■「内定への一言」バックナンバー編



doよりbeを大事にしよう




何かをやろうと思ったら、すぐに手段や環境から考え始めてしまうのは、なぜでしょう。


新しいことを勉強しようと思ったら、「どの学校に行こうか」、「留学しようか」、「どこのスクールに通おうか」と考え、新しい仕事をしようと思ったら「どの会社がよいか」、「どの仕事がよいか」と考える、といったように、外的環境や手段を変えると、自分の望みが叶うと思っている人はたくさんいます。


確かにこれは、得たいものが正確に認識できている人には、正しいと言える選択でしょう。


しかし、中には学校や会社をコロコロと変えながらも、いつもストレスと欲求不満がたまってばかりの人もいます。実際、大半の人は、そうなってしまうのです。



大事なのはいつも、doよりbeです。自分がどういう人間であるかが、全ての行動を決め、結果を決めます。人は損得で動いているように見えながら、実は全ての判断を、「自分は○○な人間だ」という自己認識にそって行っているからです。



例を挙げましょう。「私は勇気のある人間だ」と思っている人は、今思っていること、今からやること、自分を取り巻く現実、自分の将来、自分の過去何を見、考える時も、「勇気のある人間は、○○するものだ」、「勇気のある人間は、○○しないものだ」という自己規範が働き、それに基いた想像と決断を下して、行動を行うでしょう。


反対に、「私はダメな人間だ」と思っている人は、そういう裏付けとなる経験や失敗を過去から念入りに、かつ瞬時に検索し、迫る現実が失敗に終わる根拠を自ら補強し、そして確実に失敗し、その後で「やっぱり、私はダメな人間である」という自己認識を強めていきます。



つまり、やっていることや居場所、環境は大事ではない、ということです。「言葉より行動が大事だ」とよく言われます。これも一面、真実です。しかし世の中には、「何をやっているか」より、「何を考えているか」が大事な場合も、往々にしてあるものです。特に「自分をどう思っているか」という自己認識の場合は、影響は深刻です。どんな人も、自分のセルフイメージからは、一刻も逃れることはできないからです。


だから、手早く変更できて気楽に思える「do」を考えるよりも、もっと決定的な影響をもたらし、効果も絶大な「be」を考えましょう。あなたはどんな人間ですか?


挑戦に対して、どんな考え方をする人間ですか?

悩む友に対して、どういう接し方をする人間ですか?

一人の時間に、何を優先する人間ですか?

偶然得たお金や時間を、どう使う人間ですか?

思い通りにいかなかったら、その現実をどう捉える人間ですか?

うまくいったら、なぜそうなったと思う人間ですか?



こういうことの答えが自分の中でしっかりと定まっていれば、不安や迷いを抱える必要はありません。それは信念だからです。信念に従って行動するとは、頑固で融通が利かないということではなく、無駄なものに心を動かされず、目標への執着を途切れさせず、一心不乱に歩みを進めていける、ということ。doでは決して、叶いません。叶えるのはいつも、beです



私は○○な人間だ。


○○が十個埋まり、その全てに同意できたら、成功したも同然ですよ

■「内定への一言」バックナンバー編


「オンリーワンかつナンバーワン





昨今のジャーナリズムでは、「ナンバーワンよりオンリーワン」というフレーズが随分はやり、定着してきた感がありますが、スポーツチームや企業においては、時として「何をのんきなことを言っているんだ!」と指弾されかねない言葉です。


相手にとって「唯一」の存在であることは、それ自体で一つの価値ですが、ただ珍しいだけで要求に満たないのは、考えものです。


やはり、観客や顧客という「相手」がいるからには、「ナンバーワン」という要件も満たしていないと、プロとしてのあり方とは言えないでしょう。



「オンリーワン」も、相手にとっての「ナンバーワン」を同時に達成している会社なら堂々と言えることですが、タダの「オンリーワン」では「だから何?」と言われてしまうのがオチ。僕は試合前に「勝ち負けはともかく、楽しみたい」と言うスポーツ選手が嫌いです。本当に勝てる選手ならいざ知らず、試合前からそんな弱気なことを言い、負け、みじめな結果に終わる選手やチームを見ていると、「こいつ、よく客にお金を払ってもらって、あんなことが言えるもんだ」と感じます。



