更新の書類に印鑑を押すと一通は私に渡され、一通は川田さんが保管する事になった。
帰ろうとしたら、
「尾山君と結婚するの?」
なんて川田さんに聞かれた。1年前聡がいなくなった時一番相談に乗ってくれたのは川田さんだし
私達の事をよく知ってる。
「そういう話も出ましたけど取りあえず同棲する事にしました。
彼も忙しいからいつからかはわからないけど。」
「そう。結婚は勢いなんていうバカがいるけど一生の事なんだから慎重にね。」
川田さんが言った言葉は母さんが言った言葉と同じだった。
特に川田さんは離婚歴があるからそう思うのかもしれない。
「それと今回の更新で時給200円アップの2200円よ。」
他の契約社員の時給が1200円から1300円だから私の2200円は異例かもしれない。
「ありがとうございます。」
「このまま派遣先に行くの?」
「はい。」
川田さんは書類の入ったケースを私に渡すと、
「これ、部長に渡しておいて。時給が上がった事とか書いてあるから。それと…。」
書類の一番最初のページに万年筆で、
『イタリア語の研修で時給が変わるかもしれません。後日ご連絡いたします』
って書いていた。
これで私が喋れる語学はクイーンイングリッシュとアメリカ英語を始めフランス語、ドイツ語、
ロシア語、広東語、あと習い始めてるイタリア語で7か国語になる。
菜々なんて契約社員をしてるよりキャビンアテンダントになればいいのにって言ってる。
でもそしたら映画が観に行けなくなっちゃう。CAになったらお給料はもっと上がるから
レディースディにこだわらなくてもいいかもしれないけど。
そう言えば最近映画観に行ってないなぁ。
今日は月曜日だけど奮発して行こうかな。聡も誘って。
あ…。その前に物件探しだ。朝一緒に住もうって言ったんだっけ。
「じゃぁ川田さん、私このまま会社に行くんで。」
「今日も稼いできなさい。」
それは川田さんらしい言葉だった。
いつもより1時間遅れて私は会社に出社した。
私が会社のフロアに入ると一斉に視線が私に注がれた。それを無視して自分のデスクに行って
パソコンを立ち上げる。そして川田さんから渡された書類を部長に渡しに行った。
「部長、これうちの川田からです。更新したので確認お願いします。」
部長は笑顔で書類を受け取るとペラペラとめくっていた。
「凄いね、近藤君。時給が200円もアップして2200円か。
いやいや、ここの社員より給料がいいかもしれないな。」
そんな事を言うから好意とは程遠い視線で社員から見られた。
でもそんな事いちいち気にしてたら派遣社員なんて務まらない。
私は部長の前で一礼してからデスクに戻った。デスクに戻ると菜々が近づいてきて、
「なによ、あんたまた給料上げたの?」
「日頃の努力の賜物よ。」
「私は気にしないけどあんまり給料上げると他の派遣から嫌われるわよ。」
そんな事分かっていた。でも私は私の道を行くのだから気になんかしてらんない。
「御忠告ありがとうございます。でも私は私なりの仕事をするだけだから。」
そう言ってすでに私のパソコンに送信されてきているメールのチェックをしていた。
最後のメールは聡からだった。
『今度の休みにでも物件見に行こうな』
会社でメールをするのは止めてもらいたいんだけどな。私は仕事とプライベートは別けたいタイプだし。
意地の悪いデータもExcelで処理してさっさと、その送信元の人にドンドン返信していく。
時計を見ると12時2分前だった。情報処理のスピードを上げて12時には仕上げた。
そしていつもの定食屋さんに行った。
なぜか秀美ちゃんもついて来たけど。聡と付き合ってるのがバレてから何かと付きまとう。
後輩の育成も仕事のうちなんだけどね。
いつものハンバーグ定食を食べながら秀美ちゃんに聞いてみた。
「最近お昼によく、くっついてくるわね。」
「近藤さんと係長のラブラブぶりを見たくて。」
「会社じゃ上司と部下よ。それ以上でも以下でもないわ。」
秀美ちゃんは牡蠣定食の牡蠣フライにタルタルソースをつけて面白くもなさそうな顔をした。
「え~、そうなんですか?社内恋愛って憧れるのに。」
「仕事とプライベートは別けたいの。だから係長もここに来なくなったでしょ?」
「二人共大人なんですねぇ。」
秀美ちゃんはため息をついた。