行ってみたい世界遺産は?

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「シルクロードの日」

1900年(明治33年)のこの日、スウェーデンの地理学者・中央アジア探検家のスヴェン・ヘディンによって、廃虚になっていたシルクロードの古代都市・楼蘭(ろうらん)が発見された。 


都市国家・楼蘭は、中央アジア・タリム盆地のタクラマカン砂漠北東部に、かつて存在した塩湖で「さまよえる湖」として知られるロプノールの西岸に位置した。

シルクロードの要衝として栄えたが、4世紀頃からロプノールが干上がるのとほぼ時を同じくして国力も衰え、やがて砂漠に呑み込まれた。


「シルクロード」(絹の道)とは、古代の中国と西洋を結んだ歴史的な交易路を指す呼称である。

絹が中国側の最も重要な交易品であり、この道を通って西方に運ばれたことから名付けられた。

シルクロード/画像元:Wikipedia

ヘディンが、自らの中央アジア旅行記の書名の一つとしてシルクロードの名称を用い、これが1938年(昭和13年)に『The Silk Road』の題名で英訳されたことで、その名前が広く知られるようになった。

ユーラシア大陸の東西交流史において重要な役割を果たしたシルクロードは、その一部が2014年(平成26年)に初めて「シルクロード:長安-天山回廊の交易路網」としてユネスコの世界遺産に登録された。

(雑学ネタ帳より)


「行ってみたい世界遺産は?」

毎年同じ質問ですよね。


答えも同じです。

「ナスカの地上絵」

『南米大陸ペルーのナスカ台地[1]の砂漠地表面に、砂利の色分けによって描かれた幾何学図形や動植物の絵の総称。古代ナスカ文明の遺産であり、ナスカ文明早期(西暦紀元前3世紀~1世紀)と推定される地上絵もある。あまりに巨大なため地上からは全体像を把握しにくく、1920年代末にペルーの首都リマと南部アレキパを結ぶ定期空路が開設され、上空からの「発見」で有名になった。』https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8A%E3%82%B9%E3%82%AB%E3%81%AE%E5%9C%B0%E4%B8%8A%E7%B5%B5

(ナスカの地上絵、ウィキペディアより)


地上からは立ち入り禁止の「ナスカの地上絵」エリアです。

高台からの見学の他、ヘリやセスナ機からの見学もあります。


実際に見たら、スケールの凄さに驚くと思います。

理屈抜きに見てみたいですね。


もう1つあります。

「マチュ・ピチュ」

『(スペイン語:Machu Picchu、ケチュア語:Machu Pikchu)は、ペルーのクスコ県にある15世紀のインカ帝国の遺跡。アンデス山脈に属するウルバンバ谷に沿った山の尾根(標高2,430m)にある。』

『当時、インカ帝国の首都は、標高3,400mに位置するクスコに所在し、標高2,430mのマチュ・ピチュから、さらに約1,000メートル高い場所にあった。現在のクスコはペルー有数の都市で、1983年より、その市街地は世界遺産(文化遺産)に登録されている。』

『なお、インカ帝国は1533年にスペイン人による征服により滅亡した。アンデス文明は文字を持たないため、マチュ・ピチュの遺跡が何のために作られたのか、首都クスコとの関係・役割分担などの理由はまだ明確には分かっていない。』
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%83%81%E3%83%A5%E3%83%BB%E3%83%94%E3%83%81%E3%83%A5
(マチュ・ピチュ、ウィキペディアより)

たまたまですが、「ナスカの地上絵」と同じペルーにある「マチュ・ピチュ」です。
マチュ・ピチュは、何と言うか、神秘性を感じる場所だと思います。

僕自身は、特定の神を信じていません。
でも、神々しい雰囲気で感じる「神的」なものはあると思います。

以上2つの場所を挙げてみました。
ただ、あくまでも「行ってみたい」世界遺産です。
絶対に「行きたい」という事はありません。

「シルクロード」で思い出しました。
向田邦子「女の人差し指」(文春文庫)

元々は、向田さんが亡くなった昭和56年(1981年)の翌年の昭和57年に発行された本です。
僕が持っているのは、2011年(平成23年)発行の文庫本の新装版です。

この中に「私と絹の道」というエッセイが収録されています。
写真家の篠山紀信氏の「篠山紀信シルクロード写真展」(昭和56年5月)のパンフレットに掲載されています。

向田さんらしく、読む人の興味をそそるエッセイです。
向田さんは、シルクロードに行った事がなかったです。

「篠山シルクロードをおなかいっぱいご馳走になって、何年かかかって、それを消化して、それから私は出かけてゆくことにしよう。」
「消化するのに何年かかることか、この分では随分先のことになりそうである。」
このように文章を締めくくっている向田さんです。
ですが、向田さんはこの約3ヶ月後、台湾での飛行機事故で亡くなりました。

