散歩は朝派?夜派?

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「散歩にゴーの日」

東京都港区三田に本社を置き、生理用品・紙おむつ(赤ちゃん用・大人用)などの衛生用品の大手メーカーであるユニ・チャーム株式会社が2010年(平成22年)に制定。


日付は「さん(3)ぽに(2)ごー(5)」(散歩にゴー)と読む語呂合わせから。

同社が販売する高齢者向けの転倒時の怪我防止ガードルをPRすることが目的。

また、これにより高齢者に転倒を怖れず春の外出や行楽を楽しんでもらいたいとの想いが込められている。


そのガードルは「ライフリー 転ばぬ先のあんしんガードル」という商品で、まさかの転倒時に大腿骨の付け根を衝撃から守ってくれる。

ヨネックス社製のパワークッションを採用し、驚きの衝撃吸収力がある。また、アウターに響かない「軽さ」「薄さ」「やわらかさ」で快適な着け心地である。


このような商品がある理由として、寝たきり・死亡に繋がる大腿骨頚部骨折は主な要因が転倒であることが挙げられる。

この骨折により約50%の人は歩行能力が低下してしまう。

転倒しやすい・骨折しやすい人が安心して活動を続けられる環境を整えることで、寝たきり防止に繋がる商品である。

(雑学ネタ帳より)


「散歩は朝派?夜派?」

ほぼ毎日ウォーキングしています。


買い物を兼ねているので、歩くのは夜です。

昼間に用事が有っても時間を遅くして夜にウォーキングしています。


ウォーキングするきっかけは、10数年前の長期入院です。

約1ヶ月半、たしか43日くらい入院しました。


10日程度でも入院した事がある人は分かると思います。

入院生活は、思った以上に体力が落ちます。

 「病気で身体を動かさないとこんなに体力が落ちるんだ」と感じます。 


当時の主治医にその事を言ったら「歩くと良いですよ」とアドバイスされました。

長期入院から退院してもすぐに仕事復帰はしなかったです。

主治医に1週間程度は自宅で静養した方がいいと言われてそれに従いました。


退院して仕事復帰するまで毎日ウォーキングしました。

最初は10分歩くのもしんどかったけど、徐々に慣れました。

結果的にスムーズに仕事に戻れました。


その数年後、長期入院した時以上に大変な病状で入院しました。

そこから毎年、入院と手術を余儀なくされました。


退院後は、体力(体調)回復のためにとにかくウォーキングしました。

それが習慣になって今に至っています。


ウォーキングは、すごく良いです。

今のところ入院になるような兆候はありません。


毎日ウォーキングする事で「体調の波」がよく分かるようになりました。

歩いている途中はもちろん、帰宅時の疲労度で体調が分かります。


あと、最初から想定してなかった事です。

ウォーキングは、シンプルに言えば「歩くだけ」です。

お金がかかるわけではないし、とても経済的です。

トレーニングウェアを着る事はないです。

靴は持っているスニーカーで充分です。


歩きながら音楽を聴く事が多いので、そこで音楽を聴く時間が取れます。

ワイヤレスイヤホンのバッテリーが劣化しているせいでウォーキングの時間全てで音楽を聴く事はありません。

素の状態で歩くのも良いです。


少し前にカルビークリスプでホシ型(星型)のチップスが入っていた事を書きました。

乾燥ポテトが原料のポテトチップスです。
1袋45gと量は少なめですが、そんなにたくさん要らない時にはちょうどいいです。

2日くらい前に買ったら、またホシ型クリスプが入っていました。
この時も「うすしお味」でした。
とりあえず写真は撮ったけど、ブログにはアップしてなかったです。

そして、昨日はカルビークリスプ「旨味コンソメ味」を買いました。
すると、2日連続でホシ型クリスプが入っていました。
うすしお味の1枚を一緒に食べるつもりでしたが、連日はなかなかないと思って2枚並べてみました。
「みつけたら願いが叶う!?」って、そんなわけありませんが、悪い気はしません。

