The Movie 55話 | Vicissitudes de richesse ~七転八起~

Vicissitudes de richesse ~七転八起~

人生、転んでも立ち上あがれば勝つんですよねぇ
だから、転んでも立ち上がるんです
立ち上がって、立ち上がり続けるんです

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「ね、井上さんには婚約者とか恋人とかいなかったの?」


井上さんの話をすると聡は口が重くなる。そうだよね。亡くなったんだから。


「…。いたよ。一惠さんっていう人が。式場も決まっていてイラクから帰ってきたら結婚する予定だった。


俺は招待状も、もらってたんだ。」


聡は本棚にある引き出しから、一通の手紙みたいなのを見せてくれた。


それは井上さんと一惠さんの結婚式の招待状で参加、不参加のところには参加に丸がしてあった。


聡の字で、


「俺より先に幸せになりやがって。見てろ、俺も結婚するんだ。その時は来いよ」


って書いてあった。それは聡らしい言葉での祝福の言葉で、私との結婚をその時から


考えてくれてた言葉だった。


でもこの招待状の返事は井上さんの元に届く事はなかった。一生…。


これを見ると本当に人の命っていつなくなってしまうのかわからなくなる。


井上さんは結婚を目の前にして、もしかしたら幸せの絶頂だったのかもしれない。


そして婚約者の一惠さんも。井上さんは即死だったらしいけど、その時一瞬でも


一惠さんの事を思い出したのだろうか。そして一惠さんは井上さんの訃報を聞いた時


どれだけの勢いで絶望に突き落とされたんだろう。


私はこの返信されなかった招待状を持って黙ってしまった。


黙ってしまった私に向かって聡はもう一度同じことを言った。


「美加は俺と結婚したい?」


次は即答が出来なかった。でも自分なりに色々考えて150秒位後に


「したいわ。」


それだけ答えた。聡の目を見て。


「一惠さんと同じ立場になるかもしれない。それでも?」


「言ったでしょ?聡がイラクとか危険な場所に行くのなら一緒に行きたいって。


それは簡単に言ってる事じゃないの。あなたと一生を共にしたいから言ってる事よ。」


「…。わかった。俺に考える時間を少しだけくれ。美加の気持ちはわかったから。」


私は少し笑うと、


「大丈夫よ。私は逃げたりしないから。ゆっくり考えて。あなたの気持ちも分かったつもりだし。」


「うん。」


聡はコーヒーを飲み干すと、テーブルにマグカップを置くと、


「こんな事言うのも変だけど、今日は泊まっていってくれないか?今は美加と一緒にいたいんだ。


美加の存在を身近に感じながら考えたい。」


「…。うん。じゃぁ夕食作るね。何がいい?」


「今日は俺が作るよ。たまにはいいだろ?」


聡って料理出来たっけ?


「それは助かるけど…。料理なんて出来た?」


「俺がどこで働いてたと思ってるんだ。料理位出来る様になるよ。」


「そう…。」


今日の私達の会話の一つ一つはどうしても海外派遣隊の事と関連づけて考えてしまう。


それはしょうがないのかもしれない。


聡が作ってくれた料理はポトフだった。


「どうしてもいっぺんに大量に出来る料理しか覚えられなくてな。」


なんて謙遜してたけど、味は抜群だった。


「ううん、美味しい。じゃぁ作ってくれたから洗い物はするね。」


「何言ってんだ。料理っていうのは片づけもして初めて料理をしたって言うんだ。


洗い物も俺がするよ。」


聡って変わったなぁ。イラクに行く前は料理はおろか、洗い物とか片づけとか苦手だったのに。


だからか…。聡の部屋が綺麗なのは。


その日泊まったけど聡の体温を感じて聡はここにいるんだって実感した。


それだけ今日は命の有難さを感じた日だった。


聡もそれは同じだったかもしれない。