会社に戻ると派遣社員のメンバーに囲まれてしまった。
「どうだった?フランスの人との会食。」
「やっぱりフレンチ?」
「それより、通訳だよ。やっぱりペラペラ?」
私はどう答えたらいいのかわからなくて、
「ボチボチよ。」
と、曖昧に答えた。
デスクの上には本当に会食が伸びたら困ると思って作ったデータ資料が置いてあるままだった。
「尾山係長、これ。データをまとめてあります。確認をお願いします。」
聡は満面の笑みで、
「近藤さんは本当に仕事が早いねぇ。」
なんて言ってる。この嘘つき。会食なんてなかったのに。
私はお辞儀を形だけして周り右をした。
デスクに戻って再びパソコンに向き合っていると、同じ派遣会社の秀美ちゃんが私のデスクに
椅子ごとす~っと寄ってきた。
「近藤さんは尾山係長に興味はないの?随分そっけないけど。」
「別に。興味もなにもここの係長ってだけの人でしょ?私には関係ないもの。」
「の、わりには係長は近藤さんに興味があるみたいだけど。」
「そう?気のせいじゃない?」
私はパソコンの画面から目を離す事なく手も動かしていた。
カタカタというキーボードの音だけがしばらく続いたけど、秀美ちゃんは再び私と聡を見比べると
「な~んか二人とも無理して無関係のふりしてる様な気がするんだけど。」
その言葉にドキリとしたけど、私は平静を装った。
「それこそ気のせいよ。確かに前はうちの派遣会社にいた人だから顔位は見た事はあるけど
面識があるって程じゃないし。」
その言葉にやっぱり食いついたのは秀美ちゃんだった。
「うっそ~。うちの会社に登録してた事あったの?」
しまった…。秀美ちゃんはうちに来てから半年だった。
「昔ね。係長の自己紹介の時にも言ってたでしょ?派遣だったって事。」
「言ってたけど…。だったらもっと仲が良くてもいいんじゃない?」
「うちの会社に何人登録してると思ってるの?そんなに覚えきれないし。」
いい加減、この話終わらせてくれないかな。ボロが出ちゃう。
さり気なく私と秀美ちゃんの会話を聞いた聡は、
「近藤さん、ちょっと。」
秀美ちゃんとの会話を中断させてくれた。
私はデータを保存してから立ち上がって聡の前に立った。
「今日の会食であった話を明後日、詰めて話すんだ。申し訳ないけどまた同行してもらえるかな。」
私は聡の方を見てるから皆からは見えない様に、口には出さず、
「また?」
と告げた。聡はメモに、
「今度は本当の会食。デートは改めて申し込むよ。」
書くと、
「ここが時間と場所。よろしくお願いします。」
白々しい笑顔で私にそのメモを渡した。
「分りました。」
私はそう言うしかなかった。今度こそ仕事なんだから。
時計を見ると5時3分前だった。
急いでデータをまとめて印刷してから自分のデスクに置くと、帰り支度をして
「時間なのでお先に失礼します。」
頭を下げて会社を出て行った。
今日は映画を観に行こう。じゃないと落ち着かない。
会社を出たその足でそのまま映画館に向かった。
映画館があるショッピングモールに行くと徳永君の姿を見かけた。
私は徳永君に走り寄って、肩を叩いた。
「今から?」
徳永君はいきなり話しかけられたからびっくりしてたみたいだけど、私と確認すると笑顔になった。
「近藤さんか。びっくりしちゃいましたよ。今からです。でも珍しいですね。
今日はレディースデイじゃないのに。」
「ちょっとね。仕事でイラつく事があったから。たまにはいいでしょ?」
その言葉に徳永君は顔を曇らせた。
「こないだ一緒に来た男の人と何かあったんですか?」
「違う、違う。あの人は派遣先の人だから関係ない。」
私は手を振ってその誤解を解いたけど、笹原さんが聞いたらムッとするかもしれない。
それぐらい私だってわかる。なんの気もない女に映画館に行くって断られても着いてくるなんて
何か思ってるとしか思えない。
「今からだと、チケット買う時会えないね。もしかしたらパンフ買う時会うかも。
それとこないだ試写会の案内状くれたのに行けなくてごめんね。」
「仕事だったらしょうがないですよ。じゃ、俺着替えないといけないから。」
徳永君は従業員入口に向かって走って行った。
徳永君ってホント可愛いな。あんな弟がいたらいいのに。