世界を混乱させる愚かな指導者が「自分の愚かさに気付きますように」と願いたいところです。
まあ、非常に困難な事だと思いますが。

身近なところで言えば、「セカンドストリートでお買い得な物が見つけられるように」と願いたいです。
もっとも、それは僕個人が感じるお得感です。

今日は、散歩〜Walkにかけてこちらの曲で終わります。

The Brian Setzer Orchestra / Sleep Walk

ブライアン・セッツァー・オーケストラ、1998年リリースのアルバム「THE DIRTY BOOGIE」収録のインストゥルメンタル曲です。
オリジナルは、1950〜70年代に活動していたアメリカのインストゥルメンタル・デュオ、サント&ジョニー(Santo & Johnny)が1959年発表の曲です。

僕は、ブライアン・セッツァー・オーケストラで知りました。
ロカビリーとビッグ・バンドを融合した音楽で大成功したブライアン・セッツァーです。
当時、リアルタイムでアルバムを買って聴いていました。

シンプルにかっこいい曲です。
僕はギター(楽器)をやらないから細かい事は言えませんが、ブライアン・セッツァーのギターテクが存分に感じられる曲です。
翌年のグラミー賞「最優秀ポップ・インストゥルメンタル賞」を受賞しています。

最後にこちらを。

Santo & Johnny / Sleep Walk

サント&ジョニーのオリジナルです。 
聴くと分かります。
ブライアン・セッツァー・オーケストラ のカバーは、オリジナルに割と忠実な音です。

ブログを書くのにこの曲のウィキペディアを見て知りました。
ベンチャーズ、ラリー・カールトン、ジョー・サトリアーニといったギタープレイがセールスポイントのミュージシャンたちもカバーしています。
ギターインストゥルメンタルの名曲と言えるでしょう。

記憶に残っている学校の先生は?

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「恩師の日」

京都府八幡市の山中宗一氏が制定。


日付はこの頃に卒業式が各学校などで行われることから3月24日とした。

学校時代の先生はもちろん、人生の中で師と仰ぎ「恩師」と呼べる人に、唱歌『仰げば尊し』の歌詞のような感謝の気持ちを込めて、お礼の手紙を書く日。

恩師への感謝の思いを忘れることなく生きて行こうとの願いが込められている。

記念日は一般社団法人・日本記念日協会により認定・登録された。


※「仰げば尊し」について

『仰げば尊し』は、1884年(明治17年)に発表された日本の唱歌である。

卒業生が教師に感謝し学校生活を振り返る内容の歌で、特に明治から昭和にかけては学校の卒業式で定番の曲として広く歌われ親しまれてきた。

2007年(平成19年)に「日本の歌百選」の1曲に選ばれている。


その歌詞は以下の通り。

1.仰げば 尊し 我が師の恩 

教(おしえ)の庭にも はや幾年(いくとせ)
思えば いと疾(と)し この年月(としつき) 

今こそ 別れめ いざさらば 


2.互(たがい)に睦(むつみ)し 日ごろの恩
別(わか)るる後(のち)にも やよ 忘るな
身を立て 名をあげ やよ 励めよ 

今こそ 別れめ いざさらば 


3.朝夕 馴(な)れにし 学びの窓 

蛍の灯火(ともしび) 積む白雪(しらゆき)
忘るる 間(ま)ぞなき ゆく年月 

今こそ 別れめ いざさらば


(雑学ネタ帳より)


「記憶に残っている学校の先生は?」

前にも同じような質問の時に書いたと思います。


記憶に残っている学校の先生は、高校2年生の時に着任してきた世界史の先生です。

男の先生で、当時27,8歳だったと思います。


話すのが上手く、授業中適度に話を脱線させて生徒たちが勉強する気を起こさせてくれました。

その先生、仮にH先生としておきます。


僕は、H先生の授業にハマりました。

元々世界史は好きな教科という事もあり、先生の授業で益々世界史が好きになりました。


その先生のおかげと言ったら大げさな気もしますが、世界史にハマった事で大学受験で大きな助けになりました。

結果的に世界史のおかげで大学に合格出来ました。


受験の事はさておき、H先生の脱線する話の中に(当時の)サブカルチャーがありました。

ジム・ジャームッシュの監督作品「Stranger Than Paradise」(1984年)です。

この映画でハリウッド映画じゃない、いわゆる「インディペンデント映画」と言われるジャンルを知りました。
当時は、ミニシアターがたくさんありました。

その後、高校を卒業してもジム・ジャームッシュの映画は観続けました。
映画館に行かなくなった2005年前後までは観ていました。

そして、H先生の影響で好きになったのが立花ハジメさんです。
グラフィックデザイナーとして知られている人ですが、僕はミュージシャン立花ハジメで初めて知りました。
「太陽さん TAIYO-SUN」(1985年)

