■「内定への一言」バックナンバー編

「国民の大半が英語が上手な国は貧しい」




おはようございます。昨日はいい汗をかいて帰ってきた小島です。

なぜって?それは、学生さんたちと一緒にcoco壱番屋に行って辛いカレーを食べてきたからです。

やっぱり、運動して汗をかくのが一番ですよね、大月さん。



さて、今日は僕の経歴の中でも一番多く質問がある「海外勤務」について、中でも特に「語学」に対する考え方をお話します。

土曜の近現代史勉強会⑪で「戦後の学問史」について触れた際、ちょっと紹介した話題なのですが、思いのほか学生さんの反応があった(表情で)ので、今日の話題に選びました。

それは、「国民の大半が英語が上手な国は貧しい」というもの。

「え?何だって?」と言われそうです。

でもこれは、英語、韓国語、マレー語、インドネシア語の4ヶ国語が話せて、翻訳・通訳でも稼いだことがあり、18歳の時に英検準1級を取って以来、様々な外国語を学びつつ、アジアを30回旅行した僕の切実な実感です。

さらに、タイ語、タガログ語の文字や基本文法を覚えて現地で交流した結果、いよいよ間違いがないと確信した事実でもあります。

母国語が英語の国を除き、たとえばイギリスの植民地だったアフリカ諸国、インド、パキスタン、アフガニスタンなどの南アジア諸国、ミャンマー、マレーシア
などの東南アジア諸国、アメリカの植民地だったフィリピンなどは、英語が「公用語」になっているほど上手です。

アジアの学生のTOEICの点数の「下からのランキング」は…

最下位 ⇒北朝鮮
ドン2 ⇒タイ
ドン3 ⇒日本
ドン4 ⇒韓国

ということで、これら4ヶ国は、先に挙げたアフリカ、南アジア、東南アジアなどの国の学生と比べると、リスニングもスピーキングも、ライティングもリーディングも、まさに「雲泥の差」といえるほどの差です。

タイ人と韓国人の英語の下手さは、僕は韓国語はペラペラでタイ語も旅行会話くらいはできるのであまり実感したことはありませんが、それでもちょっと英語でしゃべった限りでは、非常に下手です。

わが日本の学生の英語のレベルは、話にならないくらい低いもので、並みの英文科の学生よりは、フィリピンの中学生の方がよっぽど英語が上手です。

北朝鮮の人はしゃべったことはありませんが、これは語学学習以前に教育環境が整っているかどうかの問題だと思うので、実質的に英語国の植民地になったことがないタイ、日本、韓国が世界で最も英語が下手な国と言ってよいでしょう。

「会話」は。


さて、そのような客観情勢を踏まえた上で、わが国の英語学習環境における「モチベーション」や「動機」を考えてみましょう。

わが国では、「英語が得意=仕事に有利」という偏見が非常に根強く、今もってこのような時代錯誤な認識のもとで、英語を学ぼうとする人が後を絶ちません。

「仕事に有利」というのは、大半の学習者にとっては、具体的なビジョンによって規定されたものではなく、ただ漠然と、そう思わされていたり、人口が少ないカナダ、オーストラリア、ニュージーランドが国費をつぎ込んで行った対日イメージ広告を真に受けた結果でしょう。

しかし、仮に「英語力=ビジネス力」、「英語力=産業振興度」という仮説が成り立つなら、先に挙げたアフリカ諸国、南・東南アジア諸国の経済が今もって貧しく、政治は波乱続きで、教育の質は日本の中学生レベルという現実は、どう説明したらよいのでしょうか。

かの国々では、中学校くらいからの教育は、全て「英語」で行っているといいます。

わが国では「英語で教える学校」と言えば、教育ママが飛びつきそうなくらいの条件なのに、それをいとも簡単に、初等教育の後半からクリアしているのです。

なのに、経済や政治、産業、仕事は…数百年間、途上国。

英語力と仕事の力は、比例しないのです。

大半の日本人は、当事国の言語どころか、英語すらまともにしゃべれないので、そういう国の人と話せば、「しゃべっている英語」だけを聞いて、「いいなあ、英語が上手で」と錯覚します。

確かに、しゃべっている英語だけに限れば、発音もきれいだし語彙も豊富だし、文法的にも間違いが少なく、まさに英語で思考を行っているほど、理路整然と話します。

ですから、「会話が上手」という表面的事実を見ただけで、我々は「アフリカやアジアの人は英語が上手だ」と思いやすいのです。

人は、「自分が苦手なこと」をやすやすと成し遂げる人を前にすると、途端に思考が停止して、憧れや羨望の気持ちに支配されやすいものです。

ですが、彼らの国の近現代史を踏まえて、よく考えてみましょう。

「英語で教育を行う」のは、日本人からすれば「理想の環境」かもしれませんが、アフリカやインド、東南アジアは16~17世紀にイギリスの植民地にされて以来、母国語は強制的に排除され、語彙の成長が止まってしまったのです。

例を挙げれば、僕が1年間住んでいたマレーシアでは、風土や自然、生活や宗教に関する言葉はマレー語ですが、高度な思考や文明的話題に関する会話になると、途端に英語に由来するマレー語に変わります。

例えば、マレー語では英語の「tion」が「si」に変化し、「communication⇒komunikasi」となり、同様の語句が溢れています。


talipon(telephone),
komputa(computer),sekolah(school),buku(book),teknologi(technology)なども同様で、科学技術や学術・文化に関する語彙は、マレー語には存在しないのです。