「楽しむ」とは、よく「達人の境地」だと言われますが、勝ち負けのスリルも超越して、自由自在にゲームを支配することができてこそ、「楽しむ」と言うのが正しいあり方です。


やはり、勝たねばなりません。目的を持ち、誰かのために努力を要求されるスポーツ選手や企業経営者は、「勝つ」べき存在。同様に、プロスポーツ選手はテレビCMなどに出るべきではないとも考えます。



プロはプロの仕事で稼ぐべきであって、ファンはチームが負けてイライラしているのに、当の野球選手がニヤケ顔でCMに出ているのを見たら、どういう気持ちになるのでしょうか。最近は銀行などのCMに出る選手も多くいますが、ただ顔が知れているからといって、本業以外でもカネを儲けようとする風潮が出てくると、チームも決まって低迷し始めるものです。


ホークスも、看板選手がカードローンや預金PRのCMに出るようになって、ここぞという試合で勝てなくなりました。プロ野球選手に金融の世界が分かるのを期待するのも無理かもしれませんが、この傾向は若手選手にも広がりつつあるし、女性ファンを取り込んで市民球団となったのは良いとしても、プロスポーツとしてのあり方からは、随分離れていっている気がします。



全盛期の西武ライオンズでは、堤オーナーが選手のCM出演を厳禁し、CM相当の報酬を年俸に上乗せして、圧倒的に勝ちまくったのは有名な話です。「監督自らがCMに出る巨人など、わがライオンズの敵ではない!」と。


やっぱりプロスポーツは、そういう気迫の下に自分を鍛え上げた選手のぶつかり合いだからこそ、見ている方も感動するのです。選手がニヤニヤしながらバラエティ番組に出ている巨人が弱くなったのは、当然でしょう。選手は球場で見るのが一番です。




FUNの部員の方六十名は分かるでしょうが、顧問の僕が、「就活?さぁ~…。内定できるか分からないけど、僕にその実力があるかどうかも不明だけど、とにかく楽しもうよ!結果はともかく、活動を楽しむことが大事だよ」と言ったら、どう感じますか?「ふざけんな!」と思うでしょ?



だから僕は、いつでも「できる!やる!」とだけしか言わないのです。結果に責任を取らないなら、就職課やハローワークと変わりません。僕は毎週、どんなに小さくても、学生の皆さんの心の中に毎回「前進」や「成長」を残すことを心掛け、二年間を過ごしてきました。


二年たった今のFUNがどうであるか、結果はご覧の通りです。最近は、いろんなビジネスサークルや就活サークルがあるそうですが、皆さんの中ではFUNが「ナンバーワン」でしょう。



皆さんは、日本で二番目に高い山を知っていますか?シドニーオリンピックの一○○M走で二位だった選手を覚えていますか?知らないでしょう。二番など、誰も興味がないのです。同様に、FUN以外のサークルにも興味がないでしょうし、もっと自分の夢や現実にふさわしいサークルがあれば、そちらを選んでいるはずです。


FUNがただ「オンリーワン」で、中身は「ナンバーツー」とか「ナンバースリー」なら、誰も平日の夜に集まったり、土曜の早朝に香椎に集まったりしないはず。しかし皆、他のサークルを辞めてFUNに入ったり、他のサークルをたくさん見学した後、数ヶ月を経てFUNに入ったりするのは、「ナンバーワン」と「オンリーワン」を同時に満たしているから。そしてこれからも、FUNはそうあり続けると思っているから、みんな頑張っているんでしょう。


「オンリーワン」も、ただ自分の手抜きを正当化し、甘い努力に安住している自分を維持するために言うのでは、敗者の言い訳に過ぎません。志望企業、お客さん、友達にとって、求められる分野で「ナンバーワン」になりましょう。それが同時に「オンリーワン」にもなるための条件です。企業は学生から、そういう気迫が欲しいものですよ。