どういった流れだったかは全く覚えていませんが、このアルバム(レコード)をH先生にダビングしてもらいました。
もちろん、カセットテープにです。

その頃は、洋楽を聴く事の方が多かったです。
邦楽も多少聴いていましたが、立花ハジメさんの音楽はこれまで全然聴いた事がない音でした。
ある意味、ものすごいカルチャーショックを受けました。

高校在学中にH先生とクラスメイト2,3人で立花ハジメさんのライブに行きました。
そのライブもめちゃくちゃオシャレで高校生の僕には眩しい世界でした。

当時矢野顕子さんが全国で行なっていた「出前コンサート」を福岡県南部の市に呼んだ主催者の1人がH先生でした。
そこで立花ハジメさんの事務所関係者の人と知り合いになったという事で、先生と共に立花ハジメさんのライブの後で楽屋に入れてもらいました。
すごく感激したのを覚えています。

その時、アドレス帳にサインをもらいました。
昔使っていた物を入れている段ボール箱を探しました。
2,30年振りくらいに見ました。
今思えば、こんな小さなアドレス帳にサインをもらうとか立花ハジメさんにすごく失礼でした。

今朝、食べました。
ヤマザキ「5つに切ったロールケーキ メロン」

ヤマザキパンの人気商品「5つに切ったロールケーキ」です。
頻繁にとはいかないものの、時々朝食に食べています。

昨日、買い物にいつも行くスーパーで見て買いました。
メロン(クリーム)だから買ったわけではなく、単純に新しい味だから買いました。
いわゆる期間限定、季節商品ですね。

味は、リアルに「可もなく不可もなく」な味でした。
美味しいかどうかは、微妙でした。
この手のパンにありがちな香料がイマイチでした。
多分リピートは無しです。

今日は、こちらの曲で終わります。

立花ハジメ / HOGONOMO (FOR GO NO MORE)

前述のアルバム「TAIYO-SUN」収録の曲です。
初めて聴いた高校2年生の頃は分からなかったけど、ニューウェイヴとテクノをミックスした音です。
和製ニューウェイヴといった感じのかっこいい音です。

邦楽は主にヒット曲しか知らなかったからめちゃくちゃ新鮮で、ある意味カルチャーショックでした。
当時は、立花ハジメさんがテクノポップバンド「プラスチックス」のメンバーだった事は全然知りませんでした。

そこから年月は経ち、時系列的には遡る形でYMOを聴きました。
そして、大好きなピチカート・ファイヴに繋がっていきました。
また、1970年代末から出てきたイギリスのニューウェイヴも好きになりました。

僕の音楽の好みは、世界史のH先生から紹介された立花ハジメさんが礎の1つになっています。
もちろんそれだけじゃないけど、少なからず影響は受けています。

H先生とは、20歳の夏にプチ同窓会みたいな飲み会で会ったのが最後です。
僕が高校の同級生と交流がほとんど無いのもあって、H先生が今どうされているか分からないです。

「絶対に会う!」と思って動かない限り会う事はないと思います。
万が一機会があるならば、「先生が立花ハジメを教えてくれたおかげで聴く音楽の幅が広がりました」とお礼を言いたいです。

最後に1曲。
現在手元に残っている立花ハジメさんのCDからです。
「Beauty & Modern Thing + Happy」

1986年に出た12インチシングルレコード2枚を1 枚にまとめたCDです。
僕が20代前半の頃、レンタルCDの中古盤で買いました。

立花ハジメ / Happy

こちらもニューウェイヴの影響を感じます。
かっこいい曲です。



好きな天気は?