タガログ語やタイ語も同様で、ヒンドゥー語も同じです。

これに比べれば、コンピュータを「電脳」、飛行機を「飛機」、テレビを「電視台」と翻訳した中国は、さすがに大国のプライドを持っているといえます。

韓国では1860年以降の政治経済、科学技術に関する語彙は、全てといっていいほど日本語を韓国語読みしたもので、韓国語だけは「難解な言葉ほど簡単に覚えられる」という珍現象が生じます。

先物取引(去来)、造船疑獄、証券金融、減価償却、国際法的見地、挙党体制、学術上解釈、貿易黒字漸増、執行猶予三年、遺伝的素質…

こんな、英語なら「どう言ったらいいんだ?」と思いそうな語彙でも、韓国語なら簡単です。

だって、それは全て日本語だから。ただ読み方だけ、韓国式の漢字の発音を覚えればいいのであって、僕は韓国語は「日本語の方言」といっていいほど簡単な言語だと思っています。

世界に数多くの言語があれど、日本人が集中すれば3ヶ月でマスターできる言語は、韓国語をおいて他にないでしょう。

僕がもう1年以上、「1時間500円」で韓国語を学生に教えているのは、韓国語は外国語と呼べないくらい簡単で、今のうちに覚えておかないのは損だと思うくらい楽に習得できる言語だからです。

ということで、アフリカ諸国やインド、東南アジアの人たちが「英語が上手」なのは、「母国語でそれに相当する語彙がないため、思考の領域で日頃から英語を話している」という事情によるものです。

要するに、「英語の学習に熱心だった」のではなく、「母国語に翻訳・変換する努力を怠っただけ」というのが正解で、英会話が上手なのは、そのためなのです。

英語学習において、「会話」で学べるものはどちらかと言えばそれほどレベルが高いものではなく、交流かちょっとしたビジネスに役立つくらいでしょう。


わが国では、聖徳太子の昔から、その国の思想や文化の結晶とも呼べる「原書」、「原典」を徹底精読し、漢語や梵語、朝鮮語、ドイツ語、オランダ語、英語、フランス語などで、現地の人でも読みこなせないほどの文献を翻訳してきた歴史があります。

そう、母国語に「翻訳」したのです。これは、すごいことなのです。

それはつまり、日本語でそれに相当する語彙を案出・照合し、血のにじむような思いで外国語と格闘してきた、ということです。

ですから、わが日本ほど、世界中の文学や思想が翻訳・出版されている国はなく、保存好きの国民性とあいまって、中国や朝鮮の史料・資料は、日本の国会図書館や大学図書館が、世界で一番揃っているのは、よく知られた事実です。

アメリカやイギリス、フランスなどが、世界中から戦争のついでに強奪してきた文物を「スミソニアン博物館」、「大英博物館」、「ルーブル美術館」とかいう名前を付けた建物の中で飾っているのとは、わけが違うのです。

わが国の先人は、現地まで留学し、原典を忠実に筆写した記録を持ち帰って、私塾を作って翻訳し、系統的に学習してきたのです。

そして、そのようなレベルで外国語を深く吸収し、「母国語において」という条件の元で深い思索を行った時のみ、初めて産業や学術が発展していくのです。

ですから、会話だけがいくらうまくなろうと、外国の文物や文化の精髄を学ぶことなどは不可能なのであり、本当に外国語に熟達し、外国語を使いこなそうと思えば、やはり思想や哲学、文学を読み込まねばなりません。

「会話」は見えやすく、聞きやすく、さも「英語ができる」ようには見えますが、会話だけできるなんてのは、「英語ができる」と言ってはいけないほど、お粗末な習得状態というほかありません。

先に挙げた国々は、こういう外来語との格闘を行わず、植民地にされ、そこで宗主国の言語を話すことが「トレンディーだ」と考える過ちを犯したわけです。

ですから、英会話は非常に上手です。しかし、経済は何百年たっても貧しく、これからも政治とともに、あまりレベルは上がらないでしょう。

僕もマレー人やフィリピン人と何度も話したことがありますが、彼らの課題はいつも「身近な生活」や「給料の話」であり、文化や文明に対しては、あまり関心を持っていないようでした。

もちろん、そうであるからこそ考えさせられることも多い点では、僕は欧米諸国よりも、若いうちはアジアに旅行、留学すべきだと強く信じています。


思想や文学の学習に裏付けられない外国語など、学んでも何の意味もない「時間の無駄」に過ぎません。

例えば、これは昨日の「近現代史勉強会」でも話した例ですが…

「There's nothing to see in the Dazaifu Shrine, I don't know about Michizane Sugawara, so I suggest you to visit Canal City Hakata or Marinoa City Fukuoka, bye!」

(太宰府天満宮には、さして見るべきものはありませんし、私は菅原道真公については知りません。それより、キャナルシティ博多やマリノアシティをご覧になってはどうですか?さようなら)

といった会話は、たとえ「英語で」話していたとしても、こんなのを「英会話」と呼ぶのは低能な人間だけでしょう。


外国語によるコミュニケーションとは、たとえば英語なら「英語を話すこと」には何の価値も意味もなく、「英語で話す」という時に、初めて外国語で話す意味が生まれるものです。

たとえ発音がきれいな英語が話せようと、わが日本が誇るべき太宰府天満宮や道真公のことを知らず、あろうことかショッピングセンターを紹介して去るとは、なんという醜態でしょうか。

