The Movie 最終話 | Vicissitudes de richesse ~七転八起~

Vicissitudes de richesse ~七転八起~

人生、転んでも立ち上あがれば勝つんですよねぇ
だから、転んでも立ち上がるんです
立ち上がって、立ち上がり続けるんです

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年も暮れる日に徳永君からもらったチケットの上映があった。

もう会社も年末の休みに入っていて、我が家でも

お正月のお飾りを玄関に飾った。

「今日だね、徳永君からもらったチケットの上映。」

「だけどなぁ。この上映時間が気になるんだよな。」

それは私も前々から気になっていた。

チケットを見ると普通の前売りチケットなんだけど時間がなぁ。

しかも映画の題名も「未定」になってるし。

「未定」の映画を一般客に観せるだろうか。

前から徳永君と知り合いだから徳永君が気を使ってくれたのかな。

「とにかく行ってみようよ。こんな機会なかなかないんだから。」

「それもそううだな。」

夜の11時半を過ぎたショッピングモールは誰もいなくって少し気味が悪い

感じがしたし、なんだか悪い事をしてるみたいでそそくさと映画館へ向かった。

チケットの受付カウンターには当然誰もいなくって

ポツンと明かりがある所には徳永君と何人かのスタッフがいた。

徳永君は何か作業をしていたけど私達に気づくと駆け足で私達の元へやってきた。

「ようこそお越し下さいました。待ってたんですよ。」

「なんだか夜の映画館って誰もいないから気持ち悪いね。」

徳永君は周りを見渡すと、

「最初は僕もそうでしたけど、姉貴の会社に入ってからは試写は夜する事が多くて

慣れちゃいました。こちらで名前の記入をお願い出来ますか?」

すっかり社会人だなぁ。なんだか弟が遠くに行っちゃったみたいで複雑な気分だった。

私と聡が徳永君に言われたところに名前と住所を記入してると

他にも記入してる人がいる事に気がついた。

私達より少し年上っぽい女の人と男の人。最初はカップルかなって思ってたけど

二人の冷たい風にのって聞こえてくる会話を

聞いてるとどうやらそうでもないみたい。

会社の同僚って感じ。あとは何故かおばあさん。

この時間に映画の試写?どう考えても不釣合いだった。

それはおばあさんも思ってるらしく、

「私でいいんですかねぇ。」

と言いながら記入していた。

徳永君じゃなくて多分徳永君の上司だろうな。中年の男の人が、

「まもなく上映です。お客様は中にお入り下さい。」

と、私達をうながした。映画を観る時に欠かせないアイスコーヒーは

フードコーナーが終わってるから当然、買えなかった。

ちょっと物足りない気持ちで中に入ると入口でアイスコーヒーを徳永君から

渡されてた。

「美加さんにはこれですよね。」

「あ、ありがとう。」

「ご主人は飲み物はどうされますか?アルコールはありませんが、

ソフトドリンクならたいていそろえてます。」

「じゃぁ俺もアイスコーヒーを。」

聡もアイスコーヒーを受け取って、一番奥の14番シアターに入った。

入ってみると私達の他に徳永君の会社の人達らしい何人かが

慌ただしく動いてた。さっきの上司らしき人が、

「では今から上映致します。」

その言葉でシアター内は暗くなった。

黙って観ていると、カウントダウンするみたいに3.2.1.って音を立てて

画面に表示された。やっぱり上映前の試写なんだ。

最初の上映はどっかの航空会社の下請けみたいな会社で

自分の国以外で亡くなった人を綺麗にお化粧とかして

母国に送ってあげる人達のドキュメンタリーみたいだった。

よくよく観てみると、さっきの女の人と男の人が写ってる。

日本人が海外で不幸な事故とかで亡くなったらその現地に行って

最近、海外で賞を撮った映画みたいに遺族の前で衣装を変えてあげて、

海外の人が日本で亡くなったら、その人の母国の葬儀様式に合った様に

お化粧とかしてあげて母国に送っていた。

…。こんな仕事もあるんだ。初めて知った。

私は隣に座っている聡に小声で、

「ドキュメンタリー映画かな?」

って聞いたけど聡は、

「シッ。」

って言うだけで黙っていた。

次がさっきのおばあさんがお産婆さん姿で

小さい島でお産に立ち会ってるこれもドキュメンタリーみたいだった。

そして最後の映像に聡が写ってるのには驚いた。

「聡…。」

聡が現地の子供だろうな…。

一緒にサッカーをしてる風景がジーと音と共に写ってる。

これはホームビデオで撮った映像みたいだった。

そこへ明らかに外国人の人らしき人の声がした。

「Hey! Hiroshi。May I also participate? 」

「OK。Come on!」

その時聡が呟いた。

「ジョージ…。」

えっ?一緒に海外派遣隊で働いていて亡くなったジョージさん?