■「内定への一言」バックナンバー編


「良いことが起こるのではなく、良いと思う人がいるだけだ




毎週僕が通う場所といえば、喫茶店かキンコーズ(最近はフェデックス・キンコーズに名称が変わりましたよ。便利だから、学生さんはどんどん使いましょう!)。なじみの場所は、器具や設備がどこにあるかまで、まるで我が家のように親しんでいます。


そんなキンコーズで、昨年夏のある日、資料の折込作業をしていたら、なんと紙で手のひらの、それも手首に近い部分がスパッと切れてしまいました。無心に作業をしていた最中で驚き、血も少し出ていたのですが、瞬間的に思ったのは「手首を切らなくてよかった!」。一緒に作業をしていた大月さんと牛尾さんは、覚えているかもしれませんね。



もし同じことに遭遇すれば、僕のように幸運に感謝する人もいるでしょう。あるいは、「こんな怪我をするなんて、今日はきっと、運が悪い日に違いない」と不幸を心配する人もいるでしょう。


しかし、起こったことは「手首の近くを紙で切った」という事実、ただ一つ。



理性が戻ってから考えれば、誰でもプラスに事を処理する余裕を持てますが、僕は条件反射のように「手首を切らなくてよかった!」と言っている自分に、嬉しい気持ちになりました。


手首を怪我して嬉しいんじゃないんですよ。無意識にプラスに考えられたのが、嬉しかったんです。



プラス思考と言っても、強制的にこじつけたり、現実逃避めいたことをしたりと、僕も創業当初は苦労しました。社長だから、人前で弱音も吐けない。結果を出さないと、誰もついてこない。


「あぁ~、なんでこうなったんだ。ついてないなぁ」と思った日もありました。しかし、ひとたび心がそんな意識に支配されてしまうと、良いことはパッタリと起こらなくなります。


より正確に言えば、起こっていても見えなくなります。「オレはついてない社長だ」、「私は運がない女」と思い始めると、心の中でそれを正当化するにふさわしい根拠が続々と検索され、「よって、あなた様は不幸と認定されました」と心のコンピュータがウイルス検索結果を表示してくれます。



だから、最初は強がりでもいいから、いつもいつも「よかった」、「おかげ様だ」と念じることが大事です。何が起こっても良い方にしか考えられなくなるというのはホントです。


例えば、友達とこういう遊びをしてはどうですか?まず最初に、相手に「今日は良かったね!」と言います。そして相手に、「なぜよかったか」を答えてもらうのです。こじつけでもギャグでも構いません。これを交替で十回もやってみて下さい。


一日という短い時間の中にも、驚くほど多くの「良いこと」が起こっていることが、誰にでも確認できるでしょう。これほど役立つ精神衛生法はありません。


強がり、やせ我慢と言われても結構。そういう心的態度を今のうちに身につけておくと、何より有益な財産になります。



つまり、「良いこと」は起きません。ただ、「こと」が起きるだけで、あなたが「良い」と思うかどうかが、その事実を悔恨の記録にもすれば、成長の経験にもするのです。



松下幸之助さんは、新人の面接の最後の質問に、よく、「あんたは運がええ方だと思いまっか?」と聞いていたそうです。そして、条件反射的に「はい。運がいいです。それは○○だからです」と答える人を積極的に採用していたそうです。


○○が何であったかは、問題ではありません。ただ、そういう風に関連付けられる心構えが、歴史に残る大実業家の発想と同じチャンネルだった、というだけのこと。企業経営や仕事はハプニングの連続で、毎日何らかの想像と決断を行っているのですから、「嫌なことを起こさない」と考えるよりも、「起こったことを全て生かす」と考える方がずっと健全です。



さて、今日は朝から地震があってびっくりした始まりでしたが、今日はいい日でしたね!いい日でしょ?いい日じゃないわけがありません。


だって、○○があったじゃないですか!…○○を忘れるか、明日への原動力にするか、それを決めるのはあなただけですよ。