こういう人は英語などしゃべれない方がいいし、自国の文化や歴史を知らない、知ろうともしない人間に、アルファベットなど教えなくていいのです。

外国人と話せば話すほど「日本人はバカだ」、「日本人は自分の国を説明できない奴らだ」という評判が広がるだけで、なんと間違った教育でしょうか。

しかし、内容は空疎で人間的に軽薄な人でも、「少しでもアメリカ人っぽく英語を発音し、かっこよく会話をしてみたい」というカモが多いのが、わが国の英語学習環境です。

こういう白痴的な動機でしか外国語を学ばないから、どの留学生に会っても、いつも「日本語、上手ですね~」しか言うことがないのです。

ああ、アホらし…。こりゃ、英語学校がボロ儲けするわけです、ほんと。


安く本気で学びたい人は、西南4年・I君が主宰している「UTDイコネクト」に行こう!と言いたいところですね、ほんと。

http://ameblo.jp/up-to-date/entry-10017683090.html

I君は本気の学生さんですよ。語学について語り合いたい人は、ぜひ知り合いになっておくといいでしょう。

本題に戻って…だから、どれだけ英語「を」話せようと、それを通じて話される内容がつまらなければ、何の役に立つわけもないじゃありませんか。

英語の発音が良かろうが、会計やセールスを知らない人が、何の仕事ができると言うんでしょうか。

近年は、そういう「語学障害者」向けに、内容をカッコよく演出した「ワーキングホリデー」なる商品が発売されていますが、「労働休日」と翻訳すれば、これは「フリーターat海外」でしかないのはすぐに分かります。


例えば、ある中国人か韓国人が、いかに日本語を上手に話せるとしても、「貸借対照表」や「商談」についての知識がなければ、日本で経済的にいっぱしの状態を築くのは、まず不可能だと言ってよいでしょう。

それは、「労働差別」でも何でもないのです。ある国の言語の「会話」が上手なのと、基礎的な実務知識を持っているかどうかは別のことであり、「外国語を話せること」だけでは、外国語は何の目的も果たさず、通訳か観光ガイドしかできないのです。

つまり、営業やビジネス実務を知らない日本人が「接客」という瞬間的、散発的人間関係の処理を担当する仕事しかできないように、経営や営業を知らない日本人が英語に堪能になっても、できる仕事はフリーター並の仕事しかありません。

別に「接客」をバカにしているわけではありません。

お客様のために誠心誠意尽くす姿は大事だし、見ていて美しいものです。

しかし、接客という仕事は相手と継続的に付き合い、人間関係を発展させていく必要はあまりないし、相手の業務や人生観を理解する必要もなく、ただ、要求される商品を心地よく届けて代金を回収するのが主目的です。

こういう仕事を目指す学生ほど「人と会える仕事がしたいんです!」とか言いますが、そりゃ、人とは多く会えるでしょう。

しかし、「どういう会い方をするか」を考えれば、皆さんがベローチェに行って、別に「店員さんと仲良くなろう」と思うこともないように、やはり、相手から見れば「ただの店員」に過ぎません。

こういう学生の言う「人と会う」という行為は、翻訳すれば「物理的にすれ違う」だけのことであり、僕には「多くの人と物理的にたくさんすれ違いたいんです!」と聞こえます。

今がヒマなのか退屈なのかは知りませんが、「会う」という行為を非常に表層的に捉えた、唯物論的志望動機と言えます。

「会う」という行為を、相互の利益を増大させ、時には試練にも耐えながら、信頼や期待を育てていくという本質的な点で考えれば、営業や企画こそ、「人に会う仕事」です。

つまり、接客は「すれ違う仕事」であり、それは、たとえ英語を使っていようが、何ら変わりはないのです。

英語「で」話す話題が成長しない限り、きれいな発音も豊富な語彙も、全く役に立たないのが事実です。



ということで、「英語が上手=仕事に有利」というのは、全くの嘘っぱちかデタラメだということが、よくお分かりになったことと思います。

僕は18歳で英検準1級を取ったので、TOEICに換算すれば「680~720点」程度で中退したわけですが、当時は経済学部とはいっても、まだ簿記や営業、貿易実務、商品管理などの知識はゼロと言ってもよかったため、貿易会社に入った時は、全く書類が整理できませんでした。

ということで、クアラルンプールの紀伊国屋書店で「貿易実務」、「財務諸表論」、「商業英語」などの本を買い、深田祐介さんの本と合わせて読みまくったものです。

その時の語学学習といったら、大学受験や英検以上の真剣さでしたから、もちろん英語力もさらに上がりましたが、それ以上に痛感したのは、「英語だけできても何の意味もない」という当たり前の事実でした。

僕はユーゴスラビア人の留学生と一緒に住んでいたので、家にはウガンダやカザフスタン、イラン、アルジェリアなどの留学生がよく遊びに来ていました。

彼らはTOEICに換算すればかなりの力を持っていましたが、それでもマネーセンスや営業力がなかったため、なんと、驚いたことに、せっかく留学しておきながら、卒業後は「ドーナツ屋」や「電気屋」に就職したのです。

要するに、何語を話せようが、会計やセールスを知らない人間は、どこの国に行っても接客か行商人程度の仕事しかできない、ということです。

外国語検定試験は、一応客観的有用性の訴求のために「実用○○」とかいった呼称が付いています。

しかし、それはほとんど現実と乖離しており、試験の点数が良くても、現地で働くとなると、語学力以外の力が必要になるのは当たり前のことです。

こういう現実をよく知っていたからこそ、明治の先人は、思想や文明の最も深い部分を外国語で読みこなし、それを何十年もかけて日本語だけで表現する苦労を厭わなかったのでしょう。

