「確かに尾山さんと…。」
「いい加減いいだろ。聡で。」
私はため息をしてからまた話し出した。
「確かに聡とは付き合っていたよ?でもそれは随分前の事じゃない。
1年も連絡くれなくて別れたのかなぁって思うのはしょうがないんじゃないの?」
「だからこないだも言っただろ。イラクにいたから連絡取れなかったって。」
「それはわかるけど…。手紙位くれても良かったんじゃないの?
せめて行く時に教えてくれてたら、そりゃ引きとめたかもしれないけど
何にも知らないよりマシだもの。」
ウェイターの人が食事を運んできてくれたから会話は一旦、中断した。
聡はウェイターに
「ありがとう。」
って言ってた。前の聡はこんな風に人に気が回る人じゃなかったのに。
それだけ海外派遣隊の仕事が大変だったのかな。
「取りあえず食えよ。腹が減ってたら頭に血が上るだけだろ。」
私はナイフとフォークを手にすると黙って食事を始めた。
しばらく二人共黙って食事をしてたけど聡の方から、
「悪かった。」
って言われた。思わず聡の顔を見てしまう。その顔は真剣な顔でじっと私を見ていた。
あまりにも真剣な顔だったから私の方から視線をそらせてしまった。
「もう一回、最初からやり直さないか?」
「あなたは社員、私は派遣。釣り合うカップルじゃないよ。」
それは言い訳と自分でもわかっていたけど、そう言うしか断る理由がなかった。
「それは美加の偏見だよ。社員だろうが派遣だろうが働いてる事は一緒だ。
同じ職場で働くっていう事は一緒に生きるって事だろ?」
「それはイラクで学んだ事?」
「そうだ。命がけでみんなで働いてた。」
このままじゃ、ズルズルと聡の言う通りになっちゃう。だって聡の言う事の方が正論なんだもの。
「…。考えさせて。」
「分かった。でもいい返事を待ってるから。」
ここのお店は美味しいお店ってわかってはいたけど味わう気持ちにはなれなかった。
それは昨日の三村さんの事も頭にあったからかもしれない。
今日は何にも考えないでいいような映画を観よう。
レディースデイじゃないけど、たまにはいいよね。
「美加。」
私は考え事をしながら食べてたから呼ばれた事に気が付かなかった。
「美加。」
「あっ、うん。何?」
「今日は会食って事でここに来たから会社に戻ったら適当な事言っといて。」
「聡は知ってるでしょ?私は適当な事が言えないって事。」
苦笑しながら答えたけど、ホント何を言えばいいんだろう。
「本当にフランスの食品会社と今度、取引があるんだ。それの話し合いとでも言っといて。」
「わかった。でもすごいね。前の係長は偉そうにしてるだけだったのに
フランスの会社との取引を開拓したなんて。」
「たまたま運が良かっただけだよ。」
聡ってそれが口癖なのかな。
『運が良かった』
『運』だけじゃ仕事は出来ないのに。
「聡、『運』だけでこれだけの仕事は出来ないよ。それだけ聡に実力があるって事だよ。
人望もね。それは自覚してもいい事だと思う。」
「そんな事自覚しちゃったら自惚れるだけだよ。なんでもそうだけど、自分の事は客観的に見ないと。」
聡のそういう考えがあるから、派遣から社員になれたんだろうな。
最後のデザートとコーヒーを飲んでから私達はレストランを出た。
私の食事代は自分で出そうと思ったけど、
「こういう時は男が払うもんだよ。」
って聡が笑いながら払ってくれた。会ってなかった1年間で聡は成長したんだなぁ。
そういう私は?付き合いで合コンとか行ったりして成長してない気がする。