桜子が微笑みながら写ってる写真と店内、料理の写真が

掲載されていた。

雄二との別れは突然だった。桜子にも雄二の両親にも誰にも告げずに

パリに行ってしまったのだから。

大学を中退してパリにいると桜子が知ったのはパリからの雄二が出したはがきだった。

「何か飲む?」

付き合っていた間柄だから口調もくだけたものになってしまう。

「じゃぁ冷酒を。銘柄は桜子にまかせるよ。あとこの白菜の浅漬けと、

あさりの酒蒸しってある?」

「すぐ出来るわ。先にお酒を用意するね。」

桜子は後ろに並んでいる日本酒の中から花美蔵を選び升酒にして雄二に渡した。

二人の様子を見ていた大森は、

「じゃ、俺は帰るわ。なんだかお邪魔虫みたいだし。」

「そんな…。まだ飲んで行って下さい。」

「いいの、いいの。また明日来るから。桜ちゃんお勘定お願い出来る?」

約10年ぶりの再会だったが、二人っきりとなると何を話せばいいのかわからなかった。

かと言って、大森とばかり話して雄二を無視する訳にもいかなかった。

「そう言えば康弘は元気?」

康弘は離婚した夫の名前だった。

大学時代には雄二と康弘と桜子でよく飲みに行っていたものだった。

康弘は大学の時桜子を巡って雄二と争ったこともあった。

それでも桜子は康弘を選んだ。

だが、康弘は結婚すると2年目位から浮気をする様になって二人は別れた。

「結婚はしたけど別れちゃったわ。」

「なんだよ。あれだけ桜子に付き合ってくれって言ってたのに。」

「私が悪いの。康弘さんにお嫁さんらしい事出来なかったから。」

雄二は升酒をこぼさない様に飲むと、

「じゃぁさ、今度は俺と付き合わない?」

まるで次の飲み物を頼む様な口調で雄二は言った。

その言葉に桜子は黙ったままだった。

「そうだよな。今更帰ってきて、康弘と別れたからって言ってもそう簡単に

付き合ってくれる訳ないもんな。」

雄二は升酒を飲み干すと、

「また来るよ。でも考えてみて。」

そう言って店を出て行った。

桜子は店を出て行く雄二を見送りながら、突然帰って来たと思えば

交際を申し込んだ雄二の気持ちがわからなかった。