一体、本当の意味で「外国語ができる」のは、外国人と日本人の、どちらなのでしょうか。

このような学問史、思想史を保有しておきながら、それより劣った「英会話」に飛びつくとは、なんと愚かな勘違いでしょう。会話は話題が育ってからやればいいのです。

岡倉天心、新渡戸稲造、内村鑑三など、今もってわが国のイメージを決定するほどの著作を英語で残した先人は、既に今から100年も前に…

「外国語で新知識を学ぶのもよいが、これからは外国語で日本を発信する時代なのだ!」

と悟り、外国語学習に本来あるべき動機を設定しました。

「英語で情報収集」、「英語で文化武装」という植民地型・受身型の学習姿勢を改め、外国語を通じてわが国の精神文化や思想、伝統を積極果敢に発信した先人の気迫を思うと、現代の英語学習は、植民地以下の低劣なものだと言えるでしょう。

だって、そこには思想も文化も何もなく、「猿の白人ごっこ」と変わりません。

話題がない人が「ブログ」を持っても、「便所の落書き」で数日で終わるように、思想や哲学を持たない人、歴史を知らない人が外国語を学ぼうと、表面的な交流しかできないのは、学び始めからあまりに明白な事実だと言えるでしょう。

ソフトがないハードは、ただの粗大ゴミです。



ということで、賢明な皆さんは、まず、わが日本の文化や歴史、思想や伝統を徹底的に学びましょう。そして次に、会計や経営を学ぶことです。

そうして「伝えずにおれない何か」を持った瞬間、初めてあなたの外国語がモノを言うようになるでしょう。

「英語が上手=仕事に有利」なのではなく、「国語が上手=仕事に有利」です。このあまりに単純すぎる前提を、どうぞお忘れなく。


ということで、今日は「語学」や「留学」を就活のネタにしたい方には、ちょっと役に立つかもしれない話題についてお話しました。

思考が浅い学生は「英語を使える仕事がいい」などと言いますが、そんなのは「学んできたのに使わないのはもったいない」という個人的経験の反動に過ぎません。

皆さんは「英語で御社の商品を世界中に売りさばきます!」と言いましょうね。

大抵の学生は、「グローバル化」とか「国際化」といった言葉にかぶれていますから、そういう中で会計や営業、母国語や日本文化に対する動機を優先して表明すると、そりゃ、採用したくなります。


ちなみに、このような「社会通念の壮大なごまかし」を知りたい方は、近現代史勉強会に来られることをオススメします。

「英語が得意⇒仕事に有利」なんて恥ずかしいことは、もう言いたくありませんからね…。

■「内定への一言」バックナンバー編

「何をやってきたかより、何をやれるかで自分を評価しよう」




こんばんは。昨日は一日中、『暗黒日記』(清沢洌/評論社「復初文庫」)を読みふけっていた小島です。

戦前の貴重な記録にして「日本人と教育」を論じた一級資料なのに、岩波文庫から復刊された「暗黒日記」には本編の1/3しか収録されておらず、どうにかして「評論社版」の合本を探すも、既に「品切れ」…。

ところが、先日立ち寄った六本松の葦書房に、なんと4,500円の格安価格で、そこまでは要求していなかった「昭和21年版」が売っていました。

これは実にすごい本で、日本人の深層心理、群集心理が手に取るように見えてきます。こういうのを、本当の日記、記録と言うのでしょう。詳細は夏の「近現代史勉強会」で。



今日は朝から…

8:00~9:30 Business Cafe『信ずることと知ること』(小林秀雄)
10:00~12:30 FUNゼミ リーダー塾⑥『歴史に学ぶリーダーシップ』
13:45~15:30 FUNスピーチ塾④『例え話の作り方と使い方』
16:15~17:30 FUN近現代史勉強会⑪『文化なき文化國家』

というスケジュールで、先ほど帰宅しました。

今日は西南国際文化3年のAさんが新たに仲間に加わり、またまた活気が高まりそうで、来年の活動が本当に楽しみですね。女子大3年・Tさんは本当に友達いっぱいで、頼もしい限りです。



さて、僕は最近は全く本業をやっていないんですが、今まではフリーターや中途採用社会人を対象とした再就職・転職支援をやってきました。

記者時代の思い付きから始めた仕事で、色々と考案したノウハウも多いのですが、やはり、就職や転職には世代や経験に応じたメリットとデメリットがあり、案外、当事者がそれを知らないことに驚くこともあります。

ということで、今日は「新卒」ならではのメリットを簡単に説明します。



これは、知っている人は知っているでしょうが、世の中で新卒のみが、「見込み」だけで採用してもらうことができます。

要するに、できるかできないかではなく、できたかできなかったかでもなく、「やりたいかどうか」で判断してもらえるというわけです。

つまり、「過去」や「現在」以上に、「未来」に比重を置いた志望動機を語れるのが、新卒の一番のメリットだと言えるでしょう。


「え?それがどうメリットなわけ?」と思った方もいるでしょうから、皆さんがそのまま卒業すれば、どういう基準で見られるかをご説明します。

社会人の転職には、エントリーシートではなく「職務経歴書」というものが必要になります。あまり重視しない会社もありますが、重視しない会社はあまり良くない会社だというのが僕の印象です。

僕の持論としては、「学歴不問」とか「経験不問」なんてことはあまり言いたくなく、そういうのは学歴コンプレックスのある人間のまやかしだと思います。

やはり、その人がどういう人間であるかを知るのに「過去」は貴重な情報源だし、25歳も過ぎれば、人がいきなり「突然変異」をする、なんて出来の悪い進化論めいた話は信じられません。