画像は現地で銃撃戦があるのを映されていたけど、

パンっと音と共にカメラが倒れた。多分、映してる人が撃たれたんだと思う。

慌ただしくカメラと共にどっかの家の中に隠れる様に移動して、周りからは

「ドクターは?!」

「今、手が空いてません。」

「心臓マッサージを繰り返すんだ。」

って緊迫した声が飛びかえっていた。

しばらくして日本語で、

「聡、ダメだよ。頭を撃たれてるんだ。」

「いや!まだ手はあるはずだ!」

「聡!」

ようやく心臓マッサージをしている聡が顔を上げて、

その顔は焦心しきっていた。

「こいつには婚約者が国で待ってるんだ。それがこんな事で…。」

そしてしばらく何にも映らない画像が流れたけど、

今度は聡が正面に座った映像が流れた。

「ジョージは死んでしまった。あいつの代わりって訳じゃないけど

これからはこのジョージのカメラでここの現状を映したいと思う。

それがジョージの遺志かもしれないから。」

それからの映像はテロで爆発するのを遠くから映しているのだったり

聡達が子供なのに銃を持ってる子達に戦争をするより

教育を受けるべきだと説得してる映像だった。

…。聡、こんな大変な思いをして仕事をしてたんだ。

しばらく聡達が働いている映像が流れたけど真っ暗になったと思ったら

シアター内は明るくなり正面には徳永君の会社の人達が並んでいた。

「今回、試写に来て頂いた方はこの映画に出ていらっしゃる方々です。

私達はこの映画を日本で上映していいものか正直迷ってます。

皆さんのご意見を頂ければ幸いです。」

そう言ってお辞儀をした。もちろん徳永君も。

最初に手を上げたのは海外で亡くなった日本人を日本に連れ戻す仕事を

していたドキュメンタリーの女の人だった。

「私達の仕事は世の中には知られてません。このような実況があるのを

皆さんに知って頂く為に上映して頂きたいです。」

おばあさんも、遠慮がちに、

「今はお産婆さんって少ないですからねぇ。これでお産婆さんという

存在に興味を持って頂けるのなら映画にして頂いてもいいと思いますよ。」

最後は聡だった。

「僕は海外派遣隊で同僚を見て下さった通り亡くしました。

彼だけじゃないです。日本は平和ですが、海外ではこのような事が

実際に行ってるっていう事を知って頂くいい機会だと思います。」

ドキュメンタリーのそれぞれの主役になった人達の意見を聞いて

前に並んでいた人達は少し話し合って、

「貴重なご意見、ありがとうございました。社にもどって映画化するかどうか

検討してみたいと思います。

今日は夜遅くにありがとうございました。」


何日後聡に徳永君から手紙が来た。

あのドキュメンタリー映画は正式に映画化する事になったらしい。

でも映画って娯楽の一種だからどれだけの人達が見てくれるか

分からないとも書いてあった。

年が明けてからその映画は上映されたけど「未定」になっていた題名は

『命と戦う人達』

になっていた。上映されたその映画を観に行ったけど

試写で観たのとはかなりカットされていたけど、

日本人が知らない事が皆に知ってもらえる様な内容にはなっていた。

ヒットセラーにはならなかったけど、

映画祭で『ドキュメンタリー賞』をもらっていた。

それは徳永君から教えてもらったんだけど。

私は今まで娯楽としての映画しか観てなかった。

こういう映画を観る事も大事だなぁって徳永君からの手紙を読みながら思った。


映画にも色々ある。

今回みたいなドキュメンタリー映画やただうっぷんを晴らす為のコメディ映画、

好きな俳優さんが出てるから観る映画、話題になってるから観る映画。

徳永君が招待してくれたおかげでドキュメンタリー映画にも興味を持った。

そして私達の人生そのものが映画の様なものかもしれない。

人が一人いればその人の人生がある。それは映画に値するものかもしれない。

今回の映画はそう思わせる映画だった。

そして今日も関根さんの店に寄ってから映画を観る。

なんでもない毎日だけど、大事にしなきゃって思った。

「関根さん、『命と戦う人達』って映画に聡も出てるの。

ぜひ観てみて。きっと聡がどんな思いで海外派遣隊で仕事をしてたか

分かると思うから。」

そう言っていつものアイスカフェモカを飲んで映画館に足を運んだ。

きっとこれからも私は映画を観続けるだろう。

***Fin***