前回投稿したブログを読んで頂いた方から

メッセージが届きました。


ご本人様の了承を得ましたので

記録として共有させて頂きます。



本日、お姉様が発信されたブログを先程拝読しました。今」の玉川学園は雇用教師の自死の事実から目を背け、逃げているようにしか感じません。


東京都調布市では平成25年に学校給食のチーズチヂミの誤食から児童を学校管理下で死亡させています。調布市ホームページでは「検証結果報告書」とし、全て当日の状況を洗い出し文書化して世の中に死亡事故の責任を負うかたちで公開しています。また、4月には教師向けに遺族からの動画の放映で、死亡前の学校での出来事、当日の死亡事故に至るまでを全て公開しています。夏休みには調布市内の教師は救命救急講習受講が必須となっています。これは調布市教育委員会としての反省の現れでもあり、2度と校内死亡事故を起こさないことを誓う、固い決意表明であることもわかります。


一方、玉川学園全体のホームページには、教師の育成場面での校内で起きたことが原因で当時一年生の担任だった、佐藤馨一先生の自死が4年前に発生した事実を一切記載していません。勤務環境や非常識な保護者の対応実態があった事実を世間社会に公表するのが私立学校としての責務であると感じます。しかし、いつ、こうした「説明責任」を教育機関として取り、果たしていく体制になるのでしょうか。人を教育し育てる私立学校でこのような運営をされている玉川学園は、やはり経営方針や建学の精神に改定が起きたのでしょうか。初代・創設者である國芳先生と2代目の先生で築かれた玉川学園ではなくなってしまったのでしょうか。


一般市民として、玉川学園の運営のされ方に疑問しか浮かびません。取り返しがつかない自死が玉川学園であったことは消えません。


温かい、心のある玉川学園に戻ることはもうないのでしょうか。この感情特別なことではなく、いち市民が抱くこととしてごく普通な思いであります。


私は2018年の夏、

弟が7/7(土)に行われた

父母会及びその後の上司との面談の翌日


突如行方不明になったことを知らされたあと

居てもたってもいられず

急遽、一時帰国しました。


その際、この学校は【ひとりの教師の代わりはいくらでもいる】というドライで機械的なスタンスを取るところなんだな、とつくづく感じたできごとがいくつもありました。


私が目の当たりにしたその光景についてはまた別途、記録しますが今回、ご意見をお寄せ頂いた方の仰る【説明責任がない】状況についてを先に、次回の投稿で記録を残そうと思います。


この数年、学校から一切の説明責任がないことについて疑問に感じられている方も多いかと思います。多くの憶測が飛びかっているとも容易に想像できます。


学校として曖昧にしていること、緘口令が敷かれているという実態はご父兄や現職員の方から聞いています。それは私をはじめ、家族全員を精神的に苦しめるものでした。ただ、ありのままの事実は遺族として知っておくべきだと思っています。この現状を率直に勇気を持って教えてくださったことに感謝しています。


たとえ私たち遺族のひとりが定年まで勤めてきた元高等部教員であったにしろ、私たち遺族全員が卒業生であったにしろ、学校の対応は、それはまるで赤の他人ごとのように手のひらをピシャリと返すもので、弟を喪ったことに加え更なる心理的なダメージを受け、今も尚、その苦しみを抱えながら、精神科医にかかり服薬治療を受けながら、なんとか生きているのです。


この数ヶ月間は特に精神的にギリギリのところでしんどくて、何もする気が起きませんでした。4年経過しても心の痛みは癒えるものではありません。私たちにとって、4年という歳月は遠い昔の過去なのではなく、【今】でもあるのです。毎朝、目が覚める度にただただ、悲しみと怒りが込み上げてくるのです。なぜなら学園は何事もなかったかのように、穏やかで平和なブランドイメージを打ち出し、学校運営をしているからです。


その苦しみのループの中にいた自分を引き上げてくださったのが、同じような境遇で職場での出来事がきっかけでお亡くなりになったお子様を持つ、あるお母様のお言葉でした。


そのお言葉に支えられ、今、少し心理的に安定しているうちに、ずっと閉ざし、苦しんでいたことを次回、記録してみます。