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「世界気象の日」

世界気象機関(World Meteorological Organization:WMO)が、発足10周年を記念して1960年(昭和35年)に制定。


国際デーの一つ。

英語表記は「World Meteorological Day」。

日本語では「世界気象の日」とも表記される。


1950年(昭和25年)のこの日、世界気象機関条約が発効し、WMOが発足した。

翌年、気象学(気象と気候)およびオペレーショナル水文学など、これらに関連する地球物理学の分野における国際連合の専門機関として登録された。

WMOは、気象事業の国際的な標準化と改善および調整、並びに各加盟国・地域間における気象情報・資料の効率的な交換の奨励を主な業務としている。本部はスイスのジュネーヴにある。

2020年(令和2年)3月時点で、世界の186ヵ国と6地域が参加している。
日本は1953年(昭和28年)に加盟した。
日本の気象庁は、WMOや各国の気象機関と協力しながら、気候変動対策などの課題に取り組んでいる。

この日には、気象知識の普及や国際的な気象業務への理解を促進するため、毎年キャンペーンテーマを設けてイベントなどが開催される。2018年(平成30年)のテーマは「気象・気候への適切な備え」(Weather-ready, climate-smart)であった。

(雑学ネタ帳より)


「好きな天気は?」

シンプルに「晴れ」です。

もうけっこう前になりますが、入院していた病棟から撮った写真です。
遠くが霞んで見える晴れは、入院している時にスッキリする感覚がありました。
こんな感じで晴れの中に雲が浮かんでいる天気も好きです。
雨が降る可能性が無い雲は、風に流されて動いていきます。
「動く雲を眺める」、普段はなかなかしない事です。

入院して時間があるから出来る事です。

ゆっくりと流れる雲と時間を感じていました。


雨雲じゃない雲は、なんか良いですね。
天気と少し離れますが、夕日が当たる光景も良いです。
少しの雲でもきれいです。

先日買いました。

LOTTE「Racchus (ラッカス)」

ロッテの洋酒入りチョコレートの期間限定商品です。
ラムレーズン入りの「Rummy (ラミー)」のラム酒を「Bacchus (バッカス)」の中に入れたチョコレートです。

たしか1月末くらいに出ていたと思います。
気にはなりつつも買ってはいなかったです。

お酒を飲まなくなって以降、「バッカス」や「ラミー」を買う機会が減りました。
この秋冬は、↑の「ラッカス」を含めて5回くらいです。 
月1回に買う程度です。
以前は、もっと多かったです。

で、肝心の味です。
パッケージに表示している通り、ラムレーズンは入っていません。
ラム酒のみです。

バッカスのブランデーより口当たりはマイルドに感じました。
ラム酒の方が若干甘みがあるから自然と言えば自然な事です。

普段は全くお酒を飲まないので、このチョコでもお酒を感じました。
もちろん、酔うという意味ではありません。

お酒がマイルドに感じる分、食べやすい味でした。
普通に美味しかったです。

でも、多分リピートはしません。
1回で充分です。

今日は、こちらのミュージシャンの誕生日です。
(右から2番目)
デーモン・アルバーン (Damon Albarn)
1968年3月23日生まれ、58歳。
『イギリスを代表するロックバンド・ブラーのフロントマンであり、ボーカル、作詞・作曲を担当している。また、キーボード、ピアノ、ギター、ベースも演奏する。1990年代中盤にイギリスで沸き起こったブリットポップムーブメントにおいては、その中心人物としてシーンを牽引。ムーブメント収束以後は、それまでのポップなブラーのイメージから脱却した革新的で実験精神旺盛な作品を発表し、アーティスティックな評価を高めている。2000年代以降はブラーでの活動のほかに、数々のバンドやサイドプロジェクトを精力的に立ち上げ、特にヴァーチャルバンドのゴリラズではブラーを上回る世界的な成功を収めるなど、イギリス・ロックシーンの重要人物の一人に数えられている。』
確かにゴリラズでも成功しているデーモン・アルバーンです。
実際に良いけど、個人的な好みはやはりブラーです。

今月12日にメンバーのグレアム・コクソンの誕生日で曲紹介して、それからベストアルバムを聴き直しています。
新しいわけではないけど、懐かしさとは違う良さを感じました。

