その晩、麻子が寝ようとした時に以前、江崎がチラリと見た薬入れから
薬を二錠だして飲むをの初めて江崎は見た。
「なぁ、その薬。本当にお兄さんの時にへこみやすいから飲んでるだけなのか?」
「そうよ。」
「他に病気とか持ってない?」
「…。えぇ。」
一瞬の間が気になったが、兄の墓参りに江崎が一緒に来てくれた事、
初めてプレゼントを受け取って嬉しそうにしている麻子の姿を見ると考え過ぎだと思った。
翌日二人は一緒に出社した。
中島から二人は付き合っているのはバレてると聞いていたので
隠す事もないだろうと一緒に初めて出社した。
渡部は相変わらず朝も早いのに出勤しており、
江崎達は二番目だった。
「おはようございます。」
「おはよう。」
渡部は江崎と麻子が一緒に出勤してきたので、少し驚いたが
付き合っているという噂は聞いており、何より麻子の住所を江崎の自宅に転居した事の
書類をもらっていたから、特別何も言わなかった。
二人は各々の席に座り仕事を始めた。
会社では恋人同士の様な会話は全くなく、あくまでも教育係りの江崎と指導を受けてる麻子と
言う関係は崩してなかった。
今日、麻子は昨日江崎にもらった指輪を右手の薬指にしていた。
これなら単なるファッションリングと思われるだろう。
だが、いつもの様に最後に出社してきた中島は素早くその指輪を見ると、
バックだけを机に放り投げて、
「小林。それ、江崎にもらったのか?」
小声で聞いてきた。
「はい。誕生日だったから。」
その笑みはいつもの翳りのある笑顔ではなく、本当に嬉しそうだった。
先日江崎が中島を飲みに誘ってから、何があったのかは知りたかったがあえて聞かず、
「そっか。良かったな。」
それだけを言って江崎の隣の席である、自分のデスクに座った。
相変わらず、汚い机で色んな専門書が山積みになってるのはわかるが
何枚もプログラムを書いた紙があっちこっちに置いていた。
それに反して、江崎は本が崩れない様に仕切りを買ってきて、種類別に並べてあり
コピーした書類や、提出するべき書類などはファイリングしていた。
だが一つだけ麻子が気にしてた事がある。
電話の横に、らくだのぬいぐるみが置いてあったのだ。
掃除をあまりしていない様で少し埃をかぶっていたが。
「よぉ、例の事。解決しなのか?」
「まぁな。」
「で?誰だったんだ。」
江崎は黙って煙草とライターを持つと喫煙室に向かった。
それはここでは話せない事を意味していた。
中島も煙草だけを持って喫煙室に行った。
早くも煙草を吸い始めている江崎に
「それで?誰だったんだ。」
「麻子の亡くなった兄貴の名前。」
「兄貴?」
中島は江崎からライターを借りると煙草に火をつけた。
「なんで兄貴の事を気にしてるんだよ。」
これ以上しゃべると麻子のプライベートな話になるので、
「亡くなったからだろ。」
それだけ言って煙草をもみ消すと喫煙室を出た。