The Movie 89話 | Vicissitudes de richesse ~七転八起~

Vicissitudes de richesse ~七転八起~

人生、転んでも立ち上あがれば勝つんですよねぇ
だから、転んでも立ち上がるんです
立ち上がって、立ち上がり続けるんです

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何の手がかりもないまま1週間が過ぎた。

川田さんは会社に来て部長と私と3人で会議室で今後の事を話し合った。

「まったくまた危険なところに行くなんて。それも美加ちゃんに黙って。」

私もそう思ったけど口には出さなかった。

「それより美加ちゃんは大丈夫なの?痩せたみたいだけど。」

「一人で食べる食事は寂しいですから…。」

部長は聡が私に黙って行ってしまった事を私に謝った。

「すっかり君に話してあると思って、1ヶ月休む事を許してしまった。

まさか君に話してなかったとは…。すまない。」

「いえ、部長の責任ではありません。

家族である私でもわからなかったんですから。」

そこへ菜々が駈け込んで部屋に入ってきた。

「美加!大口さんから電話!」

私は走って自分のデスクに行くと受話器を取った。

「美加さん、今すぐ事務局に来て下さい。」

私は聡の身に何かあったのかと思って顔から血が引いた。

こういう時、血の気が引くと身体のどこに血は流れているんだろう。

こんな時にこんな事を考えてしまった。

「すぐ行きます。」

私は部長と川田さんに了解を得て事務所にタクシーで向かった。

事務所では大口さん達が顔色を悪くして私を待っていた。

「聡がおそらく行っている場所はわかったんですが、今テヘランから

その周辺で爆発事故があったという知らせがありました。

僕と谷山さんは明日メヘラバード空港に向かいますが美加さんは残って下さい。」

「いえ、私も行きます。」

「今はあの周辺は大変危険です。僕達が確認してきますので

美加さんはここで連絡を待っててください。」

もし聡も被害にあっていたのなら、本人確認が必要になる。

大口さん達だとわからない事もあるはずだからどうしても行きたかった。

「もし聡に何かあったのなら家族も一緒に行った方がいいと思うんです。

だから行かせて下さい。」

大口さんと谷山さんは顔を見合わせて考えていたけど、事務長さんが

「こういう事を言うのは不謹慎ですが、もし尾山君が被害にあっていたなら

奥さんも一緒に行った方がいい。彼女の方が被害に合った人と尾山君の

確認が出来るから。だけど、奥さんはテヘランで待機していてください。

お辛いでしょうけど、それは奥さんの安全の為です。」

皆が私の心配までしてくれているから、うなずくしかなかった。

本当は大口さん達と一緒に行きたかったけれど。


翌日、私と大口さん、谷山さんの3人で

メヘラバード空港行の飛行機に乗り込んだ。

ソウルを経由し、飛行時間は12時間と長い時間だった。

飛行機の中で大口さんは、

「少しでも眠った方がいいですよ。」

と、気を使ってくれたけどとてもじゃないけど眠れる事は出来なかった。

語学には自信があったけど、メヘラバード空港での

人々の言葉はまったくわからなかった。

それだけ日本と離れた異国という事だろう。

私はテヘランでも安全とされているホテルで

大口さん達からの連絡を待つ事になり、その日数は2日間だった。

大口さんは私に日本語も喋れるガイドさんを付けてくれてシラクに向かった。

3日後、大口さんから連絡があった。

その連絡は私を奈落の底に落とす様な内容だった。

「アジアの人が2人、犠牲になったそうです。まだ日本人とは確認が取れません。

遺体はテヘランに運ばれるそうです。ここでは葬儀も出来ませんからね。

今日の夕方、そちらに帰ります。残酷な事を言う様ですが聡かどうか

確認をお願い出来ますか?」

私は深呼吸をしてから、

「はい…。」

とだけ答えた。聡が死んじゃったかもしれない。

それだけで目の前が真っ暗になった。

大口さんが私をホテルまで迎えに来てくれて、

「最後まで希望はすてちゃダメです。アジア圏内の人というだけで日本人と

決まった訳じゃないんですから。」

そう言われても最悪の方にしか私は考えられなかった。

遺体を確認する時、生々しい遺体で傷口も血で汚れていたけど、

私は一回目を閉じて聡じゃない事を祈りながらご遺体を見た。

「…。聡じゃないです。聡は首元にほくろがあるんです。

このご遺体にはそれがない。」

亡くなった方のご遺族には申し訳なかったけど正直、

聡じゃなかった事だけで安心した。

その時後ろから聡に似た声が聞こえた。

思わず振り返るとそこにいたのは聡だった。

無精ひげをはやしていたけど、まぎれもなく聡だった。

「聡…。」

「美加、なんでここにいるんだ。」

聡の言葉を聞いた途端に私は聡に駆け寄り最初にしたのは平手打ちだった。

「聡の馬鹿!なんで黙ってここに来たの。みんな聡の事を心配してくれて

一生懸命探してくれてたんだよ。」

聡はうつむくと、

「ごめん。」

それだけを言って黙ってしまった。

大口さんも聡の姿を見ると安心したのか、

「聡、皆がどれだけ心配したと思ったんだ。

今度からは黙って来るんじゃないぞ。」

と、聡の肩を叩いた。

皆が聡の安否を調べてくれて、今目の前には聡がいる。

私にとってそれだけで十分だった。私は聡の手を取り、

「聡、日本に帰ろう。皆聡の事を心配してくれたんだから。

ちゃんと皆さんに謝って、日本でしていた通りに一緒の会社で働こう。ね?」

聡は私の肩を抱くと大口さん達に頭を下げた。

「すみませんでした、ご迷惑をおかけして。今日の便は終わってるから

明日、みなさんと一緒に日本に帰ります。」

谷山さんは笑顔で、

「無事でよかった。僕、今から日本行の飛行機を手配してきます。」

と、言って空港に向かってくれた。

これでまた二人であのうちで暮らせる。

一人でのあのうちでの生活は辛すぎだった。