出た学校が有名であれ無名であれ、本人が誇っていれば、それは立派な経歴です。大学名しか誇れない人も使い物になりませんが、学歴を軽視する人も信用なりません。

ですから、過去は与信対象としては、立派な基準になります。


大体、社会に出ておきながら語るべき物語を持っていない人間に、まともな未来が開けると考える方がおかしいし、「経験不問」と言っておきながら、それは宣伝上の文句で、実際は過去で評価する、なんてこともよくあります。

ですから、僕の仕事の大半は「経済教育」であると同時に、もう一つは「埋もれた物語の発掘と再現」や「言葉にならなかった経験や思いの抽出・整理」です。

人に説明する時は面倒なので「再就職支援」と言っていますが、実際は脚本家や翻訳家の性質が強い仕事で、非常に言語感覚が鍛えられる仕事です。


さて、「職務経歴書」はその名の通り「職務」の経歴を時系列で記した書類ですが、そこには具体的な①期間、②規模(人数・予算)、③目的、④関係者、⑤成果、⑥所感を過不足なく記入せねばなりません。

しかし、「辞めればいーことあろーもん」という気分で気軽に辞めた社会人には、なんと、驚いたことに、人にまともに語れる職務経歴すらないのです。

これは、信じられないことかもしれませんが、本当に「着替え」のような感覚で転職を希望する人が、驚くほど多いものです。

そういう社会人やフリーターの中で「一番多い経歴」は何だと思いますか?

それは…。

「一身上の都合」です。


毎年ほどよく身内の不幸があり、それと間隔を隔てるように「人間関係のもつれ」、「超過残業」、「約束違い」、「夢への挫折」が起こるなんて、「一身」に対して、そんなに都合よく事件が起こるはずがありません。

中には、まともな仕事を任せられる前に解雇された人や、「それで職務か?」と思うほど瑣末な作業を雑然と書いている人もおり、世の中には自分をうまく説明できずに貧困や就職難に苦しむ人のなんと多いことか、驚かずにはいられません。

そして、そういう人ほど決まって、「人のマネはしたくないっす!」とか、「今はダメでも、未来で勝負するっす!」とか言うんです…。

あんたねぇ…。

「人のマネはしたくない」なんて、マネできる実力がある人間だけが発言を許される言葉で、マネする意志力もない人間には、そういうことを言う権利もないんだって。

「今はダメ」なら、未来もダメなんだって…。じゃあ、なんで前職の文句を言ってるんでしょう。慣れた職場でもダメだった人が、どうして新天地でそれ以上の成果を出せるというのか。

こういう方々の職務経歴書をバッチリ仕上げ、本人の人格までも文章のように変えてしまう僕って、やっぱり天才なのか?と思うほどです。

ひとたび社会に出れば、夢を語る前に、それにふさわしい過去を保有していなければ、未来を語る資格は奪われてしまいます。

もちろん、夢やビジョンを聞く会社はたくさんありますが、前職の不満を口にする人や、「環境が変われば頑張れる」という人は、まず受かりません。

ちゃんと、職務経歴書を通じて客観的に検証・共有できる履歴を公開しない限り、中途採用の場合は話が進まない場合が多いのです。

それに、1~2年でまともな仕事を任されることはなく、それくらいの期間は大事な下積みですから、下積みの意義を積極的に描かず、下積みのうちに辞めた人間は、職務経歴以前の問題で、正直、「話にもならない」のです。

もちろん、退職者にこういう話をすると、「ちょっと待って下さい。私にだって言い分はあります」と勇ましくなりますが、それは僕に言うことじゃなくて、前の職場で実行しておくべきこと。

退職については無関係、そもそも面識すら発生していなかった僕に不平や不満をぶつけて自分を正当化するほど、「ああ、クビにされて当然だなあ」と思うわけです。

このように、過去の怠慢や前職の中傷によって「夢を語ること」を禁じられた社会人は、乏しい過去のみで勝負しないといけないため、転職において給料が上がることは、まずありません。

学生さんは「夢が見つからない」、「やりたいことが分からない」と言って悩んでいますが、あと数年もたつと、たとえそれがあっても、それに見合う過去の実績を持っていなければ…。

「夢はいいから、何やったの?」と言われるだけです。夢で、未来で自己表現できない辛さは、そういう状態に陥って初めて分かるようで、それで困り果てた人たちが僕の所に来て「再生」するのです。

ここまでご説明すると、新卒という身分がいかに恵まれた立場か、よくお分かりだと思います。

それは別に「甘やかされている」という意味ではなく、「初めて社会人になる」という人生のステップアップの舞台に、どういう意気込みを持っているかという「覚悟」が判断基準になる、ということです。

新卒ゆえに、職務経歴が聞かれることはなく、「働く姿」は学生時代の諸経験からの類推で描かれ、「将来への意思表示」は丸ごと聞いてもらえます。

判断はその先の問題ですが、未来を堂々と語って許されるという立場は、利用しない手はありません。

もちろん、そのメリットに付け込んで虚偽報告や誇張を行おうと思っても、そんなのは5秒くらいで見破れますから、そういう「背伸び」や「メッキ」を奨励するのではありません。

それよりも、「仕事そのもの」より、社会や人生に対してどのような考え方を持っているか、どういう人間になりたいか、どういう生き方をしたいか、それが新卒の一番のニュースなのです。

つまり…。

「何をやってきたかより、何をやれるか」が大事だということです。

学生さんは「自己分析」といって、さも自分の価値は2年弱の大学3年生の時点で決まってしまったかのようにノートを書きなぐっては、ため息をついたりしていますが、それは「話題は過去から探すもの」と思い込んでいるからではないでしょうか。

