週末に聡と私は私の実家に帰った。
玄関には母さんが迎えに来てくれたけど父さんの姿が見えなかった。
「父さんは?」
「やっぱり『会いたくない』の一点張り。取り合えず上がって。」
私と聡は顔を見合わせたけどリビングに入った。
そこにはでかでかと父さんの字で
『絶対会わない』
と書いてある紙があった。
ったく子供じゃないんだから。
「それで?結局父さんはどこにいるの?」
「近所の公園。ほら美加が子供の頃によく遊びに行ってた。」
そこは私が毎日の様に泥んこになって遊んでいた公園だった。
「まだあったんだ、あの公園。聡は残っていて。私が連れ戻しに行くから。」
「いや、俺も行くよ。ちゃんとご挨拶をしたいしね。」
コーヒーを持ってきた私達に母さんは、
「今、来たばっかりじゃない。夕方になったら寒くなって帰ってくるわよ。」
「すぐ帰るから。」
私は脱いだばかりのコートを羽織ってこないだ買ったアーツ&サイエンスも持って家を出て行った。
聡はうちの近所の事を知らないから私を追いかける形で走ってきた。
その公園は小さくて、象やキリンの形をした乗り物や、ベンチが1つだけあるだけだった。
父さんはその1つしかないベンチに座って遊んでいる子供達を見ていた。
「父さん…。」
父さんはゆっくりと私の方を見た。私の後ろには聡がいた。
聡は黙って頭を下げていた。
「帰ろ。寒いし、風邪ひいちゃうよ。」
父さんの手を握ると冷たかった。随分長い間ここにいたんだなぁ。
手を引っ張っても父さんは立ち上がろうとしなかった。
「子供じゃないんだから困らせないで。」
その言葉でようやく立ち上がって聡の方を見た。その視線はなんだかさみしそうだった。
手を引いて実家に戻ると母さんはホッとした顔をした。
「心配かけちゃってごめんね。連れ戻してきたから。」
「そう…。とにかく冷えたでしょ?今お茶入れるから。」
三人で部屋に入ったのはいいけど誰も喋らなかった。
静かな部屋に父さんにはお茶を、私達にはコーヒーを入れ直してくれて部屋に入ってきた。
「何よ。みんな黙っちゃって。今日は美加の結婚報告なんでしょ。」
「そうなんだけど。」
私は何から話せばいいのか分からなかった。
先に話始めたのは聡だった。
「お父さん、今はお父さんと呼ばせて下さい。」
一回頭を下げると言葉を続けた。
「この1年間美加さんを不安にさせてしまったのは申し訳ありませんでした。
でもイラクでの海外派遣の経験は僕にとって貴重な物となり、これから生きていく為に
必要な事をたくさん学びました。死んでしまった仲間もいます。
僕がここにいるのは奇跡かもしれません。僕はこの奇跡を信じて美加さんとこれから人生を歩みたいと
思ってます。どうか僕達の結婚を許してもらえないでしょうか。」
聡の頭が下がると自然に自分の頭も下がった。そしてなぜだか涙が出た。
だけど父さんから出た言葉は私の期待を裏切る事だったかもしれない。
「海外派遣隊でイラクに行ってたと言ったね。」
「はい。」
聡は緊張した様に答えた。
「1つだけだ。1つだけ。もう二度と海外派遣の依頼が来てもイラクみたいな危険なところに
美加を置いて行ったりしないね。」
聡はしばらく黙って膝の上で手を握りしめていた。
そして決意をした様に顔を上げると、
「申し訳ありません。それはお約束できません。
僕は戦時下にいる子供達を見捨てる様な事は出来ません。」
それは聡らしい言葉だった。
だけど父さんには伝わらなかったらしい。
静かにだけどゆっくりとした口調で、
「そんな男に娘を嫁にやれると思っているのかい?仲間の人も亡くなった方がいらっしゃるんだよね。
次は君かもしれない。そんな事がない保障がどこにある?」
父さんの言葉ももっともな事だった。だけど聡の言葉もちゃんとした理由がある。
どちらが正しいのかなんて判断できない。