「で?今度は彰君の番。どうだった?今日来てみて。」
コーヒーの香りを何回も嗅いでいる彰君に聞いてみた。
そんなに下手かなぁ…。コーヒー。
「俺が知ってる奴は大木と相馬、佳那位だったかな?まぁシフトの状態もあるだろうけど。」
「今日、田口君は休みだったよ。」
「じゃぁ、俺が知ってるのはその4人だけだな。あとは素人もいいところだ。」
「彰君の接客をしたのは誰?」
「知らない奴だった。だけど手のひらに料理の説明を書いてたんだろうな。やたらと手を見てる奴だった。」
「あぁ、それなら榎君だ。最初はメモ帳に書いてたんだけど、
お客様の前でメモ帳は禁止って言われてたから。」
「味は今まで食った事ないから何とも言えないけど、接客の仕方がマズい。
あれじゃファミレスの方がマシだ。でもこれは私情が入るのかもしれないけど、佳那は成長したよな。」
「ホント!?嬉しいな。毎日練習してた快があった。」
「佳那もあのレベルまで来たなら他のホテルにしろよ。」
「だってあそこ、うちから近いんだもん。」
「レ・べ・ル・ア・ップ!」
「そうだけど…。彰君までのレベルではないよ。」
「そりゃそうだ。経験が違う。だけど給料は少しは良くなる。」
「うっ…。お金の事を言われると痛い。」
今のホテルのお給料だと、ギリギリの生活だからだ。
この歳になると親にも仕送りぐらいしてあげたいし。
彰君だってお母さんに仕送りしてる位だし、年上の私がしてないってのもおかしいよね。
この話はこの辺にして、今度はカップルらしい会話がしたかった。
「帰りが遅くなってごめんね。ご飯は?」
「適当に冷蔵庫漁って作った。もうちょっと食料入れとけよ。空に近かったぞ。」
「だって、お給料前…。」
「俺は給料前でも冷蔵庫は充実してるぞ。」
「そりゃ、彰君の方がお給料いいんだもん。うちがお給料少ないの知ってるでしょ。」
「普通のバイト代にしては高いけど、ホテルで働いてる割りには安いのは確かだな。
あっ、そうだ。これ佳那に見せようと思って持ってきたんだ。」
それは銀行の通帳だった。名義は彰君になってるけど表に『佳那用』って書いてある。
「どうしたの?それ。」
「俺、職場変わっただろ?給料も少しだけど良くなったんだ。
その分を佳那との結婚資金にしようと思って、これに少しづつ入れていくんだ。」
「本当に私と結婚してくれるの?」
「だって佳那だってアラサーだろ。」
「それは禁句。」
「事実だ。」
「も~。」
私は照れ隠しもあったけど、クッションを彰君に投げつけた。
彰君と私が結婚かぁ…。
そうだよねぇ。この歳になると結婚も考えながら付き合わないといけないよね。
って事は私が彰君のお嫁さんになったら『柳沢 佳那』?
なんかゴロが悪い様な気がする…。慣れてないからかな?