ちょっと悩んだけどポイントカードを見たら、いっぱいになってたから関根さんの店に行く事にした。
これでドリンク1杯タダになるし。関根さんにあの映画の感想も聞きたいし。
問題はあの映画を関根さんが観てるかって事。
店の扉の鈴をカランと鳴らして店内に入った。関根さんはコーヒーを入れてたけど鈴の音で私の方を
見て笑顔になった。うん、やっぱりこの店って好きだな。
「美加ちゃん、こんにちわ。今日はレディースデイじゃないのに珍しいね。」
このセリフは会う人皆に言われるな。今日で何人目だろう。
「ちょっとね。仕事っていうかプライベートも含めて色々あったから映画でも観て気分転換しようと思って。」
「尾山君と何かあったの?」
さすが接客業をしてるだけあって鋭い。
「まぁ、それだけじゃないけど。でね、今日はポイントカードがいっぱいになったの。
使ってもいい?」
「構わないよ。何にする?」
「こういう時だけ贅沢して申し訳ないんだけど、アイスカフェモカ。いい?」
関根さんは笑顔でうなずいてくれた。
煙草を出してパンフレットを読んでたら、テーブルにカシスケーキとアイスカフェモカが置かれた。
「関根さん。ケーキはいいのに。」
「常連さんは大事にしないとね。それで?今日は何を観たの?」
私はさっき買ったパンフレットを見せて、
「良子ちゃんに勧められた『いつまでも』を観たの。関根さんは観た?」
「僕は観てないなぁ。娘が観たって言ってたけど。」
そっか。関根さん高校生の娘さんがいるんだっけ。
「僕の年代向きじゃないよ。珍しいね、美加ちゃんがターゲットがちょっと低い映画観るなんて。」
「聡子ちゃんに言われたの。こんな感じの映画を観て恋愛の事を勉強しろって。
でも、やっぱり私向きじゃなかったみたい。眠くなっちゃったもん。」
関根さんはトレーを持ったまま、また笑った。
「あれはね。やっぱり高校生位の子達は観るんじゃないのかな?確か漫画が原作とか言ってたよ。」
「ふ~ん。だからか。現実離れし過ぎてたの。」
「まぁ映画自体が現実離れしてるから。それより尾山君と何かあったんでしょ?」
これは言うべきなのかな?聡からまた付き合おうって言われてる事。
でも相談できる人いないし。
「関根さんは私と聡が付き合ってたの知ってるでしょ?」
「そりゃぁ知ってるよ。毎週の様に映画を観た後はうちに来てくれてたから。
それが突然、尾山君だけ来なくなってどうしたのかなっては思ってたけど。」
「彼ね、海外派遣隊でイラクに行ってたんだって。1年近く。」
関根さんはびっくりした様に目を大きくした。
「イラク?今、戦争中じゃないか。」
「私も最初に聞いた時、びっくりしちゃった。だって私にさえ何も言わないで行っちゃったんだもん。」
関根さんは私の席の前に座ると、じっくり話を聞いてくれる体勢になった。
「それで?今は何してるの?」
「私の派遣先で係長をしてる。派遣社員だったのが、人事の部長に気に入れられて社員になったの。」
私は新しい煙草を出したけど火はつけなかった。
飲食業をしてる関根さんの前だから少し、遠慮をした。
「尾山君だったらなれるだろうね。性格も穏やかだし、仕事も出来る感じだし。
別に美加ちゃんが仕事が出来ないって言ってる訳じゃないよ。」
「分ってる。私は自分で進んで派遣の仕事をしてるんだから。」
関根さんが好意で出してくれたケーキを一口食べてアイスカフェモカにストローを刺す。
「それで?どうしたの?」
「私はどうしていきなり私の前からいなくなっちゃったかも知らなかったし、
聡の居場所も知らなかったから別れたのかなって思ってたの。
今も別れたつもりなんだけど、聡は違うんだって。やり直さないかって言われた。」
腕を組みながら話を聞いてた関根さんは納得した様に、
「だからか。こないだ二人が久しぶりに一緒に来た時、美加ちゃんが泣いてたのは。」
あ…。あれ、見られてたんだ。
「ごめんね、盗み見したみたいで。でも目に入っちゃったんだ。」
「ううん、いいの。」
ここから先、何を話せばいいのか迷って喉を潤ませる為にカフェモカを飲んだ。
合コンの事は言わなくてもいいよね。あと三村さんの事も。
…。徳永君の事はどうしよう。同じショッピングモールにいるんだから話したら関根さんの関心も
徳永君に移るかな。徳永君の事は関根さんの反応を見ながら話すか決めよう。