もちろん、過去に素晴らしい経験がある方は、それを堂々と語るべきです。

しかし、皆さんの身分だけが「未来」を同等に語って歓迎されるのだという事実も、自己分析や志望動機作成の際には思い出してもらいたいことです。

人の価値は過去でも決まりますが、それ以上に未来によって決まるもの。

多くの学生は「過去か今によって未来を決める」という思考方法を採りますが、それは逆で、「未来を描けば今が変わる」と考えるべきです。

要するに、自分の価値は「夢」で決まる、と本気で信じていいのが新卒の特権です。

しかし…この世で一番自分の夢を疑い、自分を邪魔し、自分を批判するのも、また「自分」です。

我々は劣勢に立たされたり、物事がうまくいかなくなると、すぐに「適切な責任者」を探し、自分だけを潔白に保とうとしたがりますが、そうすればするほど、自分の責任が際立つばかり。

本当のところ、環境も他人も、どれだけ頑張っても、若者の夢を阻害したりできないのですが、惜しむらくは、自分で自分の芽を潰してそれを「景気」とか「時代」のせいにする若者の多さです。

話題が足りないと思う方は、過去だけを見るのではなく、未来も話題に加えましょう。別に心配はいりません。実行して達成すればいいんですから。

「お客様に、君がいてよかったって言われたいんです!」

「同期トップを達成したいです!」

「5年後、新人が憧れる上司になりたいです!」

そういう話題を、どんどん付け加えればいいではありませんか。

大半の新卒は「でも、やれなかったらどうしよう…」と考えて遠慮しているんですから、話さない手はありません。

話せば、人事担当者も先輩も、皆さんの夢を理解し、応援します。そして動けば、必ず夢は叶います。

成功は簡単なことです。

「言って、動いて、そうなるまでやめない」だけで、小学生でも理解できるプロセスを踏めば実現できるんですから。

頭がいい人間ほどこういう単純な哲学を疑いますが、そういう人こそ世の中で一番頭が悪いのです。だって、「自分で自分の邪魔をしているから」。

「実は、頑張るのは嫌なんだ」と言う人は知りませんが、本当に頑張りたい人は、会社だってそういう新卒には万全の応援体制で応えたいと望んでいるんですから、どんどん夢を表明すべきです。


皆さんが今、自分が運営している野球チームに「小学生」を採用するとしたら、どこを見ますか?

日頃の素行もある程度は判断するかもしれませんが、それ以上に「4番になりたいです!」、「ショートを守りたいです!」、「ホームラン王になりたいです!」という意欲ではないでしょうか。

そして、そういう夢を表明してもらってこそ、要望に応じた指導や支援が可能になるというもの。ですから、夢を「孤独な作業」と考えず、「チームプレイ」だと捉え、積極的に発信すべきです。


社会人になって転職する時は、全て職務経歴、つまり「実績」や「信用」で語らないといけないので、その頃になって「夢を語りたい」と思っても、新卒のように単純にはいきません。

将来語るべき実績は、まさに今の自分が「最初の仕事」をどう考えているか、によって決まるのです。その意味では、今の決断で、この5年くらいの将来は全て決まってしまう、ということです。

そう考えず、「今だけ」、「とりあえず内定」と思って夢を出し惜しみし、小利口な要領だけで受かった人が、応援も理解もされず、寂しく退職して、語るべき実績を持たないフリーターになっているのです。

夢の発信は、内定のためだけに必要なのではなく、むしろ、その先の皆さんの活躍にこそ、大切なこと。

「言ってできなかったらどうしよう?」などは愚問で、「言ってやらなかったらどうしよう?」と考えるべきです。自分がやれば、あとは周囲が応援してくれるし、周囲が応援してくれれば、不思議なくらいの力が出ます。

未来の自分と約束し、それを必ず達成するのだと言い聞かせ、「やってきたこと」に感謝しつつ、「これからやれること」を描いて自分を鼓舞していきましょう。

■「内定への一言」バックナンバー編

「大きなものが小さくなっていく落差を利用すれば、

君は巨大な儲けを手に入れられるだろう」

(藤田田)




こんばんは。今日は久しぶりにブックオフに行って、またまた貴重な本を数冊手に入れてご機嫌の小島です。

やっぱり、年末と2、3月は外せませんね。

部屋の掃除で本を売る人が多く、僕にはこの時期は一年で唯一、「バーゲン」に相当する貴重な仕入れの季節です。



さて、今日の就活コース⑥もまたまた参加者が増え、例年にも増してにぎやかな雰囲気でした。

今日のテーマは「志望動機」で、参加者それぞれが今の段階で持っている知識や情報を組み合わせ、様々な課題や成長を発見したようでした。

そんな中、あるグループから「私は情報を与えるのもいいけど、提供する側になりたい」という話が聞こえてきました。見てみると、2年生の夏からFUNで頑張っている西南法3・Kさんではありませんか。



聞いてみると、どうやらITへの興味が強まってきたみたいで、グループワークでは「ホームページ」が主要な話題になっていました。

「全部英語で分からない」
「それなりの勉強をしないといけない」
「私には無理そう」…。

いえいえ、ホームページ作成はとっても簡単です。それに、これを持っているのといないのでは、情報の受発信に隔絶した差が生まれます。

それに情報は、「集めたがる人」のもとには集まりません。「与える人」の所にばかり集まります。

ということで、皆さんもこの就活の時期、いっそ自分のHPを作ってみませんか?僕も記者時代に自分でやってみて、一日でできました。

今は8年前と比べ、もっと簡単になっているので、今日はいつもとは違った趣旨で、本メルマガでHP作成を練習してみましょう。

まず、HPは、ある「言語」によって脚本が書かれています。それが「HTML」という言語で、「HyperText Markup Language」の略であることは、以前にも紹介したことがあると思います。

