北海道行きまでは目まぐるしく忙しかった。
当然、仕事もあったが、麻子は自宅で家事もしておりそして北海道行きの準備もしなければならなかった。
終電が終わってしまうと、麻子はタクシーで帰り、一旦シャワーを浴び仮眠をとってから
始発で会社に行った。
一人でベットで仮眠をとるのはやっぱり寂しかった。
いつもそばには江崎がいたから。
男性陣は椅子を並べて横になっている。
唯一例外だったのが渡部だった。終電で帰り、始発で出社してきていた。
給湯室でみんなの為にコーヒーを入れていたらコーヒーメーカーが新しくなっていた事に気が付いた。
きっと麻子が倒れてから壊れたのを買い直したのだろう。
「おはよう。」
「隆弘さん、大丈夫?」
「これは納期前にはいつもある事なんだ。しょうがないよ。」
まだ眠っている同僚に見つからない様に麻子はデスクの横に置いておいたバックを江崎に渡すと、
「これ。当分の着替え。やっぱり同じ服じゃイヤでしょ?」
「悪いな。一応着替えは会社に置いてるんだけど、ここまで長引くとは思ってもいなかった。」
「納品先の方が妥協をしない方なんでしょ?」
「最初の打ち合わせじゃなかった、機能まで追加でつけてくれって言ってきたんだ。」
「それは知ってる。でも無理はしないで。」
「あぁ。」
その二人の様子を実は同僚は見ていた。
「やっぱりなぁ。」
「噂は本当だったんですね。」
「江崎が最近丸くなったのは小林の影響か。」
「でもいいんじゃないですか?江崎さんも女性問題でトラブルにならなくなって。」
決して江崎は会社に付き合っていた女性を入れた事はなかったが
女性関係が派手だったのはみんなが知ってる事だった。
「俺も彼女作ろっかなぁ。」
「馬鹿、この忙しい時期に女なんて作れるか。」
「だって、あの二人いい雰囲気ですから。」
「江崎さんと小林。この仕事が終わったら少し長めの休みとって北海道に行くらしいっすよ。」
「何で北海道なんだ。」
「江崎さん実家が北海道にあるらしいです。」
「へぇ…。とうとう江崎も結婚か。」
「そこまでは知りませんけどね。」
納期日の3日後に無事ソフトは納品された。
それぞれ、ほぼ自宅に帰ってなかった男性陣は納期されてしまうとさっさと自宅に帰って行った。
いつもだったら、納品されたら打ち上げをするのだが、今回の仕事はそんな余裕すらなかった。
例外だったのは中島だった。また焼酎を持って江崎の自宅にやってきた。
だがその時、江崎は寝室に閉じこもったままだった。
「なんだよ。せっかく酒持ってきたのに。」
「隆弘さんも疲れてるみたいだし…。」
「まぁいいや。今日の相手は小林がしてよ。」
「私ですか?」
「飲めない訳じゃないだろ。」
「そうですけど…。」
中島は、
「いつもあいつの相手ばっかりしてないで、俺とも飲んださ。
日頃のうっぷんでも晴らせば?」
勝手に人の家のグラスや氷などを持ってきて中島と飲む事を勧めた。
「次の休みから北海道だって?」
「はい。隆弘さんのお姉さんにご挨拶に。」
「…。あいつの親父には会わねぇの?」
「彼が望んでないから…。」
「そっか…。」
中島には江崎と父親の間にどれだけの溝があるかは十分にはわからない。
だが、江崎が父親を嫌悪している事だけは知っていた。
そんな父親にもしかしたら結婚するかもしれない女性を会わせたくない気持ちも分からなくはなかった。