母さんを除く全員が謝ると母さんは急須から新しいお茶を入れて
「全員が私に謝ってどうするの。まったく。それで?美加はどうしたいの?」
今度はおずおずと、
「本当に聡がイラクにまた行く事があるのなら私も行きたい。でもこれは聡にも初めて言ったことだから
聡とちゃんと話し合って決める。それで、結婚は…。聡としたい。私がイラクに一緒に行くのを聡が
許してくれなくても。」
私の言葉に聡は黙ったままだった。不安気に聡の顔を見てみるけど言葉を選んでいる様だった。
「正直に言ってもいいでしょうか。」
聡は私の両親を交互に見てから考えながら話し始めた。
「美加がイラク行きの事を考えていたのを察していなかったのは僕の不甲斐なさです。
そして美加がそこまで海外派遣隊について考えているのなら…。結婚の事は考えなおしても
いいでしょうか。もし、万が一またイラクなど危険な場所に行った時、僕が命を落とさないという
保証はありません。そんな僕を日本に残して行ってもいいのだろうかと今、思いました。
前でしたら、僕が死んでしまっても結婚生活をしていたという事実を美加に残してやれると
思ってました。でもそれは僕の自己満足だったのかもしれません。」
ここにきて、結婚を考えなおしたいと言い出すとは思ってなかった。
それだけ私達はうわべだけの話し合いをしてたって事だ。
分かってなかったんだ、海外派遣隊の仕事がどれだけ過酷で命がけか。
そして聡も私の決意を聞いて考えが少し変わったのかもしれない。
「父さん、母さん。結婚報告のつもりで来たんだけど、今日はこれで帰る。
少し聡と話し合った方がいいみたい。」
さっき入れ直したけど、もう冷め切っているであろうお茶を手にはしたけど、
飲まないで母さんは、
「そうしなさい。二人には考える時間の方が必要みたいだから。」
「ごめんね。ぬか喜びさせて。」
「いいのよ。結婚なんてね、勢いっていう人もいるけど一生で大事な事なんだから、
悩んで当たり前よ。あっさり決める方がおかしいんだから。」
…。母さんも父さんと結婚する時そうだったのかな。そう思ったけど聞けなかった。
聡は立ち上がると頭を下げた。
「すみません。またご報告には伺います。でも僕が美加…。美加さんの事を大事に思ってる事に
変わりはありません。それはわかって頂いたら嬉しいです。」
父さんは困惑した時の癖で首の後ろを掻きながら、
「うん、まぁそれは男としてわかるよ。また来なさい。」
「はい。美加、帰ろう。」
「うん。じゃぁまた帰って来るから。」
玄関先で二人に頭を下げてから私達は聡のマンションに帰った。
帰ったはいいけど何を話せばいいのかお互いわからなくて嫌な沈黙だけが流れた。
取りあえず、私はコーヒーを入れる事にしてケトルにお水を入れてお湯を沸かした。
それでも私も聡も口を開かず、ケトルが音を立ててお湯が沸くのを知らせるまでその沈黙は続いた。
私がコーヒーを入れてると、聡の方から口を開いた。
「美加。美加は俺と結婚したい?」
女の方から、
『あなたと結婚したい』
なんて言い出しにくいってわからないかな。でも今はお互いに正直に話し合う事が大事だ。
お揃いのマグカップにコーヒーを入れて聡に渡しながら、
「そりゃ結婚したいわよ。父さん達の前でも言ったでしょ?聡がたとえ一人で危険な場所に行っても
結婚したいって。待つのは不安かもしれないけど、結婚は聡以外の人とは考えられない。」
「そっか…。待つっていう不安もあるんだなぁ。俺はその辺が分かってなかった。
浅はかだったよ。そんな事も気づかないで簡単に海外派遣の仕事がまた来たら
行きたいなんて言うなんてな。」
コーヒーの湯気を口元に揺らしながら聡はため息をついた。
その姿を見ながら聡の幼馴染みの亡くなった井上さんにはこんな風に考えてた
女性はいたんだろうかって思った。そしてもしいたのなら、今どんな気持ちなんだろう。