向田さんの日本語の美しさが味わえる文章です。
読むとすごく感慨深いものがものがあります。

最近、渋谷系音楽を度々紹介しています。
YouTubeだけでなく、スマホにDLしている音楽も渋谷系を中心に聴いています。(いました。)

で、昨日の事です。
ふと「最近、渋谷系ばかりやな」と思いました。

そして、渋谷系とは真逆の音楽を聴こうと決めました。
渋谷系とは真逆で思い浮かんだのは、ヘヴィメタルです。

何気にヘヴィメタルもスマホにたくさんDLしています。
そこで、こちらのバンドを聴きながらウォーキングに出ました。

Stryper / The Battle Hymn of the Republic

アメリカのヘヴィメタルバンド、ストライパーです。
1980年代のLAメタル・ムーブメントから誕生したグループの一つ。ゴスペルと激しいメタルのサウンドの融合でクリスチャン・メタルというジャンルを確立した。
(ストライパー、ウィキペディアより)

アルバムは3枚くらいしか聴いた事がありませんが、ストライパーは好きなバンドです。
よくブログに書いているヘヴィメタル好きの幼なじみ経由ではなく、曲を聴いて良いなと思ったバンドです。

原題の「The Battle Hymn of the Republic」で紹介しましたが、日本語のタイトルは「リパブリック讃歌」です。
『アメリカ合衆国の民謡・愛国歌・賛歌であり、南北戦争での北軍の行軍曲である。作詞者は詩人のジュリア・ウォード・ハウであり、軍歌の作詞を女性が務めた珍しい事例である。原題を日本語で直訳すると「共和国の戦闘讃歌」となる。』
(リパブリック讃歌、ウィキペディアより)

元々アメリカ南北戦争の北軍の行軍曲という事もあり、YouTubeには軍関連の動画が数多くあります。
いくつか聴きました。
軍らしく統率が取れた見事な演奏ばかりでした。

で、紹介したストライパーです。
行軍曲というより「賛歌」の要素が強いです。
これぞ「クリスチャン・メタル」と感じます。

僕は、1989年のストライパーのライブに行きました。
めちゃくちゃ良かったです。
ただ、めちゃくちゃ良かったのは印象に残っていますが、「リパブリック讃歌」をやったかは覚えていません。

最後にこちらを。

Judy Garland / The Battle Hymn of the Republic

1930年代から1960年代前半にかけて活躍したアメリカの女優、ジュディ・ガーランドの歌唱です。
こちらも賛歌寄りに歌っています。

参考のために少しだけ聴くつもりだったけど、思わず最後まで聴きました。
聴き入ってしまう上手さのジュディ・ガーランドです。

♪Glory, glory, hallelujah!
 Glory, glory, hallelujah!♪


桜の写真見せて!

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「さくらの日」

東京都千代田区永田町に本部を置く公益財団法人「日本さくらの会」が1992年(平成4年)に制定。


日付は「3×9(さくら)=27」の語呂合わせと、七十二候の一つ「桜始開」(さくらはじめてひらく)が重なる時期であることから。


日本の歴史や文化、風土と深く関わってきた「さくら」を通して、日本の自然や文化について、国民の関心を深めることが目的。


日本の歴史や文化、風土と深く関わってきた「さくら」を通して、日本の自然や文化について、国民の関心を深めることが目的。

上野恩賜公園(うえの桜まつり)

同会は、1964年(昭和39年)に設立して以来、宝くじの社会貢献広報事業の助成を受け、「宝くじ桜」配布事業を始めとして、様々なさくら植樹事業を実施してきた。
現在までに全国の公園、河川、道路沿線、学校、公共施設周辺などに約300万本のさくらの植樹を行っている。

また、日本のさくらを守り育てるため、「さくら名所100選」の選定や、「さくら名木・巨木概況調査」、肥料・樹勢回復資材の頒布を実施するなど、さくら名所の保全や名木・巨木の保存、稀少品種の育成に努めている。

その他、「さくら祭り」や「さくら植樹式」に出席する「日本さくらの女王」の選出や、その「さくらの女王」を通じての国際交流やさくらを海外に寄贈するなど、さくらを通じた国際・文化交流事業を実施している。
(雑学ネタ帳より)


