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2021年5月18日(火)

蒸し暑すぎて

脳がショートしそうですタラー

 

やっと

フワフワシーツを洗って

綿のシーツに変えたよOK

寝ていても

寝汗をかいて暑かった~笑い泣き

今夜からは

素敵なオネンネができるかな??

 

 

二つ前の記事に

彌生さんがコメントしてくれて

 

遊さんが親孝行なのは

よほど

お母さんが遊さんを

愛して可愛がってたからだよね。

みたいなコメント。

(意訳です。本文は自主確認してねアセアセ

 

 

その話を

今夜は載せるとしますピンクハート

 

って

今から本文かい?

上の文章は枕だったの?

そう思った方へ

 

ごめんねジローお願い

 

 

 

私の母は

今でいうところの

ネグレクトでした

 

私は5才頃まで

祖母の叔母に育てられたの

 

「おおばーちゃん」

と呼んでいたよ

 

 

 

おおばーちゃんは

「離れ」と呼ばれる

家屋で暮らしていた

(トイレも台所もあった)

「離れ」で私は

5才頃まで

おおばーちゃんと一緒に

寝起きしていたのですイエローハーツ

 

 

おおばーちゃんは年寄りだから

静かな遊びを教えてくれたよ

 

たとえば折り紙やアヤトリルンルン

 

 

そんな静かに暮らしていた私に

 

青天の霹靂な

事態が起こった!

 

 

おおばーちゃんが

私と一緒に寝る事を

拒否したのでしたタラー

 

なんでも

知り合いとかご近所さんに

 

「若い子と寝ると

年寄りが『若い氣』を

吸い取って

しまうので

一緒に寝ては

いけない」

 

というものでしたアセアセ

 

 

おおばーちゃんは

その言葉を真に受けて

私のために

一緒に寝ることを辞めると

言ってきたのでした

 

 

子どもだったのに

その会話は

鮮明に覚えてます

 

 

それからは

私は二段ベッドで寝たの

 

おおばーちゃんの言葉を重んじて

二段ベッドを用意したんだね

 

下の段が私で

上の段が弟

だったかな?

反対だったかな?

 

はっきり言えるのは

 

私は両親と一緒に

寝た事がない

ってことさ~アセアセ

 

 

父親にいたっては

私を抱くこともせず

夜通し飲んだくれて

帰宅は明け方

だったと聞いてます

 

当時両親は

ダブルベッドに寝ていた

 

 

結局

両親とも再婚したけど

母は

二度目の夫とも

ダブルベッドで寝ていた

 

 

どう思い返しても

父に抱かれた記憶も

母に抱っこされた

記憶もないんだよね~アセアセ

 

 

小学校の運動会も

親子競技ってあるやん??

あれ、

実父のお姉さんが

母の代わりに参加したアセアセ

 

 

そして

小学4年の頃

私は大病を患いましたもやもや

 

生きるか死ぬかの大病真顔

 

およそ1週間

生死の境をさまよい

奇跡的に生還した

 

 

その時

母はどうしていたかってーと

 

 

娘が死ぬかもしれない

その恐怖に負けて

母自身が倒れた

 

私が生死の境を

さまよっている

同じ病院に

自律神経失調症で

入院してたの滝汗

 

 

当然

実父は

入院中の私を

一度も見舞って

くれなかったよ

 

 

 

そんな幼少期を経験したので

中学・高校と進んだ私は

両親とは

気持ちが離れた生活をしてた

 

 

でも

中学1年の頃から

両親は

喫茶店を経営していたので

そこの手伝いは

させられていたよ

 

もちろん無給で…ガーン

 

子どもが親の仕事を

手伝うのは

当たり前だって言われたアセアセ

 

 

中1から

ウェイトレスしてるって

どんな家庭さ?

 

むっちゃ無愛想な

ウェイトレスだけどね。笑

 

 

必要な事以外は

両親と口をきかない

思春期だったけど

 

たったひとつ

親に頼んだの

 

 

進学したい!

大学へ行きたい!

 

 

そんな願いは

木っ端みじんに

つぶされたけどさえーん

 

母が高校へ行って

「うちの娘に変な事を

吹き込まないで下さい

娘は卒業したら

うちの店を手伝わせると

決めているんです」

そう豪語したのです

 

 

うち

貧乏だったから

仕方がないかな~と

諦めたよタラー

 

 

そうしたら

2才下の弟の時が

高校を卒業する時期に

母が言ったんだ

 

「あなたは男だから

大学くらい出ないとダメ!

大学へ行きなさい!」

 

 

勉強が大嫌いな弟は

きっちり断って

そのまま札幌のホテルで

調理師として勤めたんだけど。笑

 

 

この話を

知った時

私は

愕然としたよ

 

 

 

そして私は

家事手伝いという名のもとに

貴重な若い時代を

無意味に浪費していったの

 

 

20才くらいの時に恋愛して

結婚したいと言った時も

むちゃくちゃ反対されたの

その人は

両親とも懇意にしていたの

 

結局結婚しなかった

 

そして

その次の次に

現れたモラ夫と

結婚したのさ~

 

 

いや~

モラ夫と結婚してから

苦労三昧の日々だったわ

 

 

あの時の苦労があるから

今があるんだって思うよ!!

 

 

ただし

 

周りから

 

「親を大切にしーや

親孝行しーや

まず親の事を考えや」

 

 

そう言われると

 

沸々と怒りみたいなんが

盛り上がってくるよ炎

 

 

北海道から両親を呼んで

現在まで

心を尽くして世話をして

 

それでもなお

母は

私の世話を不満に思ってる

 

もっともっと

親孝行してよ!

 

母が

そう思ってるのがわかるアセアセ

 

もうすぐ限界かもね~

 

 

限界が来たら

弟に

母の預金通帳つけて

あずけていいかな~?

 

 

今日も

母関連の電話が

8件ほど来たの

 

しんどいわ~えーん

 

 

ってわけで

私は幼少の頃から

両親からの愛は

受けておりません!

 

 

母は

愛に生きる人です

異性との愛ね

 

 

実父は

遊びに生きる人

飲む打つ買う

全部好き~

子どもって何?って感じな人

 

 

困った時だけ

電話してきたので

怒ったら

電話して来なくなったよチョキ

 

 

でも

実父も未だ存命なので

これから何があるか

わからんな~( ̄。 ̄;)

 

 

人生というのは

まことに

おもしろきものよのぉ~

 

 

 

残り少ない

私の人生

 

何が起こるか

しかと

見届けよう~!

 

 

おまけ

キラキラチー様の

ネズミみたいな尻尾キラキラ

 

じゃあまたねニコニコ