という事で、こちらの曲で終わります。

Blue / She's So High

1990年10月リリースのブラーのメジャーデビューシングルです。
1991年8月リリースの1stアルバム「Leisure」に収録されています。

当時、多分聴いていたはずです。
ですが、正直リアルタイムで1990年に聴いていた記憶はありません。

ちゃんと聴いたのは、1993年リリースの2ndアルバム「Modern Life Is Rubbish」からです。
めちゃくちゃ良いとまではいかないけど、後追いで1stアルバムを聴きたいとは思いました。

翌1994年リリースの3rdアルバム「Parklife」で大ブレイクしたブラーです。
これは、一大ムーブメントと言える現象でした。

紹介した「She's So High」は、「Parklife」の音と比較したらちょっと尖った感じがします。
シューゲイザーの影響が感じられる良い曲です。

ブラーと言えば、「オアシスvsブラー」の論争がよく出てきます。
僕は、どちらも好きだったからどちらかに肩入れして聴く事はなかったです。


硬水と軟水どっちが好み?

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「世界水の日」

1992年(平成4年)6月にブラジルのリオデジャネイロで開催された「地球サミット」(環境と開発に関する国連会議)の21世紀へ向けての行動計画「アジェンダ21」で提案された。

そして、同年12月の国連総会で決定し、翌1993年(平成5年)から実施されている。


国際デーの一つ。

英語表記は「World Day for Water」または「World Water Day」。

水資源の開発・保全やアジェンダ21の勧告の実施に関して普及啓発を行う日。

また、水の大切さや、きれいで安全な水を使用できるようにすることの重要性を世界中で考える日である。

国連は加盟国に対して、この日に各国で活動を企画するよう薦めており、水や水資源の持続可能な開発に関連する取り組みを行う国連機関も記念式典など様々な企画を催している。
この日には、世界の様々な国で水の大切さを人々に知ってもらうための会議やセミナー、展示会などが開催される。

日本では8月1日が「水の日」、水の日を初日とする8月1日~7日の一週間が「水の週間」となっており、水資源の貴重さ、水資源開発の重要性などについて考える期間となっている。

そのため、この「世界水の日」は、世界的な観点からもう一度、水の貴重さ、大切さについて世界中の人々と一緒に見つめ直す「地球と水を考える日」としている。

(雑学ネタ帳より)


「硬水と軟水どっちが好み?」

日常的に飲むならば、「軟水」が良いです。


ただ、「良い≠好き」です。

水を好き嫌いで考えた事がありません。

単純に飲みやすいから軟水が良いなと思います。

たま〜に硬水の「コントレックス」を買っています。
飲むのに少々クセがありますが、しっかり水を飲んでいる感じがします。

今日は、特に書く事を思いつかないからネットニュースに頼ります。

https://news.yahoo.co.jp/articles/973a5b6b7f076aa3fad9d00a4f9a0b92494a7cbe

(デイリースポーツ)
米倉涼子

米倉涼子主演の映画「劇場版ドクターX」(2024年)が19日にテレビ朝日で放送された。


豪華な出演者が揃う中で、東帝大学病院の新病院長に就いた神津比呂人(染谷将太)が終盤に事件被害に。

犯人は、直前に登場して土下座していた男で、演じていたのは六角精児だった。


ネットでも話題となり、エンドロールの出演者名に驚く投稿も。

「六角さんは相棒に出てた眼鏡かけてる検査官?捜査官?ですね」「すごい、六角精児さんのようで別の人だった」「あの人六角精児さんだったんか 相棒の時と全然印象違くて分からんかった」「相棒の頃の印象が強かったから全然気づかなかった」「調べたら本物の六角精児さんだった。別の人と思ってごめんなさい」「六角さん演じる社長は逮捕されてるのかな?」「こんなところでチョイ出演する六角さんがすき」「雰囲気変わりましたね」と反応する投稿が集まった。

(以上引用)