「桜の写真見せて!」

Googleフォトを確認して思い出しました。

昨年は、タイミングを逃して良い桜の写真が撮れなかったです。

たしか昨年も同じ写真を紹介した気がします。
2024年4月7日に撮影した桜です。

大阪市内某所で撮りました。
川べりに並ぶ桜を橋の上から撮った写真です。

ライトアップされているわけではなく、橋(道路)に設置されている街灯がオレンジ系です。

桜の季節になると、すごく幻想的です。


日付は分かりませんが、多分2013年4月に撮った桜の写真です。
帝国ホテル大阪の前をたまたま通った時、桜がきれい咲いていて思わず撮ったのを覚えています。

この頃既に体調は下降の一途でした。
翌年以降は、桜どころではなくなりました。

ついに終わりました。
https://news.yahoo.co.jp/articles/e2a8e07a955f90858d2c27c79f33120851c44bc5

(スポニチアネックス)
連続テレビ小説「ばけばけ」最終回(第125話)。ラストシーンは初回冒頭、東京・大久保の家の書斎に戻り、雨清水トキ(髙石あかり)とレフカダ・ヘブン(トミー・バストウ)は…(C)NHK

女優の髙石あかり(23)がヒロインを務めたNHK連続テレビ小説「ばけばけ」(月~土曜前8・00、土曜は1週間振り返り)は27日、最終回(第125話)を迎え、完結した。
主人公・雨清水トキによる夫レフカダ・ヘブンの回想録「思ひ出の記」が完成。
ラストシーンは初回(昨年9月29日)冒頭に戻る劇的な展開となった。
インターネット上には放送終了を惜しむ声や感謝の声が続出。
“ばけばけロス”が広がった。

<※以下、ネタバレ有>

「バイプレイヤーズ」シリーズやNHK「阿佐ヶ谷姉妹ののほほんふたり暮らし」など会話劇に定評のある、ふじきみつ彦氏がオリジナル脚本を手掛けた朝ドラ通算113作目。

松江の没落士族の娘・小泉セツと、その夫で日本の怪談を世界に紹介した明治時代の作家・小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)をモデルに、怪談を愛してやまない夫婦の何気ない日常を紡いだ。


最終回は、雨清水トキ(髙石あかり)は家族に見守られながら、錦織丈(杉田雷麟)にレフカダ・ヘブン(雨清水八雲)(トミー・バストウ)との思い出を語る…という展開。


丈が「“フロッグ”コート」の勘違いに気づき、一同は爆笑。

トキの懺悔は逆転する。

松野フミ(池脇千鶴)は「他愛もない、ほんに他愛もない、素晴らしな毎日だっただない」――。

トキは滂沱(ぼうだ)の涙を流した。


トキの手に蚊が止まる。ヘブンの生まれ変わりに違いない。


「『KWAIDAN』は二人の死後、世界中で大ベストセラーとなった」


「トキが語った言葉は『思ひ出の記』という一冊の本になった」


長男・勘太(ウェンドランド浅田ジョージ)と次男・勲(柊エタニエル)が本を開く。「REMINISCENCES OF LEFKADA HEAVIN BY TOKI USHIMIZU(Mrs.Heavin)(思ひ出の記)」。

それは、トキとヘブンの何気ない日常――。


エンディングに持ってきたオープニングタイトルバック=「思ひ出の記」という仕掛け。

写真家・川島小鳥氏によるスナップ写真に、数々のドラマ名場面を加えた最終回仕様の“スペシャルタイトルバック”となった。


夫婦デュオ「ハンバートハンバート」による主題歌「笑ったり転んだり」がほぼフルサイズで流れた後、場面は初回冒頭に戻る。

東京・大久保の家の書斎。

ロウソクが灯る。


<初回> 

トキ「(『耳なし芳一の話』を語り終え)それでは、もう一つの話、よろしですか?それは明治の初め、武士の世が終わったばかりの、それはそれは恨めしい時代のことでございます。(ロウソクに火をつけ)では、私トキの話を」


<最終回> 

トキ「これが、私トキの話でございます」 


ヘブン「ママサン…スバラシ…」 


トキ「パパさん…お散歩行きましょうか」


トキがロウソクを吹き消す。

「ドコニ、サンポスル?」「えー、お寺?」「スキップ、シマショウカ?」「ここで?」「(2人で)タッタタッタ…」――。


SNS上には「OPの入り方で震えるくらい泣いた。半年間ありがとう」「半年間、おトキちゃんと泣いて笑って豊かな15分を過ごせました。スバラシな日々でした。アリガト!サビシイ!」「オープニングの写真の意味がまさか最終回で回収されるとは。半年間ありがとうございました」「第1話のアバンがまさかの2人の死後の世界」「あの冒頭のシーンは最初であり最後なのか。そして天国で2人、散歩行くということ?」などの声。最後まで視聴者の泣き笑いを誘うとともに、驚きももたらした。


30日からはドラマ&トークの「ばけばけ」スピンオフ(後11・00~11・25)が4夜連続で放送される。

(以上引用)


