麻子は二人分の簡単な食事を作るとテーブルに並べた。
それはいまどきの女性が作る料理らしからぬ、いわゆる「おふくろの味」的な物だった。
「すげぇな。小林、こんなに料理出来たんだ。」
思わず感嘆な声を上げてしまう。
「私は自炊ですから。」
エプロンを外しながら麻子が答えた。
「取りあえず、ご飯を頂いてからお話は聞きます。江崎さんも今日は何も食べてないでしょ?
空腹で話し合ってもいい事はありませんから。」
麻子の言う事も一理ある。
何年かぶりの普通の食事に江崎は戸惑った。
これが酒のつまみならどれからでも食べるのだが、まさかこんな料理が出てくるとは思ってなかった。
「食べないんですか?」
「…。いや、食う。」
最初に手につけたのは定番の肉じゃがだった。下仁田ねぎがたっぷり乗っていて
料理の腕がどれほどのものかを表していた。
「…。」
口にしても何も言わない江崎に不安気に麻子は、
「お口に合わないですか?」
と、聞いてしまった。
「いや…。旨い。」
その言葉に麻子はようやく笑顔になった。
「よかった。」
「お前、この皿とかどうしたんだよ。」
「近所の100円ショップです。江崎さんの家の食器棚、グラス類しかなかったから。」
江崎はこんな物まで100円ショップで売ってる事すら知らなかった。
いつも外食で済ませているので、生活の基盤的な事に対してはほとんど無知だった。
麻子が作った料理はどこか亡くなった母の味に似ていた。
母親を亡くして何年になるだろう…。
確か自分は高校生だった気がする。
命日さえ覚えていない自分が親不孝者の様な気がしてきた。
「…。俺さ、おふくろが高校の時に死んでるんだよ。」
「…。」
「お前の飯っておふくろの味に似てるな。」
「そうですか…。」
それだけを言って江崎は黙々と麻子の作った料理を食べた。