自宅に戻ったのは太陽が沈みそうな時間だった。
帰りの電車の中でも、自宅に帰っても麻子は嬉しそうに何度も指輪を見た。
「本当に可愛い。もうみんなに見せて回りたいぐらい。」
「頼むから実践しないでくれよ。」
「それだけ嬉しいって事。」
その時江崎の携帯が鳴った。実家にいる姉からだった。
「ねぇちゃん、どうしたんだよ。」
「お父さんが倒れたのよ。」
「倒れた?いつ。」
「今日の昼頃。隆弘ってば携帯の電源切ってるんだもの。探したわ。
仕事、今日有給取ったんですって?どこ行ってたの。」
「彼女のお兄さんの墓参り。」
「彼女ってどの子を指してるの。」
「前みたいな付き合いは辞めたんだ。今は一人だよ、彼女は。」
「…。元々優しい子なんだから、その人を大事にしなさいよ。」
チラリと心配そうに見ている麻子の方を向いた。
「分かってるよ。で?親父、どこの病院にいるんだ。どうせ飲み過ぎたんだろ?」
「上島記念病院。今はICUに入ってるわ。
家で急に血を吐いちゃって…。お酒の飲み過ぎだって。肝臓がかなり弱ってるみたい。」
「自業自得だ。」
「今から病院来てくれない?私一人じゃ判断が難しい事もあるし。」
「俺はあいつとはもう関係ないんだ。」
「そんな事言ってる場合じゃないのよ。ここ2~3日が峠って言われるんだから。
お母さんの事でお父さんを嫌いなのはわかるけど、最後かもしれないのよ。」
「…。行けたらいくよ。」
そう言うと姉の返事も聞かず携帯を切ってしまった。
麻子が江崎のシャツの袖をつかみ、
「お父さん倒れたの?大丈夫?」
「いつものアル中で運ばれただけだよ。」
「お見舞い、行かないの?」
「…。」
「一回お父さんと話し合ってみたら?」
「今さら話す事なんてない。」
江崎は数少ない酒類から姉が送ってくれた焼酎を出しそれを飲み始めた。
麻子はその江崎の態度でどれだけ父親と溝があるのかを考えてしまった。
「それより飯食おうぜ。電車が結構時間食ったから、腹減ってるんだ。」
だがそれに麻子は答えず、ソファに座ってる江崎の正面に座り、
「もし危ないんだったら会っておいた方がいいと思うの。
私もようちゃんとよく喧嘩してたけど、死んじゃったらそれで終わりだもの。
残るのは後悔しかないわ。」
「…。」
「隆弘さん…。」
「分かった。行くよ。でも麻子も付き合ってくれ。」
「私も?」
「あぁ。姉貴達に会うのも久しぶりだし、ちゃんと麻子の事紹介しておきたいんだ。
今日、有給使ったから週末に行く。」
付き合っている男性の実家に行くと言う事はそれは結婚の挨拶に行く様なものだ。
麻子はどうするか、決められずにいた。