昨日の終わりから多くの視聴者が「最終回はどうなるの?」と思ったはずです。

事実、ネットニュースはそういった内容ばかりでした。


それで今日の最終回です。

完璧とは言わないけど、素晴らしいラストでした。

初回のシーンを最終回のラストで回収するとは、本当にお見事でした。


僕は、モデルになった人物がいる朝ドラで「史実との違い」は気にならないです。

むしろ、史実との違いを指摘する内容のネットニュースを見ると「そこまで気にする事なの?」と思ってしまいます。

もちろん、史実が気になる人を否定するつもりはありません。


朝ドラ「ばけばけ」は、全体的に満足度は高い朝ドラでした。

トキもヘブンもめちゃくちゃドラマチックな人生だったのに、描かれたのは「普通」の日々でした。


今日は、あまり時間がないです。

「ばけばけ」の話は、また別に書く機会があると思います。


「さくらの日」という事で今日はこちらの桜ソングで終わります。

AKB48 / 10年桜

AKB48、2009年のシングルです。
『楽曲は秋元康により作詞、井上ヨシマサにより作曲されている。2009年3月4日にAKB48のメジャー11作目のシングルとしてキングレコードから発売された。楽曲のセンターポジションは前田敦子と松井珠理奈の2人が務めた。「十年桜」は、誤記。』

https://ja.wikipedia.org/wiki/10%E5%B9%B4%E6%A1%9C

(10年桜、ウィキペディアより)


"楽曲は秋元康により作詞"って、「AKB48のシングルは秋元康さんが作詞やん!」とツッコミを入れたくなりますが、勢いがあった頃のAKB48象徴するような曲です。


17年前の曲です。

ものすごく当たり前だけど、メンバーみんな若いです。


桜の季節に合う曲だと思います。

MVも季節感があって良い感じです。


美容と健康のために食べてるものは?

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「プルーンの日」

世界ナンバーワンの生産・販売量を誇るプルーンメーカーのサンスウィートの日本支社であるサンスウィート・インターナショナル日本支社が2007年(平成19年)に制定。


日付は「プ(2)ル(6)ーン」と読む語呂合わせから。

毎月26日を記念日としたのは、1年中美味しいプルーンを食べてもらいたいとの願いを込めてのもの。


プルーンの魅力の伝えて販売促進につなげることが目的。

記念日は2008年(平成20年)に一般社団法人・日本記念日協会により認定・登録された。

美味しく・品質の高いサンスウィートのプルーンを使った製品はたくさんある。
中でも「サンスウィートプルーン」(130g・240g)と「フルーツサプリ プルーン」(70g・270g)はモンドセレクションの食品部門において金賞を2013年(平成25年)から6年連続で受賞。
また、「サンスウィートプルーン100%」がソフトドリンク部門において2015年(平成27年)に続いて4年連続で金賞を受賞している。
※プルーンについて
プルーン(prune)は、スモモの近縁種セイヨウスモモなどの総称である。
中心に大きな種を持ち、旬は7~9月の夏季。
半生状のドライフルーツや、ペースト状のプルーンシロップに加工されて食されるのが主だが、新鮮なものは生のままでも食される。
世界的には、アメリカのカリフォルニア州が一大産地となっている。
プルーンは雨により裂果が起こりやすいため、日本国内では比較的雨の少ない長野県(日本国内生産量のおよそ6割)・北海道・青森県などで栽培されている。
日本国内で生産されたプルーンの多くは、生食用として出荷・消費される。

プルーンはカロテンが多く、成人病の予防やアンチエイジングの面でも効果が期待できる。
一般に、プルーンは鉄分が豊富であると言われているが、実際は取り立てて多い訳ではないが、ビタミンとともに貧血予防になる。
(雑学ネタ帳より)

「美容と健康のために食べてるものは?」

特にありません。


美容と健康のために「食べる」のではなく、美容と健康のために「食べない」を優先する方が良い気がします。

たとえ美容と健康に良い食べ物だとしても、別に不健康な食生活をしていたらあまり意味がないと思います。


書く事を思い浮かばないので、パッと目についた芸能記事を。

https://news.yahoo.co.jp/articles/ba05d0ed69529cfeaf9ae46ce2553a590ffcb247

(AERA DIGITAL)
「孤独のグルメ」の主人公・井之頭五郎を演じる松重豊

俳優の松重豊(63)が主演を務める「孤独のグルメ」(テレビ東京系)の新シーズンが4月3日から放送されることが発表された。

約3年半ぶりの復活とあって、多くのファンが歓喜の声をあげた。


長らく待ち望まれていた同シリーズの新作だが、これまで松重以外の俳優が主役を務めるスピンオフも展開されてきた。

2024年に放送された「それぞれの孤独のグルメ」(同)では爆笑問題の太田光やマキタスポーツ、板谷由夏らが主役を務めた。だが、SNS上では「これはちょっと合わないわ」「ただフツーに飯食って帰るだけな感じで面白くない」「他のゲストの人の食レポは五郎さんぽくやってるけど全然おもしろく感じない」など、視聴者からは不満の声が多く見受けられ、いまひとつ盛り上がりに欠けた。


