自宅マンションから事務所までは近かったから、5分程度で事務所に到着した。
当然、光はまだ来ていない。
リハーサルなどで光の付き添いをしていたから、事務所のスタッフは
私の事を覚えていたらしく、すぐ社長室に通された。
『女史』は私が思っていたより年配の女性だった。
声や喋り方から、もっと若い女性だと思っていたから意外だった。
でも、印象はやっぱり予想していた通りにキツ目な感じがした。
白髪に近い髪をショートに切っていて、やたらと大きいビアスをしていた。
『女史』は薄ら笑いを浮かべて、社長室で私を迎えた。
「堕ろす決心はついたの?」
「堕ろすつもりはありません。」
こんな時、仕事で生かした強気な態度が役に立つ。
それでも『女史』は薄ら笑いを浮かべたままでデスクの椅子に深く腰をかけると、
「じゃぁ、あなたが勝手に産みなさい。事務所サイドとしては光との結婚は
許可出来ません。」
「私は江川さんと家庭を築きたいと思ってます。」
「それで、光がBLUE MOONを辞める事になっても?」
そこを突かれると痛い…。私はブルムンで光は活躍して欲しかった。
光は国民的アイドルだから、
私との結婚でファンの子達をがっかりさせたくなかった。
しばらく睨み合いが続いたけど、そこへ光がドアを蹴破らんばかりに入ってきた。
「女史!友梨香に俺達の子供を堕せって言ったってどういう事ですか!」
「そのままの言葉よ。元々、私は紺野さんとあなたの交際を認めたわけじゃ
ないんだから。」
「でも、この事務所に所属してるタレントは自分の子供みたいなものって
言ったのは女史じゃないですか。俺だっていつまでも独身のつもりはないし
いつかは結婚するんです。いい加減、俺達をがんじがらめにしないで下さい。」
…やっぱり芸能人との結婚って、そう簡単じゃなかったんだ。
覚悟していた事とはいえ、
ここまで問題が大きくなるなんて正直思ってもいなかった。