ネットに接続すると、URL(Uniform Resource Locator)、つまり俗に言う「アドレス」の始まりは、必ずといっていいほど「http」となっていますよね。

これは「HyperText Trasfer Protocol」の略で、先ほど出たばかりの「ハイパーテキスト」によって書かれたプログラムによって情報を変換しますよ、という意味です。

ということで、全てのHPのプログラムは、最初が「html」で始まり、最後は「/html」で終わります。例えば…

<html>
俺の部屋
</html>

これが最も基本的な仕組みで、最初に指定したタグ(< >で囲まれた部分)によって効果が決まり、その効果が終了する場所に「/」を付けた同様のタグを書き込むわけです。

しかし、HPには必ず何らかの文字、画像、図形などが記載されているもので、「情報」を掲載しなければHPの意味がありません。

ですから、通常のHPでは、「html」の後に「body」を付けます。これは「本体」とでも解釈すればよく、要するに「情報そのものはここから始まる」という意味です。

では、今お使いのPCの「スタート」から「アクセサリ」を開き、今までに何度か使ったことがあるであろう「メモ帳」を開いて、そこに…


<html>
<body>
○○の部屋へようこそ
</body>
</html>


と書き入れてみましょう。

書くのが面倒な方は、この部分をそのままコピーしてもいいですよ。もちろん、「○○」の部分は、皆さんの名前にしましょう。

書きましたか?書いたら「メモ帳」の左上の「ファイル」から「名前を付けて保存」を選び、「index.html」というファイル名を付けて、保存してみて下さい。

保存しましたか?そしたら、このメルマガを一旦閉じて(また戻っておいで~)、画面の左上を見ると…

なんと、「e」と書かれた、あの見慣れたアイコンが、今名付けた「index」という名称で出現しているではありませんか!

「index」の後に「.html」という拡張子を付けて保存したのは、「html言語で作成したファイルですよ」という意味だったんですね。

しかし…。寂しい。

いくら何でも、左上に「○○の部屋へようこそ」だけだなんて、味気なさすぎる…と思ったそこのあなた!

では、「index」のページの左上(左から3番目)にある「表示」から、「ソース」という部分をクリックしてみて下さい。

すると…なんと、先ほど自分で書いたhtmlプログラム(と呼べるほどではないが)が記載されているではありませんか。

今まで「ソース」を見て、「なんで調味料の名前が載っているんだ?」と不思議に思っていた方。

実は、これは「source」、つまり「元」の意味で、ブラウザ上には文字や画像で表示されていた情報が、プログラムの段階ではこういうふうに記載されていますよ、という「脚本」だったんです。

ということは、他のサイトからも、プログラムをコピーできるということなんですね(暗号化されているサイトもあります)。


では、ここに一行、下記のように挿入してみましょう。

<html>
<body bgcolor=yellow>
<body>
○○の部屋へようこそ
</body>
</html>

書きましたか?書いたらメモ帳で「上書き保存」を行い、また「index」のファイルを選んで下さい。



…何も変わっていませんね。それは当然です。今の段階では、先ほどの状態を保っているからです。

ということで、左上のメニュー(「戻る」から3つ右)の「更新」をクリックしてみましょう。Windows XPの方は、緑色の矢印が上下で回転しているアイコンをクリックしてみて下
さいね。


すると…あらら、背景が黄色一色になってしまいました。

実は先ほどの<body bgcolor=yellow>というタグは、「本体の背景(back ground⇒bg)の色を黄色にしますよ」というサインだったんですね。


でも、これでもまだ寂しいのには変わりありません。やっぱり、「自己紹介」くらいしたい。じゃあ、以下のように書き加えてみましょう。

<html>
<body bgcolor=yellow>
<body>
○○の部屋へようこそ<br>
<font color=blue>
PROFILE
</font>
</body>
</html>


<br>というのは「branc」の略で、要するに「改行(空白)」のことです。このタグを入れると、そこで折り返します。

<font color=○○>というタグは、後に</font>で締めくくられる部分までの文字の色を、「○○色」に変えますよ、というサインで、英語か指定の数値で決定します。blackでもblueでもgreenでもpinkでもOKです。

さて、また「上書き保存」を選んで「更新」してみると…。なんと、青い文字で「PROFILE」が出てきました。


「でも、小さいぞ」と思った方は、

<html>
<body bgcolor=yellow>
<body>
○○の部屋へようこそ<br>
<font color=blue>
<font size=5>
PROFILE
</font>
</font>
</body>
</html>


としてみましょう。<font size>なんて、なんだか目が慣れてきたせいか、ちょっと仕組みが分かった気分で嬉しいですよね。

ここでは、末尾に</font>が一つ増えているのに注意しておきましょう。

さて、こちらももう慣れてきた「上書き保存⇒更新」をしてみると…。あらら、「PROFILE」の文字が、さっきよりちょっと大きくなってしまいました。

「ちょっと慣れてきたぞ」と思ったら、

<html>
<body bgcolor=yellow>
<body>
○○の部屋へようこそ<br>
<font color=blue>
<font size=5>
PROFILE<br><br>
</font>
</font>
■○○大学○○学部○○学科○年<br>
■氏名 ○○○○<br>
■志望業界 ○○業界<br>
</html>
</body>



としてみましょう。

<br>の位置と数を注意して見てみると、2つだと一行空いているのが分かりますか?