「スピンオフ版を見て、松重の代わりは誰にも務まらないと改めて感じた人も少なくないでしょう。井之頭五郎は松重のハマり役ですが、2024年放送の情報番組ではプライベートで食事に出かけた際、周りの目が気になるかと聞かれ、松重は『最悪ですよ!』と即答し、『行けたもんじゃないですよ』と嘆いていました。松重は一期一会で飲食店を訪問して食べることが楽しみなので、そっと見守ってほしいと話していました。シーズン1から14年目になりますが、一般人にとっては“松重豊=井之頭五郎”というイメージが想像以上に定着しています。役柄と本人の境界線が消えている点も、五郎は松重豊でなくてはならない理由の一つだと思います」(テレビ情報誌の編集者)


松重が料理を豪快に完食する“食の演技力”に視聴者がくぎ付けになっているということだろう。


「読売新聞オンライン」(21年8月15日配信)によると、普段は女性陣と食べても自身がいちばん少ないくらいの小食だが、いざ“酒は飲まないが食欲だけはある”井之頭五郎を演じると、胃袋が柔軟に働き、食べられるし食べたくなってしまうのだとか。

収録前夜から食事をセーブし朝は絶食して撮影に臨むようだが、役作りは特にせず、食事のシーンでどう映像を美しく見せるかを考えたこともなく、ただリアルに日常を演じているだけなのだという。


一方、「それぞれの孤独のグルメ」第4話で主役を演じたユースケ・サンタマリアは以前のインタビューで、松重の食べる姿について「じっくり力強く食べる」と回想し、そしゃくする筋肉がミシミシと動いているのを感じたと告白。
「あのおいしそうに食べる感じはかなわない」と脱帽していた(「オレンジページnet」25年5月24日配信)。

■もはや令和版「男はつらいよ」
小手先の技術ではなく、体を張って“大食漢の五郎”を演じ続けているところがリアリティーを醸し出し、代わりのきかない存在になり得ているのだろう。
民放ドラマ制作スタッフもこう語る。

「小松幸敏プロデューサーが以前のインタビューで、撮影現場で驚いたことを語っていました。いわく、現場に脚本家が同席しており、撮影時に食べた率直な感想やそしゃく時間を加味して、心の声をその場で変えていくのだそうです。心の声には松重さん自身の感想も反映され、現場で『おいしかったからちょっとセリフを追加したい』などのやりとりもあり、『それも含めた“ドキュメンタリー感”が出ている』と分析していました。単なる台本の読み上げではない、松重さんの直感も取り入れているからこそ、視聴者はよりリアリティーを感じるのでしょう」

エンターテイメントジャーナリストの中村裕一氏は、松重が五郎を演じることについてこう言及する。

「松重さん自身が放つ、世俗から一歩離れた場所から達観するような、どこか哲学者めいた落ち着いた雰囲気が、孤独にグルメを探求する五郎にぴったりマッチしたのでしょう。五郎の心の声はまさに松重さんの心の声のようでもあり、視聴者も“松重五郎”の醸し出す味というか“うまみ”に、頭のてっぺんからつま先までひたってしまっているのです。若い頃に東京・下北沢の中華料理店でザ・クロマニヨンズの甲本ヒロトさんとバイトをしていたエピソードは有名ですが、その頃から人一倍、食というものに対して松重さんなりのこだわりを育んできたのかもしれません。それがにじみ出ているように感じられるからこそ、これだけ長くシリーズが続いている。そのたたずまいは、もはや『男はつらいよ』の渥美清の域にまで達しつつあると思います。このまま行けるところまで続けてほしいですね」

新シリーズでは、どんな食べっぷりを見せてくれるのか、期待せずにはいられない。(丸山ひろし)
(以上引用)

