前回投稿したブログを読んで頂いた方から
メッセージが届きました。
ご本人様の了承を得ましたので
記録として共有させて頂きます。
本日、お姉様が発信されたブログを先程拝読しました。「今」
一方、玉川学園全体のホームページには、
一般市民として、玉川学園の運営のされ方に疑問しか浮か
温かい、
私は2018年の夏、
弟が7/7(土)に行われた
父母会及びその後の上司との面談の翌日
突如行方不明になったことを知らされたあと
居てもたってもいられず
急遽、一時帰国しました。
その際、この学校は【ひとりの教師の代わりはいくらでもいる】というドライで機械的なスタンスを取るところなんだな、とつくづく感じたできごとがいくつもありました。
私が目の当たりにしたその光景についてはまた別途、記録しますが今回、ご意見をお寄せ頂いた方の仰る【説明責任がない】状況についてを先に、次回の投稿で記録を残そうと思います。
この数年、学校から一切の説明責任がないことについて疑問に感じられている方も多いかと思います。多くの憶測が飛びかっているとも容易に想像できます。
学校として曖昧にしていること、緘口令が敷かれているという実態はご父兄や現職員の方から聞いています。それは私をはじめ、家族全員を精神的に苦しめるものでした。ただ、ありのままの事実は遺族として知っておくべきだと思っています。この現状を率直に勇気を持って教えてくださったことに感謝しています。
たとえ私たち遺族のひとりが定年まで勤めてきた元高等部教員であったにしろ、私たち遺族全員が卒業生であったにしろ、学校の対応は、それはまるで赤の他人ごとのように手のひらをピシャリと返すもので、弟を喪ったことに加え更なる心理的なダメージを受け、今も尚、その苦しみを抱えながら、精神科医にかかり服薬治療を受けながら、なんとか生きているのです。
この数ヶ月間は特に精神的にギリギリのところでしんどくて、何もする気が起きませんでした。4年経過しても心の痛みは癒えるものではありません。私たちにとって、4年という歳月は遠い昔の過去なのではなく、【今】でもあるのです。毎朝、目が覚める度にただただ、悲しみと怒りが込み上げてくるのです。なぜなら学園は何事もなかったかのように、穏やかで平和なブランドイメージを打ち出し、学校運営をしているからです。
その苦しみのループの中にいた自分を引き上げてくださったのが、同じような境遇で職場での出来事がきっかけでお亡くなりになったお子様を持つ、あるお母様のお言葉でした。
そのお言葉に支えられ、今、少し心理的に安定しているうちに、ずっと閉ざし、苦しんでいたことを次回、記録してみます。