バスツアー参加したことある?

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観光バス記念日」
1925年のこの日、 東京乗合自動車により日本初の定期観光バスである「ユーランバス」の運行が開始された。
(Wikipediaより)

バスツアーに参加した事はないです。
興味なくはないけど、そんなに行きたいとは思わないです。

先週金曜(10日)の記事です。
ネットで話題になっていましたね。
何とも・・・なニュースです。
↓ 
警官「10年近く妻に小遣いもらえず」・・・
ドライバーでさい銭箱開け、200円盗む
(読売新聞オンライン)

神社からさい銭を盗んだとして三重県警は10日、県警名張署留置課の男性巡査部長(42)を、窃盗と特殊開錠用具所持禁止法(ピッキング防止法)違反の疑いで津地検四日市支部に書類送検した。
巡査部長は、停職3か月の懲戒処分を受け、同日付で依願退職した。

発表などによると、巡査部長は今年3月1日、当時勤務していた四日市西署から帰宅途中、管内の菰野町にある神社でドライバーを使ってさい銭箱を開け、約200円を盗んだ疑い。
また先月7日、正当な理由なく、ピッキング専用工具を所持していた疑い。

防犯カメラの映像などで発覚した。
巡査部長は「10年近く妻から小遣いをもらえず、弁当も自分で作っていた。たばこやコーヒーを買う金が欲しかった」と容疑を認めており、ほかにも2件(計1800円)をほのめかしている。
また工具はインターネットで購入したと供述しているという。
(以上引用)

何と言いましょうか。
警官がさい銭泥棒とか、何をしてるんや?と言いたくなります。

でも、動機の供述を読んで何だか悲しくなってきました。
「10年近く妻から小遣いをもらえず、弁当も自分で作っていた。たばこやコーヒーを買う金が欲しかった」

100%鵜呑みは出来ませんが、(元)巡査部長が自由にお金を使えなかった事は確かなのでしょう。
小遣い無しで弁当も自分で作っていたって、「悲哀」そのものです。
タバコやコーヒーも買えないくらい困っていたとか、可哀想に思えてきます。

とはいえ、ダメな事はダメです。
いくらお金に困っていたとしても越えてはいけないラインを越えたらアウトです。

依願退職という事は、言ってみれば自己都合退職です。
退職金は支給されるでしょう。

多分、このニュースを見た人の多くが思ったのではないでしょうか。
さい銭泥で書類送検されて退職した夫に対し、妻はどう対応するのか?
家庭内(夫婦間)の事は、他人には分からないですよね。

僕は、このニュースを見て独身で良かったと感じました。
それこそ他人の事は分からないけど、さい銭泥するまで思い詰めるのは不幸せだと思います。

警察官を辞めた巡査部長がこれからどう生きていくかは分からないです。
思うのは、反省して出直してほしいです。

もう1つ、目に留まったニュースです。
全員ゲイ公表の伝説シンセグループのメンバー死去 デビュー曲が大ヒット
(よろず~ニュース)

イギリスのシンセポップトリオ「ブロンスキ・ビート」のスティーブ・ブロンスキが死去した。
61歳だった。
1980年代にジミー・ソマーヴィル、ラリー・スタインバチェクと共に同グループを結成、今回の訃報はジミーのツイートにより明らかとなった。

「スティーヴ・ブロンスキが亡くなったと聞いて悲しいね。才能あふれる本当に音楽的な男だった。一緒に曲を作りその曲が私たちの人生を変え、多くの人の心に響いたこと、楽しく最高の思い出だ。あのメロディーをありがとう、スティーヴ」

同グループの最大のヒット曲は1984年リリースのデビューシングル「スモールタウン・ボーイ」で英チャート3位を獲得。
MVでは大都市に旅立った若いゲイの男性(ジミー)が、同性愛嫌悪の人々からの攻撃を受け苦しむ姿が描かれている。
ちなみに当時メンバー全員がゲイであることを公言しており、同性愛者が直面する問題を歌った楽曲も多い。

スティーブは2018年のザ・ガーディアン紙とのインタビューで、スモールタウン・ボーイについてこう回想していた。
「あの頃は私たちはバンドを始めたばかりの3人のゲイの男たちだった。特になんだかの運動に参加しているという意識もなかった。もちろん、ずっと後になって、公に知られている以上にゲイのアーティストが多くいたことが分かったんだけどね」

そんな同グループは、ゲイの権利を求めた発言で知られるようになり、デビューアルバム「ジ・エイジ・オブ・コンセント」の中ジャケットには、抗議として世界の国々における男性の同意年齢について言及していた。

他にもドナ・サマーの「アイ・フィール・ラブ」のカバーやTOP10に食い込んだ「ホワイ?」といった曲で知られる同グループは、イアン・ドナルドソンが加入後、3枚のアルバムをリリース。
1995年に解散している。

一方、85年に脱退したジミーはシンセポップデュオ、ザ・コミュナーズで活躍、2016年にオリジナルメンバーで再結成を果たし最後のアルバムとなる「ジ・エイジ・オブ・リーズン」がリリースされたが、翌年にラリーが癌のため56年の生涯を閉じていた。
(BANG Media International/よろず~ニュース)
(以上引用)
スティーヴ・ブロンスキ(左)、ラリー・スタインバチェク(中央)、ジミー・ソマーヴィル(右)
ブロンスキ・ビート、聴いていました。

ジミー・ソマーヴィルのファルセットボイスが好きなので、ジミーが脱退した後のブロンスキ・ビートは聴いてなかったです。
厳密に言うと、ザ・コミュナーズでジミーを知って後追いでブロンスキ・ビートも聴いた形です。

シンプルにジミーのボーカルが好きで聴き始めたので、ゲイかどうかは気にならなかったです。
逆に、ジミーのパーソナリティーを知ってからより彼らの音楽性の豊かさを感じるようになりました。

別のニュースによると、スティーヴ・ブロンスキは脳出血で倒れて闘病していたとの事です。
スティーヴ・ブロンスキの日常生活の世話をしている人が発見したそうです。

という事で、こちらを。
Bronski Beat / Smalltown Boy 

引用した記事にあるブロンスキ・ビートのデビューシングルです。
最初に聴いた(見た)時は、曲の背景の事は知らなかったです。
後で知って意味の深さを感じました。

1980年代半ばから後半に流行ったUKのシンセポップニュー・ウェイヴの代表的なグループです。
1984年のヒットです。
良いですね。

最後もブロンスキ・ビートです。
Bronski Beat / Why?
 
こちらも1984年のヒットです。
MVではなく、イギリスの人気音楽番組"Top Of The Pops" に出演した時のスタジオライブです。
後ろにスティーヴ・ブロンスキがいます。

ジミー・ソマーヴィルのベストアルバムをスマホにDLしています。
時々聴いています。
ジミーのボーカルは、本当に良いです。