ちょっと長いけど、興味深く読めたから引用しました。

「孤独のグルメ」の新シリーズ、ついに来た!という感じです。

約3年半ぶりの復活との事だけど、しょっちゅう再放送しているからそんなに年月が開いたとは感じないです。


『「スピンオフ版を見て、松重の代わりは誰にも務まらないと改めて感じた人も少なくないでしょう。』

これが全てですね。

「それぞれの孤独のグルメ」は、一応全話観ました。

全然面白くないとまではいかなかったけど、「これじゃない」感がめちゃくちゃ強かったです。


「孤独のグルメ」の面白さに関しては、引用したAERAの記事の通りだと思います。

なので、加えて言う事はありません。


「孤独のグルメ」の新シリーズが楽しみなのは間違いです。

五郎さんの「腹が減った···」を早く見たいです。


25日(水)午前2:40〜、NHKで「1970's グラフィティー A to Z」という番組が放送されました。
AからZまでのキーワードごとに1970年代の出来事や流行などを当時の映像とヒット曲で振り返る内容です。
30分番組で、「AからМ」までと「NからZ」までの2本が放送されました。
画面を直撮りしたからきれいな画像ではありませんが、こんな感じです。
Bならば、「beautiful (美しい)」で1970年代に人気が出たファッションやスタイルを紹介していました。
Fは「fast (すばやい)」で1970年代に出てきたコンビニエンスストアの映像を流していました。
昔のローソンのロゴって筆記体だったんだと思いました。
午前7時〜午後11時の営業でも当時はめちゃくちゃ画期的な業態だったのでしょう。

そして、1つびっくりした事がありました。
Gの「gastronomic (美食の)」での映像です。
冷凍食品が家庭にも普及していったニュース映像からです。
冷凍食品工場でコロッケを詰める作業を撮影した映像です。
作業している女性たちは、帽子はしっかり被っているものの、マスクはしてない上に素手で詰めていました。

思わず「マジで?」と言いたくなりました。
まあ、1970年代というか、昭和の頃はまだ色々緩かったなと思いました。
多分、1970年代当時にこの映像を見て「マスクしてない!」、「手袋せずに素手で触っている!」と思う人は少なかったと思います。

1970年代の頃、僕はまだ子供でした。
だから当時の映像を見てもそこまで懐かしいとは感じなかったです。
覚えていて懐かしく感じたのは、「スーパーカーブーム」でした。

という事で、今日はIのキーワード「innovative (革新的な)」で流れていた曲で終わります。

ゴダイゴ / 銀河鉄道999

1970年代の終わり、1979年のヒット曲です。
昭和54年です。

良い曲ですね。
47年後の現在もゴダイゴは活躍しています。


散歩は朝派?夜派?

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「散歩にゴーの日」

東京都港区三田に本社を置き、生理用品・紙おむつ(赤ちゃん用・大人用)などの衛生用品の大手メーカーであるユニ・チャーム株式会社が2010年(平成22年)に制定。


日付は「さん(3)ぽに(2)ごー(5)」(散歩にゴー)と読む語呂合わせから。

同社が販売する高齢者向けの転倒時の怪我防止ガードルをPRすることが目的。

また、これにより高齢者に転倒を怖れず春の外出や行楽を楽しんでもらいたいとの想いが込められている。


そのガードルは「ライフリー 転ばぬ先のあんしんガードル」という商品で、まさかの転倒時に大腿骨の付け根を衝撃から守ってくれる。

ヨネックス社製のパワークッションを採用し、驚きの衝撃吸収力がある。また、アウターに響かない「軽さ」「薄さ」「やわらかさ」で快適な着け心地である。


このような商品がある理由として、寝たきり・死亡に繋がる大腿骨頚部骨折は主な要因が転倒であることが挙げられる。

この骨折により約50%の人は歩行能力が低下してしまう。

転倒しやすい・骨折しやすい人が安心して活動を続けられる環境を整えることで、寝たきり防止に繋がる商品である。

(雑学ネタ帳より)