ホントにたまたまですが、最近ゲオでドラマ「ドクターX」1期のDVDをレンタルして観ました。

「相棒」と違って「ドクターX」はあまり再放送されないです。

なので、観たのは1期が放送された2012年以来になります。

約13年半ぶりに観た形です。
基本ワンパターンの展開のせいか、主演の米倉涼子さんを含めて出演者がみんな若いと思った以外、違和感は無かったです。

そして、今月19日に放送された「劇場版ドクターX FINAL」です。
録画して観ました。

本編の他、試写会での記者会見や出演者のインタビューも放送されました。
西田敏行さんは、試写会に出た10日後に亡くなったのは知っていました。

インタビューの中で神戸晶役の岸部一徳さんが蛭間重勝役の西田敏行さんを悼んでいました。
劇場版の中では逆の立場のせいか、見ていて感慨深いものを感じました。

で、記事の内容についてです。

「あの人六角精児さんだったんか 相棒の時と全然印象違くて分からんかった」

「相棒の頃の印象が強かったから全然気づかなかった」


といった声がSNSに投稿されたとの事だけど、僕はすぐに気付きました。

逆に「記事を書いた記者は映画を観てるの?」と聞きたくなりました。


「劇場版ドクターX FINAL」での六角精児さんです。

確かに「相棒」の米沢守とイメージ違うけど、分からない事はないと思います。

役柄も六角精児さんのイメージと違っていて、そういった意味では意外な感じはしました。


ストーリーは、お約束のパターンでした。 

少々強引な気もしましたが、上手く締めたと思いました。


一応、「劇場版ドクターX FINAL」でシリーズ終了になりました。

しかし、続編の可能性に含みを持たせたラストでした。


今日は、こちらの曲で終わります。

YMO / Technopolis (The Readymade-Darlin' Of Discotheque Track)


1999年にリリースされたYMOのリミックスアルバム「YMO Remixes Technopolis 2000-01」収録の曲です。

ピチカート・ファイヴの小西康陽さん、電気GROOVEのまりん(砂原良徳)さん、テイ・トウワさんといった人たちがYMOの曲をリミックスしたコンピレーションアルバムです。

こちらも当時聴いたかもしれないけど、覚えていません。
YouTubeで聴いて「こんなんあったんや」と思いました。

めちゃくちゃ良いとまではいかないけど、そこそこ良い感じでは聴けます。
2000年前後は、リミックスがやたらと多かったです。

何色のランドセルがタイプ?

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「ランドセルの日」

ランドセルをミニサイズに加工する店「スキップ」の革細工職人・増田利正さんなど、ミニランドセルの制作者らが制定。


日付はこの日が卒業式の頃であり、そして「3+2+1」が小学校の修業年数の「6」になることから。

6年間ありがとうの意味も込められている。

6年間の思い出をいっぱい詰め込んだランドセルに感謝の気持ちを表す日。

教室の机に掛かるランドセル

※ランドセルについて
ランドセルは、日本の多くの小学生が通学時に教科書・ノートなどを入れて背中に背負う鞄である。

色は男子は黒、女子は赤が主流であるが、その他、ピンク、茶、紺、緑、青などカラフルな色の物も発売されている。


江戸時代(幕末)、幕府が洋式軍隊制度(幕府陸軍)を導入する際、将兵の携行物を収納するための装備品として、オランダからもたらされたバックパック「背嚢」(はいのう)のオランダ語呼称「Ransel」(「ランセル」または「ラヌセル」)がなまって「ランドセル」になったとされている。


明治時代以降、本格的な洋式軍隊として建軍された帝国陸軍においても、歩兵など徒歩本分者たる尉官・准士官・見習士官、および下士官以下用として革製の背嚢が採用された。


通学鞄としての利用は、官立の模範小学校として開校した学習院初等科が起源とされている。創立間もない1885年(明治18年)、学習院は「教育の場での平等」との理念から馬車・人力車による登校を禁止、学用品を入れ生徒が自分で持ち登校するための通学鞄として背嚢が導入されたが、当初はリュックサックのような形であった。


1887年(明治20年)、当時皇太子であった嘉仁親王(後の大正天皇)の学習院初等科入学の際、初代内閣総理大臣・伊藤博文が祝い品として帝国陸軍の将校背嚢に倣った鞄を献上、それがきっかけで世間に徐々に浸透して今のような形になったとされている。

(雑学ネタ帳より)