<br>は改行と行間調整を考え、バランス良く配置しましょうね。

ここで、「メールが欲しい」と思った方は、「志望業界」の次の行あたりに、

<a href="mailto:・・・・・・・・@・・・・.ne.jp">メールはこちら</a>

と入れてみましょう。アドレスは自分の携帯電話のものでいいでしょう。できたら、また「上書き保存⇒更新」をしてみると…。


なんと、待望のリンクボタンが登場しているではありませんか!そこでメールを送ってみると…。

携帯にメールが届いてしまいました。

ホームページって、なんて簡単なんでしょう。



さらに、「メールはこちら」で一旦改行して、その次の行に、

<a href="

http://funhp.web.fc2.com/ ">企業取材サークルFUN</a>

と挿入して、また「上書き⇒更新」をしてみると…。なんと、見慣れたFUNのホームページへ一発ジャンプ!すごいですね。


これから先は書くと長くなるので、部員の皆さんにもよく教えているサイトをご覧の上、ご自分で練習されるとよいでしょう。

ここまで説明した仕組みが分かれば、案外作れるものですよ。



■ホームページ超初心者道場
(変なパンダが妙に気になる…という人も)
http://www.eva.hi-ho.ne.jp/misteroz/hpmaster/HP1.html

■無料ホームページテンプレートの素材屋
(メールフォームやテーブルタグも揃っていて便利)
http://hp-sozai.net/

■みんなのタグ辞書(略して「みんタグ」)
(タグがたくさん揃っていて、遊べる小技もいっぱい。Javaもあり)
http://heo.jp/tag/



今、皆さんのPCの「index」のソースには、

<html>
<body bgcolor=yellow>
<body>
小島尚貴の部屋へようこそ<br>
<font color=blue>
<font size=5>
PROFILE<br><br>
</font>
</font>
■西南学院大学経済学部中退<br>
■氏名 小島尚貴<br>
■志望業界 独立起業<br>
<A HREF="chance-maker.nao@ezweb">メールくれ</A><br>
<a href="
http://funhp.web.fc2.com/ ">企業取材サークルFUN</a>
</body>
</html>

と書かれていますか?これは練習でも今後に応用できるので、ぜひこれから先のブラッシュアップのためにも残しておいて下さいね。

ホームページの所有は…

①時間の保存・再生・移動
②情報の受発信
③自分の知名度向上・興味の伝達

を意味し、何を載せるかを注意深く考え、うまく活用していけば、ゆくゆくは自分のHPを使ってちょっとしたビジネスもできたりしてしまいます。

今、皆さんが先ほどまで持っていた「先入観」は、どうなったでしょうか?HPなんて、全然難しくないというのが、よく分かったでしょう。

今までは作れる人を見ると「すごいなあ」と羨望のまなざしで見つめていたかもしれませんが、こういう基本的な仕組みを知るだけで、あとは興味と努力次第で誰でも上達できるのです。

ネットで情報を検索していても、それはいつまでたっても「受身」のままです。IT社会の本当の武器は、「発信者になること」によってのみ、享受できるのです。


17歳の時に、藤田田さんの『ユダヤの商法』(KKベストセラーズ/絶版)を読み、あまりの感動と驚きに居ても立ってもいられなくなった高校生・孫正義、後のソフトバンク社長は、7回も東京を訪れて藤田社長への面会をお願いし、やっとそれを実現させました。

孫青年がまれに見る野心と情熱を持っている様子に好感を抱いた藤田社長は、

「石油ビジネスなどやめなさい。私が君の年齢なら、迷わずコンピュータを扱う。大きなものが小さくなっていく落差を利用すれば、君は巨大な儲けを手に入れられるだろう」

と忠告し、敬愛する藤田社長のアドバイスを受けた孫さんは、石油をやめてアメリカでコンピュータを学ぶ決意を決め、カリフォルニアに留学しました。

当時は「イナバ物置き」くらいの大きさだったコンピュータが、「パーソナル」、つまり「個人用」になる未来を藤田社長は見通し、「大きなものが小さくなる」、要するに「金持ちしか使えないものが大衆化していく」という過程に食い込めば、巨大な事業ができることを教えたのです。

しかし現在、本当に「パーソナル」であることがメリットとなるのは、「パソコンを所有すること」よりも「情報を所有し、発信者となること」においてではないでしょうか。

皆さんも自分の想像力と洞察力を生かして未来を描き、今はまだマイナーで知名度はなくても、これから伸びそうな業界にターゲットを絞り、大胆に挑戦してみてはどうでしょうか。

ITはその最たるものだと思いますし、環境でもバイオテクノロジーでもいいでしょう。また、別にハイテクに限らなくても、ローテクビジネスでも新事業のチャンスはいっぱいあります。

「就職」がそのような夢への稽古台だと捉えられれば、きっと毎日は何倍も楽しくなるはずです。

そういう夢を「myHP」に掲載し、日々の記録や写真を毎日載せていけば、皆さんのホームページは、きっと人気のサイトに育っていくでしょう。

完成の際は、本メルマガでもPRをお手伝いするので、もし作ってみた方がおられたら、気軽に言って下さいね。

配信3年、そろそろ皆さんの「受信」以上に「発信」をお手伝いしてもよい頃ではないかと思い、今日は「ホームページの作り方」を話題にお届けしました。

少しの根気と好奇心で広がる未来の選択肢を、心から歓迎していきましょう。