「散歩は朝派?夜派?」

ほぼ毎日ウォーキングしています。


買い物を兼ねているので、歩くのは夜です。

昼間に用事が有っても時間を遅くして夜にウォーキングしています。


ウォーキングするきっかけは、10数年前の長期入院です。

約1ヶ月半、たしか43日くらい入院しました。


10日程度でも入院した事がある人は分かると思います。

入院生活は、思った以上に体力が落ちます。

 「病気で身体を動かさないとこんなに体力が落ちるんだ」と感じます。 


当時の主治医にその事を言ったら「歩くと良いですよ」とアドバイスされました。

長期入院から退院してもすぐに仕事復帰はしなかったです。

主治医に1週間程度は自宅で静養した方がいいと言われてそれに従いました。


退院して仕事復帰するまで毎日ウォーキングしました。

最初は10分歩くのもしんどかったけど、徐々に慣れました。

結果的にスムーズに仕事に戻れました。


その数年後、長期入院した時以上に大変な病状で入院しました。

そこから毎年、入院と手術を余儀なくされました。


退院後は、体力(体調)回復のためにとにかくウォーキングしました。

それが習慣になって今に至っています。


ウォーキングは、すごく良いです。

今のところ入院になるような兆候はありません。


毎日ウォーキングする事で「体調の波」がよく分かるようになりました。

歩いている途中はもちろん、帰宅時の疲労度で体調が分かります。


あと、最初から想定してなかった事です。

ウォーキングは、シンプルに言えば「歩くだけ」です。

お金がかかるわけではないし、とても経済的です。

トレーニングウェアを着る事はないです。

靴は持っているスニーカーで充分です。


歩きながら音楽を聴く事が多いので、そこで音楽を聴く時間が取れます。

ワイヤレスイヤホンのバッテリーが劣化しているせいでウォーキングの時間全てで音楽を聴く事はありません。

素の状態で歩くのも良いです。


少し前にカルビークリスプでホシ型(星型)のチップスが入っていた事を書きました。

乾燥ポテトが原料のポテトチップスです。
1袋45gと量は少なめですが、そんなにたくさん要らない時にはちょうどいいです。

2日くらい前に買ったら、またホシ型クリスプが入っていました。
この時も「うすしお味」でした。
とりあえず写真は撮ったけど、ブログにはアップしてなかったです。

そして、昨日はカルビークリスプ「旨味コンソメ味」を買いました。
すると、2日連続でホシ型クリスプが入っていました。
うすしお味の1枚を一緒に食べるつもりでしたが、連日はなかなかないと思って2枚並べてみました。
「みつけたら願いが叶う!?」って、そんなわけありませんが、悪い気はしません。

世界を混乱させる愚かな指導者が「自分の愚かさに気付きますように」と願いたいところです。
まあ、非常に困難な事だと思いますが。

身近なところで言えば、「セカンドストリートでお買い得な物が見つけられるように」と願いたいです。
もっとも、それは僕個人が感じるお得感です。

今日は、散歩〜Walkにかけてこちらの曲で終わります。

The Brian Setzer Orchestra / Sleep Walk

ブライアン・セッツァー・オーケストラ、1998年リリースのアルバム「THE DIRTY BOOGIE」収録のインストゥルメンタル曲です。
オリジナルは、1950〜70年代に活動していたアメリカのインストゥルメンタル・デュオ、サント&ジョニー(Santo & Johnny)が1959年発表の曲です。

僕は、ブライアン・セッツァー・オーケストラで知りました。
ロカビリーとビッグ・バンドを融合した音楽で大成功したブライアン・セッツァーです。
当時、リアルタイムでアルバムを買って聴いていました。

シンプルにかっこいい曲です。
僕はギター(楽器)をやらないから細かい事は言えませんが、ブライアン・セッツァーのギターテクが存分に感じられる曲です。
翌年のグラミー賞「最優秀ポップ・インストゥルメンタル賞」を受賞しています。

最後にこちらを。

Santo & Johnny / Sleep Walk

サント&ジョニーのオリジナルです。 
聴くと分かります。
ブライアン・セッツァー・オーケストラ のカバーは、オリジナルに割と忠実な音です。

ブログを書くのにこの曲のウィキペディアを見て知りました。
ベンチャーズ、ラリー・カールトン、ジョー・サトリアーニといったギタープレイがセールスポイントのミュージシャンたちもカバーしています。
ギターインストゥルメンタルの名曲と言えるでしょう。

記憶に残っている学校の先生は?

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「恩師の日」

京都府八幡市の山中宗一氏が制定。


日付はこの頃に卒業式が各学校などで行われることから3月24日とした。

学校時代の先生はもちろん、人生の中で師と仰ぎ「恩師」と呼べる人に、唱歌『仰げば尊し』の歌詞のような感謝の気持ちを込めて、お礼の手紙を書く日。

恩師への感謝の思いを忘れることなく生きて行こうとの願いが込められている。

記念日は一般社団法人・日本記念日協会により認定・登録された。


※「仰げば尊し」について

『仰げば尊し』は、1884年(明治17年)に発表された日本の唱歌である。

卒業生が教師に感謝し学校生活を振り返る内容の歌で、特に明治から昭和にかけては学校の卒業式で定番の曲として広く歌われ親しまれてきた。

2007年(平成19年)に「日本の歌百選」の1曲に選ばれている。


その歌詞は以下の通り。

1.仰げば 尊し 我が師の恩 

教(おしえ)の庭にも はや幾年(いくとせ)
思えば いと疾(と)し この年月(としつき) 

今こそ 別れめ いざさらば 


2.互(たがい)に睦(むつみ)し 日ごろの恩
別(わか)るる後(のち)にも やよ 忘るな
身を立て 名をあげ やよ 励めよ 

今こそ 別れめ いざさらば 


3.朝夕 馴(な)れにし 学びの窓 

蛍の灯火(ともしび) 積む白雪(しらゆき)
忘るる 間(ま)ぞなき ゆく年月 

今こそ 別れめ いざさらば


(雑学ネタ帳より)