「何色のランドセルがタイプ?」

なんかよく分からない質問ですね。


昭和生まれの僕です。

僕が小学生の頃は、ランドセルの色は男子は黒、女子は赤でした。

少なくとも福岡県の片田舎では、その2色だけでした。

(静岡新聞デジタルより)


ランドセル売場に行っても黒と赤でした。

僕が小学生になるくらいの時期だったと思います。

クラレが開発した人工皮革「クラリーノ」を使用したランドセルの流通量が増えてきたように記憶しています。


僕のランドセルは牛革製でしたが、クラスメイトの何人かはクラリーノ製のランドセルでした。

持たせてもらった時、めちゃくちゃ軽かったです。


ブログを書くのに「クラリーノ ランドセル」で検索してみました。

「ヤフーショッピング」でヒットしました。


今はすごい色数のランドセルがあるんですね。

選択肢がたくさんあって良いと思います。


先日、ドン・キホーテで買った輸入菓子を紹介しました。

エイチアンドエイチトレーディングという会社が輸入している「アーモンドナッツクッキー チョコチップバター味」

その時、別の味があると書きました。
「マカダミアナッツクッキー チョコチップ入り」

元々は、こちらのマカダミアナッツクッキーを2回くらい買った事が有ります。
アーモンドの方を後から買った形です。

アーモンドナッツクッキーを紹介した時に書きました。
これらのクッキーは、98円(税抜き)の割に植物油脂で味を誤魔化していません。
植物油脂が多いとバター感は出せるけど、何枚か食べたらクドい感じがしてきます。
↑のクッキーは、植物油脂のクドさが薄いです。
なので、すごく食べやすいです。

ただ、ものすごく美味しいわけではありません。
簡単に言うと、「値段の割に」美味しいです。

今日も渋谷系でいきます。

野宮真貴 / 地球を七回半まわれ

割と最近の事です。
YouTubeで渋谷系の音楽を検索していて、こちらのアルバムがヒットしました。
「La Generation Readymade」

ピチカート・ファイヴの小西康陽さんが主催していたレコードレーベルReadymade(レディメイド)所属のミュージシャン、バンドの曲を集めたコンピレーションアルバムです。
2000年2月のリリースです。

当時、もしかしたら聴いていたかもしれないけど、全然覚えていません。
ほぼお初で聴きました。

このコンピレーションアルバムに収録されている「地球を七回半まわれ」です。
野宮真貴さんの歌唱(曲)で初めて知りました。
聴いて一発で好きになりました。

ちょっと気になって曲(タイトル)を検索しました。
(地球を七回半まわれ)
『NHKで放送された子供向け歌番組「歌のメリーゴーラウンド」で1965年8月に放送。1965年10月 - 11月、NHKの「みんなのうた」で放送。その頃から始まったモータリゼーションに因み、車をテーマにしている。またリズムは、当時流行っていたゴーゴーを使用。』 

歌っているのは、宍倉正信と杉並児童合唱団です。(作詞:阪田寛夫、作編曲:越部信義)
全然知らなかったけど、2000年代に入って「みんなのうた」で複数回再放送されています。

野宮真貴さんと一緒に歌っているのは、クレイジーケンバンドの横山剣さんです。
良い味を出しています。

今日、この曲を紹介する前に確認して知りました。
野宮真貴さんのこの曲は、野宮さんがピチカート・ファイヴ在籍中の2000年に出したソロアルバム「miss maki nomiya sings」のリイシュー盤(2019年)にボーナストラックとして収録されています。

YouTubeには、1965年の宍倉正信と杉並児童合唱団の歌唱の音源がアップされています。
ただ、残念な事にYouTube以外のメディアでは再生不可の設定になっています。

宍倉正信と杉並児童合唱団 / 地球を七回半まわれ

1965年だから昭和40年です。
当たり前と言えば当たり前だけど、バリバリ昭和な曲です。
ウィキペディアにあるように、昭和の「ゴーゴー」を感じます。
ストレートに良い曲です。

余談
作詞の阪田寛夫さん、作編曲の越部信義のウィキペディアを見ました。
昭和生まれの人ならば多くの人が知っている曲をたくさん手がけていました。

渋谷系の曲を紹介する事で1つ勉強になりました。