「記憶に残っている学校の先生は?」

前にも同じような質問の時に書いたと思います。


記憶に残っている学校の先生は、高校2年生の時に着任してきた世界史の先生です。

男の先生で、当時27,8歳だったと思います。


話すのが上手く、授業中適度に話を脱線させて生徒たちが勉強する気を起こさせてくれました。

その先生、仮にH先生としておきます。


僕は、H先生の授業にハマりました。

元々世界史は好きな教科という事もあり、先生の授業で益々世界史が好きになりました。


その先生のおかげと言ったら大げさな気もしますが、世界史にハマった事で大学受験で大きな助けになりました。

結果的に世界史のおかげで大学に合格出来ました。


受験の事はさておき、H先生の脱線する話の中に(当時の)サブカルチャーがありました。

ジム・ジャームッシュの監督作品「Stranger Than Paradise」(1984年)です。

この映画でハリウッド映画じゃない、いわゆる「インディペンデント映画」と言われるジャンルを知りました。
当時は、ミニシアターがたくさんありました。

その後、高校を卒業してもジム・ジャームッシュの映画は観続けました。
映画館に行かなくなった2005年前後までは観ていました。

そして、H先生の影響で好きになったのが立花ハジメさんです。
グラフィックデザイナーとして知られている人ですが、僕はミュージシャン立花ハジメで初めて知りました。
「太陽さん TAIYO-SUN」(1985年)

どういった流れだったかは全く覚えていませんが、このアルバム(レコード)をH先生にダビングしてもらいました。
もちろん、カセットテープにです。

その頃は、洋楽を聴く事の方が多かったです。
邦楽も多少聴いていましたが、立花ハジメさんの音楽はこれまで全然聴いた事がない音でした。
ある意味、ものすごいカルチャーショックを受けました。

高校在学中にH先生とクラスメイト2,3人で立花ハジメさんのライブに行きました。
そのライブもめちゃくちゃオシャレで高校生の僕には眩しい世界でした。

当時矢野顕子さんが全国で行なっていた「出前コンサート」を福岡県南部の市に呼んだ主催者の1人がH先生でした。
そこで立花ハジメさんの事務所関係者の人と知り合いになったという事で、先生と共に立花ハジメさんのライブの後で楽屋に入れてもらいました。
すごく感激したのを覚えています。

その時、アドレス帳にサインをもらいました。
昔使っていた物を入れている段ボール箱を探しました。
2,30年振りくらいに見ました。
今思えば、こんな小さなアドレス帳にサインをもらうとか立花ハジメさんにすごく失礼でした。

今朝、食べました。
ヤマザキ「5つに切ったロールケーキ メロン」

ヤマザキパンの人気商品「5つに切ったロールケーキ」です。
頻繁にとはいかないものの、時々朝食に食べています。

昨日、買い物にいつも行くスーパーで見て買いました。
メロン(クリーム)だから買ったわけではなく、単純に新しい味だから買いました。
いわゆる期間限定、季節商品ですね。

味は、リアルに「可もなく不可もなく」な味でした。
美味しいかどうかは、微妙でした。
この手のパンにありがちな香料がイマイチでした。
多分リピートは無しです。

今日は、こちらの曲で終わります。

立花ハジメ / HOGONOMO (FOR GO NO MORE)

前述のアルバム「TAIYO-SUN」収録の曲です。
初めて聴いた高校2年生の頃は分からなかったけど、ニューウェイヴとテクノをミックスした音です。
和製ニューウェイヴといった感じのかっこいい音です。

邦楽は主にヒット曲しか知らなかったからめちゃくちゃ新鮮で、ある意味カルチャーショックでした。
当時は、立花ハジメさんがテクノポップバンド「プラスチックス」のメンバーだった事は全然知りませんでした。

そこから年月は経ち、時系列的には遡る形でYMOを聴きました。
そして、大好きなピチカート・ファイヴに繋がっていきました。
また、1970年代末から出てきたイギリスのニューウェイヴも好きになりました。

僕の音楽の好みは、世界史のH先生から紹介された立花ハジメさんが礎の1つになっています。
もちろんそれだけじゃないけど、少なからず影響は受けています。

H先生とは、20歳の夏にプチ同窓会みたいな飲み会で会ったのが最後です。
僕が高校の同級生と交流がほとんど無いのもあって、H先生が今どうされているか分からないです。

「絶対に会う!」と思って動かない限り会う事はないと思います。
万が一機会があるならば、「先生が立花ハジメを教えてくれたおかげで聴く音楽の幅が広がりました」とお礼を言いたいです。

最後に1曲。
現在手元に残っている立花ハジメさんのCDからです。
「Beauty & Modern Thing + Happy」

1986年に出た12インチシングルレコード2枚を1 枚にまとめたCDです。
僕が20代前半の頃、レンタルCDの中古盤で買いました。

立花ハジメ / Happy

こちらもニューウェイヴの影響を感じます。
かっこいい曲です。